62 / 88
第5章
回避
しおりを挟む
夕を連れて自室に戻る途中、ユリウスは数名の家臣に呼び止められた。彼らはユリウスの少し後ろに居る夕を見て顔を顰めた。
「ユリウス様にはシェルス様と言う素晴らしい婚約者が居ると知っていながら、未だにユリウス様から離れぬとは異世界人は礼儀も常識も一切無いのですね」
「噂ではシェルス様だけを仲間外れにして苛めているとか」
「シンジュ様のように海の神子と言う訳でもなく、スズ様のように容姿が整っている訳でもなく、シェルス様のように優しくて教養がある訳でもない。ユリウス様の隣に相応しくありませんね」
本人が居るにも関わらず、彼らは口々に夕を罵った。容姿が整っていない。神子でもない。礼儀も常識もない。お前が居ても邪魔なだけだからさっさとこの城から出て行け。夕を見て醜い醜いと宣う家臣達の方が余程醜いとユリウスは軽蔑した。ユリウスが夕と一緒に居る姿が周囲にどう見えるのか分からない程愚かではない。何時かはこうなるだろうと予測していたし、理解した上でユリウスは夕を自分の傍に置いた。
どんなに偽ろうとしても、気持ちを誤魔化そうとしても、ユリウスの心は夕を求めてしまった。クラウスに口煩く忠告を受けていたが、それでもユリウスは夕を選んだ。いいや、出会ったあの時からユリウスは夕しか選ばないと言った方が正しいだろう。
「どうせユリウス様の肩書きにしか興味がない癖に……」
「まさか、洗脳か魅了の類の術を使っているのでは?」
「そんな卑怯な真似をしてまでユリウス様の傍に居たいのですか? 気持ち悪いですね」
プツン、と何かが切れる音がした。いくら自分の家臣でも言っていい事と悪い事がある。自分の好きな人を馬鹿にされて、好き勝手言われて怒るなと言う方が無理な話である。夕が何時、洗脳した? 魅了の術なんて使っていない。他の王族貴族のように私利私欲に塗れ平気で嘘を吐き他者を踏み潰す醜い輩と夕を一緒にするな。夕は何時だってユリウスに優しかった。嘘偽りのない姿に、他者を気遣う彼の手に、壊れそうになっていた心を救い支えてくれた優しい言葉に、ユリウスは何時も助けられていた。
醜いのは、洗脳しているのは、魅了の術を使っているのは、婚約者と名乗る彼奴の方ではないのか。怒りが頂点に達し、ユリウスが剣に手をかけようとした時、彼を呼び止めたのは夕だった。
「こう言うの、慣れてますから。俺は大丈夫ですよ。ユリウス様」
剣を抜こうとした手を包むように握り、夕は力なく笑った。その手は震えており、笑っているがその表情は今にも泣き出しそうで、夕が慣れていると、大丈夫と言ったのは明らかに嘘だと分かる程だった。
「あの人達が言ってる事、ほとんど事実ですから」
「は?」
夕の言葉を聞いた瞬間、ユリウスは言葉を失った。
自分が周囲の人達にどう思われているのか、夕は十分理解していた。彼らの言った通り、夕は鈴やシェルスのように容姿が整っていないし、ユリウスやシンジュのような神子でもない。この国やユリウスの役に立っているとも思えない。言わばお荷物のような存在だと夕自身も考えていた。周囲の視線を見れば明らかで、夕は敢えて気付かないフリをしていた。不満が爆発して直接何か言ってくる事も夕は分かっていた。
「本当は、ユリウス様とは関わらないようにするのが正解なのかもしれません」
「何を、言っているのですか?」
ユリウスと離れようと思えば何時でもできた筈だ。けれど、夕はそうしなかった。クラウス達が「ユリウス様の傍に居るべき!」と言ったから、ユリウス自身が夕を求めたから、そんなのは言い訳に過ぎない。夕がユリウスの傍を離れなかった理由は、彼が心配だったから。
「離れようと思えばできたのに、俺はそれをしなかった。だから、ユリウス様に媚を売っているとか、変な術を使っているとか色々言われてしまう」
「それは!」
私が望んだ事で、夕は何も悪くない! ユリウスがそう叫ぶよりも早く、夕は話を続けた。
