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第5章
思い通りにならない
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黒い布を纏った男はシェルスの護衛役だったらしい。本当はシェルスと共にこの国を訪れる予定だったのだが、彼が予定よりも早く来てしまったので護衛や騎士の到着がかなり遅れたのだ。と言っても、彼らは予定通りの日時に訪れたので問題があるのはシェルスの方なのだが、誰も注意はしなかった。
隣国の騎士達がこの城に到着して早々心配したのはシェルスの身の安全だった。どうせ手紙でも書いていじめられているとか意地悪をされているとでも書いたのだろう。彼らの夕を見る目は憎悪に満ちていた。一体何を書いたのやらと呆れはするものの鈴は驚かなかった。
黒い布を纏った男がシェルスの隣に居る姿を見た時は少しだけ動揺したが、鈴はすぐに冷静になった。鈴に見せ付けるようにシェルスは彼に抱きついて不敵な笑みを浮かべた。自慢するように「この方は、僕の護衛役なんです」と告げ、やっぱり性格悪いなと鈴は再認識した。こうすれば鈴が傷付くとでも思ったのだろう。しかし、こう言った事に慣れている鈴は全く傷付かなかった。彼から事情を聞いているからだ。
「その鳥、気に入ったなら連れて帰ったらどうだ?」
庭の隅の隅、黒い布を纏った男が白い鷲の頭を撫でていた。その光景を何度か見ていた鈴は男に白い鷲を押し付けようとした。人間の言葉を理解しているらしい鳥は、甲高い声で鳴き直ぐに鈴の元へ飛んできて、肩に止まった。
「過保護だな」
鈴が複数の男達に襲われて以降、白い鷲が常に鈴を見張るようになった。鈴が襲われそうになれば相手を攻撃して追っ払い、シェルスへの威嚇も凄まじく、夕達が顔面蒼白になるくらいの過保護っぷりだった。今まで、この鳥がこんなに懐いているのは鈴だけだった。夕達に触らせる事は許しているが、自ら甘えるような仕草をするのは鈴だけ。そんな白い鷲が初めて会った男に対して同じように甘えて懐いているのはかなり珍しい事だった。だから鈴は彼に白い鷲を託そうとしたのだが、まだ鈴から離れる気はないらしい。
「ん」
何を思ったのか、男は鈴の頭に手を置くと優しく撫でた。突然の事で一瞬警戒するが、撫でる手が心地良くて鈴は男の好きなようにさせた。何時もならその手を叩き落とし文句の一つでも言うのだが、何故かこの手だけは叩き落とせなかった。白い鷲が全く威嚇しないのも理由の一つだろう。
撫でる事に満足したのか、男はその場から去ってしまった。一言も話さず、顔すらも分からない相手で、シェルスの護衛役。本来なら警戒すべき相手だと言うのに、何故大丈夫だと思ってしまうのか。どうして、安心してしまうのか。鈴はその理由が何となく分かっていた。
「……面倒だな」
恋なんてするんじゃなかったと後悔しつつも、鈴の頬はほんのりと赤く染まっていた。
自分の思い通りにならず、シェルスは苛ついていた。邪魔者を消して安心したと思ったらそれは偽物で、ならば本物も消し去ってやろうとあれこれ手を加えたのに一番邪魔な存在が生きている。自分の意思もなく誰かに守られていなければ生きられない弱い存在なのだから、掟に従い故郷に帰る筈だと思い込んでいた。しかし、様々な邪魔が入って近付く事さえ難しい状況に陥ってしまった。
彼奴さえ居なければ……
その思いはシェルスの心の中でどんどん膨れ上がっていった。素直に帰ればいいものを、一族よりも愛する男を選んだのだ。正に一族の恥晒し。ユリウスの弟に愛され、ユリウスからも大切にされ、夕と鈴からも気にかけられている。自分一人では何もできない落ちこぼれのくせに。姉のように驚く程容姿が整っている訳でも、美しい声を持っている訳でも無いのに。一体アレの何処を見て好きになったのやら。シェルスは理解できなかったし、したくなかった。
「大人しく僕の言う事を聞いていれば良かったのに……」
夕も、鈴も、シンジュも、シェルスの言う通りにしてくれなかった。シェルスがユリウスの婚約者だと言ってもユリウスは夕を傍に置こうとするし、シンジュは海に帰るべきだと説得してもリベルテが邪魔をしてシンジュを守ろうとするし、鈴からあるものを奪おうとしたら反撃されてしまうしで、何一つ上手くいかなかった。
やっと手に入れたものも失いそうになっている。お前は神子ではない。偽物なのだと見せ付けられているような気がして、シェルスは更に苛立った。何故、ユリウスは自分を見ないのか。何故、シンジュは海へ帰らないのか。何故、あの方が鈴に近付くのか。何もかも気に食わなくて、シェルスは可愛らしい顔を歪ませた。
「邪魔者には、消えてもらわないと」
僕は夜と空の二つの力を授かった夜空の神子。偽物である筈がない。偽物の神子は夕達の方。本物の神子であるシェルスがこんなにお願いしているのに、言う通りにしなかった彼らが悪い。そう考え、シェルスはゾッとするような歪な笑みを浮かべた。
「これだけは使いたくなかったけど、仕方ないよね」
隠し持っていた物を取り出してシェルスは冷たく笑った。本物の神子は僕なのだと何度も自分に言い聞かせ、シェルスは持っている物を何時使うかをじっくり考えた。
「今度こそ、完全に消し去ってやる」
美しい緑色の瞳には、嫉妬と憎悪で満たされており、シェルスは神子とは程遠い醜い表情をしていた。
隣国の騎士達がこの城に到着して早々心配したのはシェルスの身の安全だった。どうせ手紙でも書いていじめられているとか意地悪をされているとでも書いたのだろう。彼らの夕を見る目は憎悪に満ちていた。一体何を書いたのやらと呆れはするものの鈴は驚かなかった。
黒い布を纏った男がシェルスの隣に居る姿を見た時は少しだけ動揺したが、鈴はすぐに冷静になった。鈴に見せ付けるようにシェルスは彼に抱きついて不敵な笑みを浮かべた。自慢するように「この方は、僕の護衛役なんです」と告げ、やっぱり性格悪いなと鈴は再認識した。こうすれば鈴が傷付くとでも思ったのだろう。しかし、こう言った事に慣れている鈴は全く傷付かなかった。彼から事情を聞いているからだ。
「その鳥、気に入ったなら連れて帰ったらどうだ?」
庭の隅の隅、黒い布を纏った男が白い鷲の頭を撫でていた。その光景を何度か見ていた鈴は男に白い鷲を押し付けようとした。人間の言葉を理解しているらしい鳥は、甲高い声で鳴き直ぐに鈴の元へ飛んできて、肩に止まった。
「過保護だな」
鈴が複数の男達に襲われて以降、白い鷲が常に鈴を見張るようになった。鈴が襲われそうになれば相手を攻撃して追っ払い、シェルスへの威嚇も凄まじく、夕達が顔面蒼白になるくらいの過保護っぷりだった。今まで、この鳥がこんなに懐いているのは鈴だけだった。夕達に触らせる事は許しているが、自ら甘えるような仕草をするのは鈴だけ。そんな白い鷲が初めて会った男に対して同じように甘えて懐いているのはかなり珍しい事だった。だから鈴は彼に白い鷲を託そうとしたのだが、まだ鈴から離れる気はないらしい。
「ん」
何を思ったのか、男は鈴の頭に手を置くと優しく撫でた。突然の事で一瞬警戒するが、撫でる手が心地良くて鈴は男の好きなようにさせた。何時もならその手を叩き落とし文句の一つでも言うのだが、何故かこの手だけは叩き落とせなかった。白い鷲が全く威嚇しないのも理由の一つだろう。
撫でる事に満足したのか、男はその場から去ってしまった。一言も話さず、顔すらも分からない相手で、シェルスの護衛役。本来なら警戒すべき相手だと言うのに、何故大丈夫だと思ってしまうのか。どうして、安心してしまうのか。鈴はその理由が何となく分かっていた。
「……面倒だな」
恋なんてするんじゃなかったと後悔しつつも、鈴の頬はほんのりと赤く染まっていた。
自分の思い通りにならず、シェルスは苛ついていた。邪魔者を消して安心したと思ったらそれは偽物で、ならば本物も消し去ってやろうとあれこれ手を加えたのに一番邪魔な存在が生きている。自分の意思もなく誰かに守られていなければ生きられない弱い存在なのだから、掟に従い故郷に帰る筈だと思い込んでいた。しかし、様々な邪魔が入って近付く事さえ難しい状況に陥ってしまった。
彼奴さえ居なければ……
その思いはシェルスの心の中でどんどん膨れ上がっていった。素直に帰ればいいものを、一族よりも愛する男を選んだのだ。正に一族の恥晒し。ユリウスの弟に愛され、ユリウスからも大切にされ、夕と鈴からも気にかけられている。自分一人では何もできない落ちこぼれのくせに。姉のように驚く程容姿が整っている訳でも、美しい声を持っている訳でも無いのに。一体アレの何処を見て好きになったのやら。シェルスは理解できなかったし、したくなかった。
「大人しく僕の言う事を聞いていれば良かったのに……」
夕も、鈴も、シンジュも、シェルスの言う通りにしてくれなかった。シェルスがユリウスの婚約者だと言ってもユリウスは夕を傍に置こうとするし、シンジュは海に帰るべきだと説得してもリベルテが邪魔をしてシンジュを守ろうとするし、鈴からあるものを奪おうとしたら反撃されてしまうしで、何一つ上手くいかなかった。
やっと手に入れたものも失いそうになっている。お前は神子ではない。偽物なのだと見せ付けられているような気がして、シェルスは更に苛立った。何故、ユリウスは自分を見ないのか。何故、シンジュは海へ帰らないのか。何故、あの方が鈴に近付くのか。何もかも気に食わなくて、シェルスは可愛らしい顔を歪ませた。
「邪魔者には、消えてもらわないと」
僕は夜と空の二つの力を授かった夜空の神子。偽物である筈がない。偽物の神子は夕達の方。本物の神子であるシェルスがこんなにお願いしているのに、言う通りにしなかった彼らが悪い。そう考え、シェルスはゾッとするような歪な笑みを浮かべた。
「これだけは使いたくなかったけど、仕方ないよね」
隠し持っていた物を取り出してシェルスは冷たく笑った。本物の神子は僕なのだと何度も自分に言い聞かせ、シェルスは持っている物を何時使うかをじっくり考えた。
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