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第6章

動き出す

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 朝日が昇る前の早朝。誰も居ない広い廊下をリベルテは足早に進む。その表情はとても険しく、誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。目的の場所に辿り着くと、リベルテはコンコンと扉を叩く。

「こんな早朝に、一体何の用で……リベル?」
「朝早くに済まない。クラウス、少し良いか?」
「入りなさい」
「あぁ」

 リベルテの真剣な表情を見て、クラウスは彼を自室に招き入れ、扉を閉めた。リベルテを部屋の中に入れた後、クラウスは彼に何があったのかを聞いた。

「それで、何があったんです?」
「シンジュが居なくなった」
「は?」
「なるべく俺の傍に居るように言ったし、一人になる場合は俺の部屋で待ってもらうようにしてたんだけどな」
「…………」
「突然、シンジュが居なくなったんだ。彼奴が俺に何も言わず消えるなんて絶対にあり得ない」
「シンジュ様は、何者かに攫われたかもしれない、と?」
「誰の仕業かなんて言うまでもないだろ? 俺はこれからシンジュを取り戻しに行く」
「何処に居るのか分かっているんですか?」
「……あぁ。何となく、ではあるがな」
「ならば、ユリウス様にも『駄目だ』リベル?」
「お前も分かってんだろ? クラウス。シンジュが居なくなったと言う事は、ユウとスズも狙われる可能性があるって事だ。兄上にはユウを護る事に専念してもらいたいんだ」
「あなた一人で本当に大丈夫なんですか?」
「正直自信はねえよ。でも、やるしかないんだ。シンジュを助けられるのは、俺だけだから」

 暫く黙った後、クラウスは小さくため息を吐いて苦笑した。リベルテの言う事は正しい。シンジュが攫われたとなれば、夕と鈴も危ない。シンジュが居なくなってしまった事をユリウスに話して彼が夕から離れてしまえば相手の思う壺。そう考えて、クラウスはリベルテに「行って来なさい」と告げた。

「ただし、条件があります」
「条件?」
「シンジュ様を連れて、必ず生きて帰って来なさい」

 リベルテは驚いて目を見開くが、直ぐにニコッと笑って「あぁ。絶対に帰って来るよ」と返してクラウスの部屋を後にした。

「とうとう動き出しましたね。本当に余計な事ばかりしてくれますね。夜空の神子様は……」

 リベルテが去った後、クラウスは憎々しげに告げて大きく舌打ちをした。




 シンジュが姿を消したのと同時に、カイリの姿も見かけなくなった。彼はずっとシンジュを返せと言っていた。シンジュが海の神子だから。海の神子は人魚族の長と契りを交わさなければならないと言う掟があるから。

 カイリはリベルテのようにシンジュの事を愛していない。むしろ、心から憎んでいるようにも見える。表情や言葉でいくら誤魔化そうとしても、完全に隠せていなかった。ならばシンジュに手を出すなと言いたいが、海の神子は人魚族にとっても必要不可欠な存在なのだろう。

「二度も失ってたまるかよ。絶対に、助け出してみせる」

 城を出て向かったのは、以前シンジュが自ら命を絶った小高い丘。うっすら月の光が照らす海は驚く程静かで、穏やかな波の音だけが響いている。リベルテは一度深呼吸すると、瞳に強い意志を宿して水平線を見据えた。

「シンジュの所まで案内してくれるのか?」

 リベルテの前には、青白い靄のようなものがふよふよと浮かんでいた。はっきりと姿を見る事はできないが、人魚のような形をしている。その靄はリベルテの問いに答えるように上下に動くと、海の中へ飛び込んだ。

 それはリベルテを導くようにゆっくりと進んで行った。罠かもしれないと思ったが、この靄からは嫌な感じが全くしなかった。そして、この靄の雰囲気は何処となくシンジュと似ている気がした。靄は海の中を泳ぐように移動する。その靄を追ってリベルテは浜辺を只管走った。

「シンジュ」

 一度は失ってしまった大切な人。夕達のお陰で漸く取り戻した最愛の人。もう二度と悲しい思いはさせない。辛い思いも苦しい思いも絶対にさせない。シンジュが笑ってくれるだけでリベルテは幸せだった。何時も泣いていたシンジュが、やっと心から笑ってくれるようになった。それなのに、また最愛の人を失いそうになっている。

「あんな奴に、シンジュは渡さない」

 故郷に居場所があるなら、シンジュが海に帰りたいと思っているなら、カイリの事を愛しているなら、リベルテはシンジュを諦めていた。しかし、シンジュは海へ帰る事を拒んだ。カイリよりもリベルテを選んだ。カイリの話をする時、シンジュは何時も泣きそうな表情をして怯えていた。人魚族からどんな仕打ちを受けていたのか、シンジュの反応を見れば一目瞭然。

 海に帰ってもシンジュは幸せになれない。冷たく暗い海の中、家族も味方も居ない場所で、好きでもない相手と契りを交わして一生過ごさなければならない。そんな勝手が許されるものか。人魚族にシンジュを渡すものか。

 シンジュを想う気持ちが伝わったのか、青白い靄は高く飛び跳ねた。
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