「分かっているのに、放っておけないんです。俺がユリウス様から離れたら、ユリウス様がユリウス様でなくなるような気がして……心が壊れてしまうかもしれない、また独りで重いものを背負って抱え込んで何時かそれに押し潰されてしまうかもしれない。そう思うと、ユリウス様の傍を離れたくなくて……」
不思議ですよね? と控えめに笑う夕をユリウスは思わず抱きしめてしまった。それは、貴方が私の事を好きだと解釈してもいいのですか? 好きなのは私だけではないのだと、両想いなのだと、自惚れてもいいのですか? 口に出そうとしたが、ユリウスは我慢した。
幼い子どもが母を求めるような表情と仕草をするユリウスを見て、夕は戸惑いつつもユリウスの頭をそっと撫でた。ユリウスの部屋から出て行った方がいいのではとかユリウスとはもう関わらないとか色々考えていたが、結局夕はユリウスが許すのであればこれからも彼の傍に居ようと決心した。
ユリウス様とは関わらないって言った時の顔、無茶苦茶怖かったな。
それはもう般若を背負っているかのような重苦しい空気だった。鬼の形相と言っても過言ではない。そんなユリウスの恐ろしい顔を見た家臣達も恐怖で怯えていた。危機回避能力が優れているのか、自己防衛本能が働いたのか、夕はユリウスに本心を告げた。すると先程まで怒っていたのにユリウスは夕を抱きしめて固まってしまった。殺気はもう出ていない。
ユリウス様って、感情の変化が激しいな。
いや、それ夕限定でだから! お前以外が相手だと全く表情変わらねえから!
此処にクラウスかリベルテが居たら、確実にこう言っていただろう。
「ユリウス様にはシェルス様と言う素晴らしい婚約者が居ると知っていながら、未だにユリウス様から離れぬとは異世界人は礼儀も常識も一切無いのですね」
「噂ではシェルス様だけを仲間外れにして苛めているとか」
「シンジュ様のように海の神子と言う訳でもなく、スズ様のように容姿が整っている訳でもなく、シェルス様のように優しくて教養がある訳でもない。ユリウス様の隣に相応しくありませんね」
本人が居るにも関わらず、彼らは口々に夕を罵った。容姿が整っていない。神子でもない。礼儀も常識もない。お前が居ても邪魔なだけだからさっさとこの城から出て行け。夕を見て醜い醜いと宣う家臣達の方が余程醜いとユリウスは軽蔑した。ユリウスが夕と一緒に居る姿が周囲にどう見えるのか分からない程愚かではない。何時かはこうなるだろうと予測していたし、理解した上でユリウスは夕を自分の傍に置いた。
どんなに偽ろうとしても、気持ちを誤魔化そうとしても、ユリウスの心は夕を求めてしまった。クラウスに口煩く忠告を受けていたが、それでもユリウスは夕を選んだ。いいや、出会ったあの時からユリウスは夕しか選ばないと言った方が正しいだろう。
「どうせユリウス様の肩書きにしか興味がない癖に……」
「まさか、洗脳か魅了の類の術を使っているのでは?」
「そんな卑怯な真似をしてまでユリウス様の傍に居たいのですか? 気持ち悪いですね」
プツン、と何かが切れる音がした。いくら自分の家臣でも言っていい事と悪い事がある。自分の好きな人を馬鹿にされて、好き勝手言われて怒るなと言う方が無理な話である。夕が何時、洗脳した? 魅了の術なんて使っていない。他の王族貴族のように私利私欲に塗れ平気で嘘を吐き他者を踏み潰す醜い輩と夕を一緒にするな。夕は何時だってユリウスに優しかった。嘘偽りのない姿に、他者を気遣う彼の手に、壊れそうになっていた心を救い支えてくれた優しい言葉に、ユリウスは何時も助けられていた。
醜いのは、洗脳しているのは、魅了の術を使っているのは、婚約者と名乗る彼奴の方ではないのか。怒りが頂点に達し、ユリウスが剣に手をかけようとした時、彼を呼び止めたのは夕だった。
「こう言うの、慣れてますから。俺は大丈夫ですよ。ユリウス様」
