神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第6章

最後の戦い

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 倒しても倒しても襲いかかってくる騎士達にユリウスは舌打ちをした。彼らはシェルスに洗脳されているだけだ。操られている者を殺す訳にはいかない。夕を守りながら襲いかかってくる騎士達を気絶させるのは難しい。

「ユリウス様! やっぱり俺も……」
「駄目だ! 貴方は俺が護ります!」
「でも、このままじゃ」

 ユリウスが騎士達に捕まるのは時間の問題だった。倒しても倒してもキリがない。しかし、弱音を吐いている暇はない。此処で負けてしまえば、自分がシェルスに捕まってしまえば、夕を失ってしまう。シェルスに殺されてしまう。それだけは何としてでも阻止したかった。夕も戦うと言ってくれたが、ユリウスは彼に剣を握ってほしくなかった。

「幼い俺の命を救ってくれたのは貴方だ。今度は俺が、貴方を護る番です。どうか、護らせてください」
「え?」
「ユリウス様が僕のものになるって言うなら、命だけは助けてあげてもいいですよ?」
「黙れ! 貴様の思い通りにはさせない!」
「可哀想なユリウス様。素直に僕の言う通りにしてくれれば、楽になれるって言うのに……」

 状況は悪化する一方だった。こんなに多くの騎士を一人で相手をするなんて無茶だ。その証拠に、ユリウスは少しずつ体力を消耗して息も荒くなっている。ユニコーンも加勢しているとは言え、圧倒的に不利なのは一目瞭然。そして、とうとう最悪の事態が起こってしまった。

 複数の騎士がユリウスをすり抜けて、黒猫を抱いた夕に剣を振り上げる。慌ててユリウスが駆け寄ろうとするが、他の騎士に邪魔されて身動きが取れない。瞬時に襲ってくる騎士を倒して、ユリウスは急いで夕に手を伸ばした。

 ザン!

 騎士が切り落としたのは、ユリウスの長く美しい銀色の髪だった。夕を庇うように抱いて攻撃を躱そうとしたが避けきれず、冷たい床に切り落とされたユリウスの髪がぱらぱらと落ちてゆく。ブチン、と髪をまとめていた紐も切れ、短くなった髪がユリウスの顔にかかった。

「ユ、ユリウス様。髪が……」
「貴方が無事なら、髪などどうなっても構わない」

 頬にかかる髪に恐る恐る触れて夕は泣きそうになる。長くて綺麗な髪は肩くらいまで短くなり、剣で切られた為に毛先もバラバラ。たかが髪くらいでと思うかもしれないが、夕は自分のせいでユリウスの美しい髪が失われた事実が悲しかった。命のやり取りをしているのだから髪だけで済んで良かったと思うべきなのに、夕は耐えきれずに涙を流して「ごめんなさい」と謝った。





 夕の啜り泣く声が響く中、シェルスは楽しそうに笑って騎士達に夕を殺すよう命じた。ユリウスが夕を護るように抱きしめ、その前にユニコーンが立ちはだかる。不利な状況は変わらない。どうすればこの危機を乗り切れるのかユリウスが必死に考えていると、突然二人を囲む騎士達が吹っ飛んだ。

「な、何!? 何が起きてるの!?」
「何って、貴方の計画をぶち壊しに来たんですよ。夜空の神子様。いいえ、偽物の神子と言った方が正しいですね」

 カツ、カツ、と靴音を鳴らしながら登場したのは、長い杖を持ったクラウスだった。にっこり、満面の笑みを浮かべて皮肉を言うクラウスを見た瞬間、夕は泣きながら彼の名前を呼んだ。

「ク、クラウスさぁああああああん! クラ、クラウス、さ……ぅう、も、もう、ダメかと、おも……」
「怖かったですね。もう大丈夫ですよ、ユウ様。ユリウス様も、よく一人で耐えられました。夜の神子様を護ってくださった事、神子の証を取り戻してくださった事、心より感謝申し上げます」

「何時も通りでいい。畏まったお前ははっきり言って気持ち悪い」
「珍しく私が褒めていると言うのに。素直じゃありませんね」

 幼い子どもをあやすように夕の頭をぽんぽん撫でながら、クラウスは小さなため息を吐いた。クラウスはただ夕を慰めていただけなのに、その手を強く叩き落とされてしまう。ギロリと睨まれ「ユウに触るな」とユリウスから牽制された。「こんな状況で嫉妬しなくても」と愚痴りたくなったが、クラウスは我慢した。

 夕は戦争とは無縁の世界で生きてきた。命を奪われるような憎悪や敵意を向けられたのも初めてで、実際に目の前で命のやり取りを見せ付けられて怖かった筈だ。鈴が賊に捕まって人質にされた事はあるが、彼が強いのと敵意を向けていた相手が少なかったので夕は平気だった。しかし、今回はあの時とは違う。少しでも気を抜けば死んでしまう。自分のせいでユリウスが命を落としたらと考えるだけで、夕は気が気ではなかった筈だ。「もうダメだ」と「殺される」と思っていた時にクラウスが現れて、緊張の糸がプツンと切れてしまったのだろう。

「ユウ様は私が守ります。ユリウス様は彼の相手を」
「承知した」
「あの、だったら俺も……」
「貴方は夜の神子です。神子を守るのが守り人の役目。役立たずとか足手まといとか思わないでください。月の神子であるユリウス様を癒せるのは、夜の神子であるユウ様だけ。貴方を失う訳にはいかないのです」

 夕の気持ちも、クラウスは分かっていた。本当はユリウスの為に戦いたい筈だ。しかし、ユリウスもクラウスも夕が戦う事を望まない。余計なものを彼に背負わせたくないからだ。他者を思いやれる優しい手を、誰かの血で穢したくない。ユリウスとクラウスは今迄何度も夕に助けられてきた。だから、今度は自分達が夕を助ける番。彼はユリウスの隣で笑っている方が似合っている。その未来を手に入れる為にも、全ての元凶であるシェルスをどうになしなければならない。

「大人しく捕まる気は無さそうですね」
「…………」

 シェルスは静かにクラウスを睨み付けていた。計画を台無しにされて不満なのだろう。それはクラウスとて同じ事。彼の一族のせいでクラウスは大切な人を失った。神子よりも大切だった愛しい存在を……勿論、神子を奪った事も許していない。その為、シェルスを誰よりも憎んでいるのはクラウスと言っても過言ではなかった。
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