神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

文字の大きさ
上 下
69 / 88
第6章

海の底

しおりを挟む
 地上の光が届かない深い海の底。特殊な術が施された檻の中にシンジュは閉じ込められていた。逃げられないように首輪を嵌められ、それは頑丈な鎖で繋がれていた。抵抗できないよう両手にも枷が嵌められ、身動きが取れない状況に陥っていた。檻の前には二人の人魚が居て、シンジュが逃げ出さないよう見張っている。

「シズク……」

 何時もシンジュの側に居て守ってくれたシズク。海の神子の証であるシズクには、シンジュを守れる力も強さもあった。しかし、シズクは手も足も出せず瓶の中に閉じ込められてしまった。その瓶はカイリが常に持っており、檻の中に閉じ込められて拘束されているシンジュでは助ける事は不可能。

「夜明けと共に契りを交わす儀式を行う。逃げたらどうなるか、分かってるだろうな?」

 リベルテに言われた通り、シンジュは周囲を警戒していた筈だった。可能な限りリベルテの傍に居たし、彼が傍に居ない時はユリウスや夕達と共に居たし、どうしても一人になってしまう時はリベルテの部屋で過ごしていた。鍵もちゃんとかけていた。

 にも関わらず、突然リベルテの部屋にカイリが無断で入って来た。驚いたシンジュは慌てて逃げようとするが、彼はそれを許さなかった。

「逃げたら第二王子を殺す」

 そう言って、カイリはナイフを取り出した。そのナイフを見た瞬間、シンジュは驚いて目を見開き涙を流した。彼が持っていたナイフは、ユリウスを殺す為に渡されたナイフと全く同じだった。鈍く光る刃物をチラつかせながら、カイリは淡々と話した。

 大人しく海に帰って神子の役目を果たせ。人魚族の掟を守れ。逆らうなら第二王子を今度こそ殺す、と。シンジュが疑問に思っていると、彼は鼻で笑った後自慢そうに話した。カイリはリベルテを殺そうとした事がある。第二王子を殺せばヒスイが蘇ると言われ、その言葉を信じて彼は空間を操れる道具を使ってこのナイフをリベルテの背中に突き刺したのだ。

 しかし、夕や鈴、ユリウスのお陰でリベルテが命を落とす事はなかった。カイリはそれが面白くなかった。彼はヒスイを殺したのはユリウスだと思い込んでおり、彼女を生き返らせる為なら一国の王子であろうと殺す勢いだった。

「なんで、そんな酷い事……リベルさまを殺しても、お姉ちゃんは蘇りません!」
「だったら何でお前は蘇ったんだよ。お前が蘇ったなら、ヒスイだって!」

 それはシンジュが海の神子だからだ。シンジュは夕と鈴から話を聞いていた。シンジュを蘇らせる為に協力してくれた人魚が居た事。その人魚にヒスイを蘇らせる事は可能かと聞いたら無理だと答えられた事。蘇らせる事が出来たのはシンジュが海の神子だからだと言う事。そして、次に命を落とすような事があれば、もう蘇らせる術はないと言う事。それが自然の摂理だ。死者を蘇らせる事はこの世界でも不可能で、そう言った類の魔法や術を使う事は死者を冒涜する行為として禁術になっている。





 カイリだってそれは分かっている筈なのに、今の彼には彼女を蘇らせる事しか頭にない。ヒスイを蘇らせる為なら他者の命を奪っても良いと本気で思っている。だからと言って、ユリウスやリベルテの命を奪ってもいい理由にはならない。カイリがユリウスを憎む理由は分かる。けれど、ヒスイの死にリベルテは全く関係ない。むしろ被害者と言ってもいい。

「リベルさまは、関係ないじゃないですか!」
「だったら言う事を聞け。殺されたくないんだろ?」

 カイリは空間を操る道具を使ってその場に小さな穴を作った。その穴の先には見覚えのある愛しい人の背中。彼は持っていたナイフをリベルテの背中に突き刺そうとした。

「やめて! 言う通りにしますから! リベルさまには手を出さないで! リベルさまは、リベル、さまは、殺さないで……」

 慌ててカイリの腕を掴んで、シンジュは泣きながら懇願した。それを見ていたシズクがカイリに体当たりをしようとしたが、何かに阻まれて弾き飛ばされてしまう。シンジュがシズクの元へ駆け寄ろうとするよりも早くカイリが近付いて、シズクを瓶の中に閉じ込めてしまった。

「この瓶には神子封じの術が施されている。これでお前は神子の力を使えない」

 泣き崩れるシンジュにカイリは冷たく言い放った。逃げなければと思っても時既に遅く、シンジュを囲むように魔法陣が描かれた。それが転移魔法だと気付いた瞬間、シンジュは海の中に居た。腕を強く捕まれ、乱暴に引っ張られて連れて来られたのは、帰るつもりのなかった海の故郷。

 人魚達はカイリに話しかけた後、シンジュを見て顔を顰めた。何でお前なんかが、と思っている視線を向けられ、シンジュは俯いてしまう。逃げようとしたら容赦なく殴られ、抵抗できないように首輪を嵌められた。両手にも枷が嵌められ、シンジュは頑丈な檻の中に閉じ込められてしまった。

「リベル、さま」

 シンジュが求めるのは何時だってリベルテだった。カイリと契りを交わすなんて絶対に嫌だ。海の神子と言う肩書きだけを見て、神子の力を独占したいが為に作られた可笑しな掟に縛られるなんて馬鹿げている。しかし、いくらシンジュがそう思っても残された時間は少ない。シズクは瓶の中に閉じ込められてカイリが持っている。シンジュも頑丈な鎖で繋がれ檻の中に監禁されている。シンジュ一人の力で脱出するなど完全に不可能だった。

 それでも、シンジュは諦めたくなかった。此処から脱出する方法はないか、そう考えていた時、突然見張りの人魚達が眠ってしまった。

「人魚族は愚かだね。神子殿には手を出すなと忠告したのに」
「え?」

 シンジュの前に現れたのは、深海の魔女と呼ばれる老いた人魚だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

処理中です...