剣を抜こうとした手を包むように握り、夕は力なく笑った。その手は震えており、笑っているがその表情は今にも泣き出しそうで、夕が慣れていると、大丈夫と言ったのは明らかに嘘だと分かる程だった。
「あの人達が言ってる事、ほとんど事実ですから」
「は?」
夕の言葉を聞いた瞬間、ユリウスは言葉を失った。
自分が周囲の人達にどう思われているのか、夕は十分理解していた。彼らの言った通り、夕は鈴やシェルスのように容姿が整っていないし、ユリウスやシンジュのような神子でもない。この国やユリウスの役に立っているとも思えない。言わばお荷物のような存在だと夕自身も考えていた。周囲の視線を見れば明らかで、夕は敢えて気付かないフリをしていた。不満が爆発して直接何か言ってくる事も夕は分かっていた。
「本当は、ユリウス様とは関わらないようにするのが正解なのかもしれません」
「何を、言っているのですか?」
ユリウスと離れようと思えば何時でもできた筈だ。けれど、夕はそうしなかった。クラウス達が「ユリウス様の傍に居るべき!」と言ったから、ユリウス自身が夕を求めたから、そんなのは言い訳に過ぎない。夕がユリウスの傍を離れなかった理由は、彼が心配だったから。
「離れようと思えばできたのに、俺はそれをしなかった。だから、ユリウス様に媚を売っているとか、変な術を使っているとか色々言われてしまう」
「それは!」
私が望んだ事で、夕は何も悪くない! ユリウスがそう叫ぶよりも早く、夕は話を続けた。
「分かっているのに、放っておけないんです。俺がユリウス様から離れたら、ユリウス様がユリウス様でなくなるような気がして……心が壊れてしまうかもしれない、また独りで重いものを背負って抱え込んで何時かそれに押し潰されてしまうかもしれない。そう思うと、ユリウス様の傍を離れたくなくて……」
不思議ですよね? と控えめに笑う夕をユリウスは思わず抱きしめてしまった。それは、貴方が私の事を好きだと解釈してもいいのですか? 好きなのは私だけではないのだと、両想いなのだと、自惚れてもいいのですか? 口に出そうとしたが、ユリウスは我慢した。
幼い子どもが母を求めるような表情と仕草をするユリウスを見て、夕は戸惑いつつもユリウスの頭をそっと撫でた。ユリウスの部屋から出て行った方がいいのではとかユリウスとはもう関わらないとか色々考えていたが、結局夕はユリウスが許すのであればこれからも彼の傍に居ようと決心した。
ユリウス様とは関わらないって言った時の顔、無茶苦茶怖かったな。
それはもう般若を背負っているかのような重苦しい空気だった。鬼の形相と言っても過言ではない。そんなユリウスの恐ろしい顔を見た家臣達も恐怖で怯えていた。危機回避能力が優れているのか、自己防衛本能が働いたのか、夕はユリウスに本心を告げた。すると先程まで怒っていたのにユリウスは夕を抱きしめて固まってしまった。殺気はもう出ていない。
ユリウス様って、感情の変化が激しいな。
いや、それ夕限定でだから! お前以外が相手だと全く表情変わらねえから!
此処にクラウスかリベルテが居たら、確実にこう言っていただろう。
73
お気に入りに追加
802
あなたにおすすめの小説
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います
雪
BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生!
しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!?
モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....?
ゆっくり更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる