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第5章
回避
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夕を連れて自室に戻る途中、ユリウスは数名の家臣に呼び止められた。彼らはユリウスの少し後ろに居る夕を見て顔を顰めた。
「ユリウス様にはシェルス様と言う素晴らしい婚約者が居ると知っていながら、未だにユリウス様から離れぬとは異世界人は礼儀も常識も一切無いのですね」
「噂ではシェルス様だけを仲間外れにして苛めているとか」
「シンジュ様のように海の神子と言う訳でもなく、スズ様のように容姿が整っている訳でもなく、シェルス様のように優しくて教養がある訳でもない。ユリウス様の隣に相応しくありませんね」
本人が居るにも関わらず、彼らは口々に夕を罵った。容姿が整っていない。神子でもない。礼儀も常識もない。お前が居ても邪魔なだけだからさっさとこの城から出て行け。夕を見て醜い醜いと宣う家臣達の方が余程醜いとユリウスは軽蔑した。ユリウスが夕と一緒に居る姿が周囲にどう見えるのか分からない程愚かではない。何時かはこうなるだろうと予測していたし、理解した上でユリウスは夕を自分の傍に置いた。
どんなに偽ろうとしても、気持ちを誤魔化そうとしても、ユリウスの心は夕を求めてしまった。クラウスに口煩く忠告を受けていたが、それでもユリウスは夕を選んだ。いいや、出会ったあの時からユリウスは夕しか選ばないと言った方が正しいだろう。
「どうせユリウス様の肩書きにしか興味がない癖に……」
「まさか、洗脳か魅了の類の術を使っているのでは?」
「そんな卑怯な真似をしてまでユリウス様の傍に居たいのですか? 気持ち悪いですね」
プツン、と何かが切れる音がした。いくら自分の家臣でも言っていい事と悪い事がある。自分の好きな人を馬鹿にされて、好き勝手言われて怒るなと言う方が無理な話である。夕が何時、洗脳した? 魅了の術なんて使っていない。他の王族貴族のように私利私欲に塗れ平気で嘘を吐き他者を踏み潰す醜い輩と夕を一緒にするな。夕は何時だってユリウスに優しかった。嘘偽りのない姿に、他者を気遣う彼の手に、壊れそうになっていた心を救い支えてくれた優しい言葉に、ユリウスは何時も助けられていた。
醜いのは、洗脳しているのは、魅了の術を使っているのは、婚約者と名乗る彼奴の方ではないのか。怒りが頂点に達し、ユリウスが剣に手をかけようとした時、彼を呼び止めたのは夕だった。
「こう言うの、慣れてますから。俺は大丈夫ですよ。ユリウス様」
剣を抜こうとした手を包むように握り、夕は力なく笑った。その手は震えており、笑っているがその表情は今にも泣き出しそうで、夕が慣れていると、大丈夫と言ったのは明らかに嘘だと分かる程だった。
「あの人達が言ってる事、ほとんど事実ですから」
「は?」
夕の言葉を聞いた瞬間、ユリウスは言葉を失った。
自分が周囲の人達にどう思われているのか、夕は十分理解していた。彼らの言った通り、夕は鈴やシェルスのように容姿が整っていないし、ユリウスやシンジュのような神子でもない。この国やユリウスの役に立っているとも思えない。言わばお荷物のような存在だと夕自身も考えていた。周囲の視線を見れば明らかで、夕は敢えて気付かないフリをしていた。不満が爆発して直接何か言ってくる事も夕は分かっていた。
「本当は、ユリウス様とは関わらないようにするのが正解なのかもしれません」
「何を、言っているのですか?」
ユリウスと離れようと思えば何時でもできた筈だ。けれど、夕はそうしなかった。クラウス達が「ユリウス様の傍に居るべき!」と言ったから、ユリウス自身が夕を求めたから、そんなのは言い訳に過ぎない。夕がユリウスの傍を離れなかった理由は、彼が心配だったから。
「離れようと思えばできたのに、俺はそれをしなかった。だから、ユリウス様に媚を売っているとか、変な術を使っているとか色々言われてしまう」
「それは!」
私が望んだ事で、夕は何も悪くない! ユリウスがそう叫ぶよりも早く、夕は話を続けた。
「分かっているのに、放っておけないんです。俺がユリウス様から離れたら、ユリウス様がユリウス様でなくなるような気がして……心が壊れてしまうかもしれない、また独りで重いものを背負って抱え込んで何時かそれに押し潰されてしまうかもしれない。そう思うと、ユリウス様の傍を離れたくなくて……」
不思議ですよね? と控えめに笑う夕をユリウスは思わず抱きしめてしまった。それは、貴方が私の事を好きだと解釈してもいいのですか? 好きなのは私だけではないのだと、両想いなのだと、自惚れてもいいのですか? 口に出そうとしたが、ユリウスは我慢した。
幼い子どもが母を求めるような表情と仕草をするユリウスを見て、夕は戸惑いつつもユリウスの頭をそっと撫でた。ユリウスの部屋から出て行った方がいいのではとかユリウスとはもう関わらないとか色々考えていたが、結局夕はユリウスが許すのであればこれからも彼の傍に居ようと決心した。
ユリウス様とは関わらないって言った時の顔、無茶苦茶怖かったな。
それはもう般若を背負っているかのような重苦しい空気だった。鬼の形相と言っても過言ではない。そんなユリウスの恐ろしい顔を見た家臣達も恐怖で怯えていた。危機回避能力が優れているのか、自己防衛本能が働いたのか、夕はユリウスに本心を告げた。すると先程まで怒っていたのにユリウスは夕を抱きしめて固まってしまった。殺気はもう出ていない。
ユリウス様って、感情の変化が激しいな。
いや、それ夕限定でだから! お前以外が相手だと全く表情変わらねえから!
此処にクラウスかリベルテが居たら、確実にこう言っていただろう。
「ユリウス様にはシェルス様と言う素晴らしい婚約者が居ると知っていながら、未だにユリウス様から離れぬとは異世界人は礼儀も常識も一切無いのですね」
「噂ではシェルス様だけを仲間外れにして苛めているとか」
「シンジュ様のように海の神子と言う訳でもなく、スズ様のように容姿が整っている訳でもなく、シェルス様のように優しくて教養がある訳でもない。ユリウス様の隣に相応しくありませんね」
本人が居るにも関わらず、彼らは口々に夕を罵った。容姿が整っていない。神子でもない。礼儀も常識もない。お前が居ても邪魔なだけだからさっさとこの城から出て行け。夕を見て醜い醜いと宣う家臣達の方が余程醜いとユリウスは軽蔑した。ユリウスが夕と一緒に居る姿が周囲にどう見えるのか分からない程愚かではない。何時かはこうなるだろうと予測していたし、理解した上でユリウスは夕を自分の傍に置いた。
どんなに偽ろうとしても、気持ちを誤魔化そうとしても、ユリウスの心は夕を求めてしまった。クラウスに口煩く忠告を受けていたが、それでもユリウスは夕を選んだ。いいや、出会ったあの時からユリウスは夕しか選ばないと言った方が正しいだろう。
「どうせユリウス様の肩書きにしか興味がない癖に……」
「まさか、洗脳か魅了の類の術を使っているのでは?」
「そんな卑怯な真似をしてまでユリウス様の傍に居たいのですか? 気持ち悪いですね」
プツン、と何かが切れる音がした。いくら自分の家臣でも言っていい事と悪い事がある。自分の好きな人を馬鹿にされて、好き勝手言われて怒るなと言う方が無理な話である。夕が何時、洗脳した? 魅了の術なんて使っていない。他の王族貴族のように私利私欲に塗れ平気で嘘を吐き他者を踏み潰す醜い輩と夕を一緒にするな。夕は何時だってユリウスに優しかった。嘘偽りのない姿に、他者を気遣う彼の手に、壊れそうになっていた心を救い支えてくれた優しい言葉に、ユリウスは何時も助けられていた。
醜いのは、洗脳しているのは、魅了の術を使っているのは、婚約者と名乗る彼奴の方ではないのか。怒りが頂点に達し、ユリウスが剣に手をかけようとした時、彼を呼び止めたのは夕だった。
「こう言うの、慣れてますから。俺は大丈夫ですよ。ユリウス様」
剣を抜こうとした手を包むように握り、夕は力なく笑った。その手は震えており、笑っているがその表情は今にも泣き出しそうで、夕が慣れていると、大丈夫と言ったのは明らかに嘘だと分かる程だった。
「あの人達が言ってる事、ほとんど事実ですから」
「は?」
夕の言葉を聞いた瞬間、ユリウスは言葉を失った。
自分が周囲の人達にどう思われているのか、夕は十分理解していた。彼らの言った通り、夕は鈴やシェルスのように容姿が整っていないし、ユリウスやシンジュのような神子でもない。この国やユリウスの役に立っているとも思えない。言わばお荷物のような存在だと夕自身も考えていた。周囲の視線を見れば明らかで、夕は敢えて気付かないフリをしていた。不満が爆発して直接何か言ってくる事も夕は分かっていた。
「本当は、ユリウス様とは関わらないようにするのが正解なのかもしれません」
「何を、言っているのですか?」
ユリウスと離れようと思えば何時でもできた筈だ。けれど、夕はそうしなかった。クラウス達が「ユリウス様の傍に居るべき!」と言ったから、ユリウス自身が夕を求めたから、そんなのは言い訳に過ぎない。夕がユリウスの傍を離れなかった理由は、彼が心配だったから。
「離れようと思えばできたのに、俺はそれをしなかった。だから、ユリウス様に媚を売っているとか、変な術を使っているとか色々言われてしまう」
「それは!」
私が望んだ事で、夕は何も悪くない! ユリウスがそう叫ぶよりも早く、夕は話を続けた。
「分かっているのに、放っておけないんです。俺がユリウス様から離れたら、ユリウス様がユリウス様でなくなるような気がして……心が壊れてしまうかもしれない、また独りで重いものを背負って抱え込んで何時かそれに押し潰されてしまうかもしれない。そう思うと、ユリウス様の傍を離れたくなくて……」
不思議ですよね? と控えめに笑う夕をユリウスは思わず抱きしめてしまった。それは、貴方が私の事を好きだと解釈してもいいのですか? 好きなのは私だけではないのだと、両想いなのだと、自惚れてもいいのですか? 口に出そうとしたが、ユリウスは我慢した。
幼い子どもが母を求めるような表情と仕草をするユリウスを見て、夕は戸惑いつつもユリウスの頭をそっと撫でた。ユリウスの部屋から出て行った方がいいのではとかユリウスとはもう関わらないとか色々考えていたが、結局夕はユリウスが許すのであればこれからも彼の傍に居ようと決心した。
ユリウス様とは関わらないって言った時の顔、無茶苦茶怖かったな。
それはもう般若を背負っているかのような重苦しい空気だった。鬼の形相と言っても過言ではない。そんなユリウスの恐ろしい顔を見た家臣達も恐怖で怯えていた。危機回避能力が優れているのか、自己防衛本能が働いたのか、夕はユリウスに本心を告げた。すると先程まで怒っていたのにユリウスは夕を抱きしめて固まってしまった。殺気はもう出ていない。
ユリウス様って、感情の変化が激しいな。
いや、それ夕限定でだから! お前以外が相手だと全く表情変わらねえから!
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