神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第5章

危険な検証

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 シェルスとカイリは一体何をしに来たのだろう。そう疑問に思ってしまう程、二人の行動と言動は無駄な努力に終わっていた。いや、お互いの想いが通じ合って以前よりも仲良くなったのを見ると無駄ではないのだが……リベルテとシンジュは出会った時から両想いで、今はお互いに自分の気持ちを伝え合って一緒に居る。カイリが何を言ってもシンジュは断るだけなので、毎回断られているカイリの姿を見る度に哀れに思う。とは言え、彼がシンジュにした事を思えば自業自得でしかない。

 シェルスも毎日のようにユリウスに付き纏い、夕の印象を悪くしようと悪い噂を流しているが、こちらも逆効果。あれだけ恋愛に鈍感な夕がやっとユリウスを意識し始めたのだ。二人はまだ気持ちを伝え合っていないが、両想いなのは確実。ユリウスが夕の事を好きなのは一目瞭然だし、彼がもっと積極的に夕を口説けば恋人同士になれるだろう。家臣達の言動やシェルスの行動を警戒してユリウスは以前よりも夕を自分の傍に置いた。その事に関してシェルスが何か言っても何処吹く風。

 シェルスの性格の問題でもあるのだが、ユリウスからあそこまで拒絶されている姿を見ると確かに哀れではある。彼自身はユリウスの事が本当に好きなのに、ユリウスは夕の事が好き。だから夕が邪魔で態と彼の悪い噂を流したのだろう。そう言う卑怯な手段を使うから余計嫌われると言うのに。

「どうして、僕を選んでくれないんですか?」

 そんな事、俺に聞かれても困る。徹底的に避けていたと言うのに、鈴は運悪くシェルスと遭遇してしまった。さっさと逃げてしまおうと思った矢先に、シェルスは鈴を見た途端涙を流してその場に崩れ落ちた。声をかけずに去ってしまおう、そう思って鈴が素通りしようとしたが、シェルスが鈴の腕を掴む。

「何で、貴方がそれを持っているんですか? それは本来、僕が持つべきものなのに」
「…………」

 シェルスは鈴ではなく、彼の肩に乗っている大きな白い鳥を見てそう言った。白い鳥はシェルスを警戒し、燕も同じようにシェルスの様子をジッと観察している。敵意を向けているのは明らかだった。

「返してください。それは、僕のものです」

 彼は白い鳥しか見ていない。金や宝石に目が眩んだような欲のある目を向け、白い鳥に手を伸ばして触れようとした瞬間、白い鳥がシェルスの手を鋭い爪で引っ掻いた。

「いた!」
「嫌われてるみたいだが?」

 初めて会った時から、白い鳥と燕はシェルスに対して敵意剥き出しだった。触れれば本当に爪で引っ掻かれるのではないか、嘴で突かれるのではないかと思う程、警戒し威嚇していた。そんな鳥達を自分のものだと主張して一体誰が信じると言うのか。シェルスでなければ白い鳥を押し付けるつもりだが、彼に渡してはならないと何かが警鐘する。鳥達は鈴のものではないのだが、鈴に懐いているから何時の間にか二羽の鳥の面倒を彼が見る事になっただけだ。しかし、ずっと一緒に居るとどうしても愛着が湧いてしまい、今ではこの二羽の鳥と共に過ごすのが当たり前になっていた。

「…………」

 シェルスに睨まれたが、鈴は痛くも痒くもなかった。こう言った視線は前の世界で嫌と言う程見て来たし、シェルスに似たような奴も何人も居た。だから鈴は分かるのだ。シェルスは鈴が最も嫌う性格をしていると。嫌な思いをしたくなかったからシェルスと距離を置いて徹底的に避けていたと言うのに、これから絡まれるかもしれない。

 そう思うと、鈴は気が重くなった。




 シェルスを見る眼光は鋭く、少しでも鈴に触れようものなら尖った嘴で襲うのではないかと思う程、白い鳥は彼を威嚇した。ユウやシンジュが相手なら普通に大人しく触れる事も許しているのに、白い鳥はどうしてもシェルスを受け付けないらしい。鳥について詳しい訳ではないが、鳥達の間でも相性と言うものが存在し、合う合わないがあるのだろうと鈴は考えた。

「オヒメサマを守る騎士にでもなったつもりか?」

 白い鳥は静かに鈴を見下ろすだけで何も反応しない。この鳥が傍に居てくれるお陰で、鈴はシェルスと関わる機会がほぼなかったと言ってもいい。その事に関しては有難いと思うが、白い鳥が鈴を守ろうとする理由が分からない。一応燕の飼い主だから守っているのか、それとも別の理由があって鈴を守っているのか。それはこの白い鳥にしか分からない。

 鈴は夢見がちな乙女思考でもなければ、王子様を待ち続けるような性格でもない。だから鈴は好きな人に会えなくても悲しくないし、会えないなら自分から会いに行くつもりでいた。彼は今、ある理由で鈴に会いに来れる状態ではない。だから彼は、鈴にあるものを託した。面倒事に巻き込まれるだけだと分かっていても、鈴はそれを捨てられなかった。何時の間にか彼の事を好きになっていたからだ。けれど、鈴は未だにその人物と再会していない。

 仕方ないと諦めていても、仲の良さそうなユリウス達を見るとどうしても羨ましいと思ってしまう。だからと言ってシェルスのように相手を悪者に仕立て上げたり、邪魔しようとしたりはしないが……

「お前は、彼奴によく似ているな」

 宝石のように輝く赤い瞳とか、他者を寄せ付けない雰囲気とか、居るだけで威圧される程の存在感とか、白い鳥は鈴が会いたい人物にそっくりだった。そっと白い鳥の頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めもっとと言うように頭を撫で付けて来る。それを狡いと思ったのか、燕が甲高い声で鳴き自分も撫でろと訴えてくる。仕方なく鈴が撫でてやると、燕も気持ち良さそうに目を閉じた。

「神子の証、か」

 現在、神子が確定しているのはユリウスとシンジュだけ。そして、神子の証を所持しているのはシンジュただ一人。ユリウスは証を所持しておらず、他の神子が誰で何処に居るのかは不明。白い鳥を見て、鈴はこの鳥も神子の証なのではないかと思った。確証はないが、何の疑問も抱く事なく納得してしまった。白い鳥が神子の証だとするならば、鈴はとんでもない人物を好きになってしまったと言う事になる。その事実を喜べる程、鈴は楽観的ではない。しかし、好きになってしまったのだからどうしようもないと思う自分も居る。何れ分かる事だと思い、鳥達が満足するまで撫で続けた。




 鈴はシェルスが嫌いだ。それと同じくらい彼に騙される取り巻き達も大嫌いだった。鈴の容姿が整っていると言うだけの理由で神子だ何だと騒ぎ立て、本性を知ると幻滅して好き勝手言い、鈴よりも可憐で可愛らしい奴が涙を流すとコロッと騙される。慣れているとは言え、この世界でも同じ扱いを受けたら嫌になるのも当然で……

 薄暗い倉庫のような部屋に連れ込まれ押し倒され、今にも襲われそうになっていると言うのに、鈴は驚く程冷静だった。何時もなら白い鳥と燕が守ろうとするのだが、鈴は敢えて一人になったのだ。心配そうに鈴を見る二羽の鳥に「大丈夫だ」と告げて。

 夕に知られたら「危険な事をするな!」と怒鳴るのだろうが、鈴は大人しく襲われるような性格ではない。鈴だって可能なら襲われる経験などしたくない。にも関わらず、鈴が襲われるような状況を作ったのは確認したい事があったからだ。シェルスは夕達を追い出したい筈なのに、悪い噂を流したり取り巻き達を使って追い出そうとしたりするだけで直接殺そうとはしない。そんな面倒な根回しなどせず邪魔な存在が居るならとっとと殺せばいいのに、シェルスはそうしない。

 いいや、出来ないと言った方が正しい。可能なら彼は夕達を殺したい筈だ。しかし、殺せない。それは何故か。答えは簡単。神子の証が関係しているから。シェルスがカイリを使ってシンジュを海に帰したい理由も、彼が海の神子だからだろう。しかも、シンジュは神子の証を持っており迂闊に触れる事が出来ないのだろう。鈴に関しても同じ。鈴自身がシェルスを避けていたと言うのもあるが、白い鳥を欲していたのを見ると恐らくあの白い鳥も神子の証である可能性が高い。

 ならば、白い鳥も燕も居ない状態をシェルスに見せたらどう動くのか。それを確かめる為に鈴は鳥達に留守番を命じた。鈴一人で歩いている姿を見たシェルスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。それから間も無く、鈴は男複数に囲まれ誰にも使われていない薄暗い倉庫のような部屋に連れ込まれた。そこから導き出される答えは、神子の証があるとシェルスは手出し出来ないと言う事。逆を言えば、証を持っていないか常に自分の側に無いと彼は容赦なく相手を叩き潰す。分かっていた事ではあるが、鈴はシェルスの事を知れば知る程嫌いになった。

 月の神子を癒す夜の神子。太陽の神子を癒す空の神子。シェルスはその存在になりたくて自ら夜空の神子だと吹聴しているのだろう。彼が本当に神子なのかそうでないのかはまだ分からないが、クラウス達の態度を見ると偽物の神子だろうと鈴は考えている。自分が偽物のくせに夕に向かってよくもまあ「偽物」と言えるものだ。月の神子であるユリウスだけが目的なら、夜の神子と言えばいい筈だ。それなのに敢えて夜空の神子と言っているのは、シェルスの目的がユリウスだけでなく太陽の神子も含まれているから。気付きたくなかった事に気付いて、鈴は大きなため息を吐いた。

「随分と余裕じゃねえか。今から酷い目に遭うって言うのによぉ」
「今謝れば許してやっても良いぜ。シェルス様に神子の証を返しますから許してくださいって言えばなあ!」

 そう言えば襲われていたんだったな。他人事のように鈴は考えているが、手足を縄で縛られ、着ている服を脱がされ、複数の男に押し倒されている姿は誰がどう見ても危機的状況だ。しかし、鈴は前の世界で今と同じように何度も襲われそうになっていたので、もう慣れてしまった。それに加え鈴は体術のプロでもある。ハアハアと荒く汚い息を吐く男共が気持ち悪くてそろそろ殴って気絶させるかと鈴が考えていた矢先、突然男達が悲鳴を上げ鈴の目の前から消えた。
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