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第5章
息が詰まる2
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心配なのはシンジュだけではない。シェルスはしつこく夕や鈴にも声をかけ、二人きりで話したいと何度も要求した。しかし、鈴の場合は燕と白い鷲がシェルスを威嚇し、彼に近付かせないようにしたり、燕がユリウスやクラウスに知らせたりしているので無事だった。
シンジュも同じく、シェルスとカイリが近付くとシャチが威嚇するので、二人はシンジュと話す事すらできなくなっていた。それに加え、シンジュはリベルテにも守られている為、余程の事がない限り向こうも変な事はしないだろう。
そうなると必然的に夕が狙われやすくなる。夕は鈴のように容姿端麗な訳ではなく、シンジュのように神子と言う訳でもない。燕や鷲、シャチのように彼を守ってくれる存在も居ない。更に彼はこの世界で不吉の色とされている黒い髪と黒い目。
そんな彼がこの国の第一王子であるユリウスの傍に居たら周囲がどう思うかなど一目瞭然。鈴やシンジュのお陰で漸く城の者達が夕を認め始めたと言うのに、シェルスのせいで台無しだ。むしろ、最初よりも悪化している。
「クラウス殿、やはりあのような得体の知れぬ不吉な者をユリウス様のお傍に置くのはどうかと」
「婚約者であるシェルス様のお気持ちも考えるべきでは?」
「噂では、シェルス様を仲間外れにしたり、気付かれないように意地悪をしているとか……」
厳しい目でそう訴える家臣達に、クラウスはうんざりした。王族のしきたりや伝統を重視する彼らにとって、夕は邪魔で邪魔で仕方ない存在なのだろう。何処から来たのかも分からない夕より、身元がはっきりしていて容姿も美しく心優しいシェルスの方がユリウスに相応しいと思っているのだろう。
そこにユリウスの意思は関係ない。シェルスとの婚約だって彼らが無理矢理進めたのであって、ユリウス自身はシェルスを婚約者だと認めていない。それなのにシェルスも家臣達も口を揃えてシェルスがユリウスの婚約者だと言いふらすので何時の間にか定着してしまったのだ。
「その話は聞き飽きました。婚約者はユリウス様自身が決める事であり、貴方達にその決定権はありません。当然、シェルス様にもありません」
クラウスが断言すると、家臣達は悔しそうに顔を歪めた。しかし、だが、このままでは、シェルス様が、と渋る彼らに、クラウスは「決めるのは、ユリウス様です」とはっきりと伝えた。
黙っていれば綺麗で可愛い子なのになあ。
目の前でペラペラと話すシェルスを「残念な子だなぁ」と思いながら夕は話を聞き流していた。
最初はシンジュや鈴にも声を掛けていたが、鈴は出会って直ぐにシェルスを避けるようになり、シンジュはカイリの件でリベルテが常に傍に居るようになった。その事に気付いているのか、シェルスは夕に色々と話すようになった。
「リベルテ様が許してくれないんです。海の神子は人魚族の長であるカイリ様と結ばれた方が幸せだと言うのに……カイリ様が説得しようとしても、話すら聞いてもらえず困っているんです」
「…………」
「二番目とは言え、王子様のする事ではないと思います。自分一人の我侭で、人魚族を滅ぼすつもりなんでしょうか。そんな非道な事、許される筈がないのに」
カイリこそがシンジュに相応しい。シンジュは海に帰るべき。人間と人魚が結ばれる筈がない。同じ種族で結ばれる方が幸せだ。それをリベルテは分かっていない。ユリウスの弟であるにも関わらず、こんな簡単な事も分からないなんて信じられない。
と言った内容の話をほぼ毎日聞かされている夕は、適当に相槌を打って聞き流していた。夕と鈴が「それは違う」と否定したら「僕は、みんなの事を思って言ってるのに」と泣かれてしまったのだ。何度か本当の事を話したのだがシェルスが泣いて誤解を招くような態度を取る為、言っても無駄だと諦めたのだ。鈴は早い段階でシェルスから距離を取っていた。こう言う感じのタイプは鈴の地雷中の地雷だったからだ。
シェルスはシンジュにも話しかけようとしたが、リベルテがそれを許さなかった。カイリがシンジュを愛しているとは思えなかったからだ。カイリはシンジュではなく、海の神子と言う肩書きのみを重視しているように見える。言葉でいくら偽ろうとも、誤摩化せない事もある。カイリの行動の矛盾や言葉の違和感が目立つ為、リベルテはカイリを敵視し、シンジュも彼に近付かない。当然カイリを連れて来たシェルスも警戒され、近付ける人物が夕だけになってしまったのだ。
本人はそれを「意地悪している」とか「仲間外れにされた」と言っているが、誰がどうみても自業自得にしか見えない。夕もシェルスのようなタイプの事とは関わりたくないが本音だが、逃げるタイミングを見失って今の状況と言う訳だ。
「カイリ様も心配ですが、ユリウス様の事も心配なんです。ユリウス様の婚約者は僕なのに、貴方とばかり一緒に居る。ユリウス様はとても優しい方だから、何の取り柄もない平凡で不吉な色を持っている貴方にも情けをかけてあげているんです。距離が近いからって、勘違いしないでくださいね? ユリウス様の婚約者は僕なんだから」
「あ、はい」
何とか笑顔を作って対応したが、夕はシェルスの話を聞き続けて疲れていた。
夕に話をしていたシェルスは、少し離れた場所を歩くユリウスを見てスッと立ち上がり、嬉々として彼の元へ向かった。残された夕は満面の笑みを浮かべてユリウスに近付くシェルスを見て「やっぱり、あの子苦手だなぁ」と呟いた。
嬉しそうに笑うシェルスとは対照的に、ユリウスの表情は相変わらず無表情だった。少し後ろで控えているクラウスなんて笑っているが目が笑っていない。二人の本心を知らないのか、敢えて気付かぬフリをしているのか、シェルスは嬉しそうにユリウスに何かを言っている。
シェルスに対して、ユリウスの反応は相変わらず冷たいままだ。周囲は二人を見て「お似合いですね」と感想を述べるが、ユリウスはシェルスの事を好きではなかった。むしろ嫌いで関わりたくないが本音だった。しかし、それなりに地位と権力があるシェルスを蔑ろにする訳にもいかず、形だけは丁重に扱っていた。
「あの、ユリウス様。そろそろ、ユリウス様のお部屋で寝泊まりしてもいいですか? 婚約者なんですから、同じ部屋で過ごす事も必要だと思うんです」
頬を赤く染め、照れながら提案するシェルスに、ユリウスは変わらぬ態度で「それは出来ません」と即答した。以前、クラウスが言ったようにユリウスは多忙で自室で仕事をする事も多々あるのだ。その仕事内容はこの国にとって重要なものも多く、他者に見られては困る書類や契約書も沢山ある。
婚約者だから、近い将来夫婦になるから。そんな理由でユリウスがシェルスを自室に招く筈がない。婚約が決まった時からベタベタと触れてきて、好きな人が居るから諦めてくれと丁寧に断っても聞いてもらえず、ユリウスはシェルスの相手をするのに疲れ果てていた。今ではもう適当に話を聞き流してしまう程だ。
「貴方には専用の部屋を用意しています。そちらで寝泊まりしてください」
「ユリウス様が傍に居ないと、僕、寂しいです」
大きな瞳をうるうると潤ませ、シェルスはユリウスに訴えた。他の人が見ればユリウスを一途に思う健気な人物に見えるのだろうが、態とらしい仕草や自分に媚びた態度は更にユリウスを苛つかせた。シェルスが来てから、シンジュとリベルテは常に気を張り詰め、鈴はシェルスと関わらないように距離を置き、夕はシェルスの態度や仕草で悪者扱いされ、みんなから笑顔が消えて行った。
シンジュとリベルテが相思相愛だと知っているにも関わらず、彼は人魚族の長と結ばれた方が幸せだと力説し、ユリウスに相応しいのは偽物の神子じゃなくて自分なんだと必要以上にアピールする。はっきり言って気持ち悪いし、シェルスの存在そのものが不気味で薄気味悪かった。
シンジュも同じく、シェルスとカイリが近付くとシャチが威嚇するので、二人はシンジュと話す事すらできなくなっていた。それに加え、シンジュはリベルテにも守られている為、余程の事がない限り向こうも変な事はしないだろう。
そうなると必然的に夕が狙われやすくなる。夕は鈴のように容姿端麗な訳ではなく、シンジュのように神子と言う訳でもない。燕や鷲、シャチのように彼を守ってくれる存在も居ない。更に彼はこの世界で不吉の色とされている黒い髪と黒い目。
そんな彼がこの国の第一王子であるユリウスの傍に居たら周囲がどう思うかなど一目瞭然。鈴やシンジュのお陰で漸く城の者達が夕を認め始めたと言うのに、シェルスのせいで台無しだ。むしろ、最初よりも悪化している。
「クラウス殿、やはりあのような得体の知れぬ不吉な者をユリウス様のお傍に置くのはどうかと」
「婚約者であるシェルス様のお気持ちも考えるべきでは?」
「噂では、シェルス様を仲間外れにしたり、気付かれないように意地悪をしているとか……」
厳しい目でそう訴える家臣達に、クラウスはうんざりした。王族のしきたりや伝統を重視する彼らにとって、夕は邪魔で邪魔で仕方ない存在なのだろう。何処から来たのかも分からない夕より、身元がはっきりしていて容姿も美しく心優しいシェルスの方がユリウスに相応しいと思っているのだろう。
そこにユリウスの意思は関係ない。シェルスとの婚約だって彼らが無理矢理進めたのであって、ユリウス自身はシェルスを婚約者だと認めていない。それなのにシェルスも家臣達も口を揃えてシェルスがユリウスの婚約者だと言いふらすので何時の間にか定着してしまったのだ。
「その話は聞き飽きました。婚約者はユリウス様自身が決める事であり、貴方達にその決定権はありません。当然、シェルス様にもありません」
クラウスが断言すると、家臣達は悔しそうに顔を歪めた。しかし、だが、このままでは、シェルス様が、と渋る彼らに、クラウスは「決めるのは、ユリウス様です」とはっきりと伝えた。
黙っていれば綺麗で可愛い子なのになあ。
目の前でペラペラと話すシェルスを「残念な子だなぁ」と思いながら夕は話を聞き流していた。
最初はシンジュや鈴にも声を掛けていたが、鈴は出会って直ぐにシェルスを避けるようになり、シンジュはカイリの件でリベルテが常に傍に居るようになった。その事に気付いているのか、シェルスは夕に色々と話すようになった。
「リベルテ様が許してくれないんです。海の神子は人魚族の長であるカイリ様と結ばれた方が幸せだと言うのに……カイリ様が説得しようとしても、話すら聞いてもらえず困っているんです」
「…………」
「二番目とは言え、王子様のする事ではないと思います。自分一人の我侭で、人魚族を滅ぼすつもりなんでしょうか。そんな非道な事、許される筈がないのに」
カイリこそがシンジュに相応しい。シンジュは海に帰るべき。人間と人魚が結ばれる筈がない。同じ種族で結ばれる方が幸せだ。それをリベルテは分かっていない。ユリウスの弟であるにも関わらず、こんな簡単な事も分からないなんて信じられない。
と言った内容の話をほぼ毎日聞かされている夕は、適当に相槌を打って聞き流していた。夕と鈴が「それは違う」と否定したら「僕は、みんなの事を思って言ってるのに」と泣かれてしまったのだ。何度か本当の事を話したのだがシェルスが泣いて誤解を招くような態度を取る為、言っても無駄だと諦めたのだ。鈴は早い段階でシェルスから距離を取っていた。こう言う感じのタイプは鈴の地雷中の地雷だったからだ。
シェルスはシンジュにも話しかけようとしたが、リベルテがそれを許さなかった。カイリがシンジュを愛しているとは思えなかったからだ。カイリはシンジュではなく、海の神子と言う肩書きのみを重視しているように見える。言葉でいくら偽ろうとも、誤摩化せない事もある。カイリの行動の矛盾や言葉の違和感が目立つ為、リベルテはカイリを敵視し、シンジュも彼に近付かない。当然カイリを連れて来たシェルスも警戒され、近付ける人物が夕だけになってしまったのだ。
本人はそれを「意地悪している」とか「仲間外れにされた」と言っているが、誰がどうみても自業自得にしか見えない。夕もシェルスのようなタイプの事とは関わりたくないが本音だが、逃げるタイミングを見失って今の状況と言う訳だ。
「カイリ様も心配ですが、ユリウス様の事も心配なんです。ユリウス様の婚約者は僕なのに、貴方とばかり一緒に居る。ユリウス様はとても優しい方だから、何の取り柄もない平凡で不吉な色を持っている貴方にも情けをかけてあげているんです。距離が近いからって、勘違いしないでくださいね? ユリウス様の婚約者は僕なんだから」
「あ、はい」
何とか笑顔を作って対応したが、夕はシェルスの話を聞き続けて疲れていた。
夕に話をしていたシェルスは、少し離れた場所を歩くユリウスを見てスッと立ち上がり、嬉々として彼の元へ向かった。残された夕は満面の笑みを浮かべてユリウスに近付くシェルスを見て「やっぱり、あの子苦手だなぁ」と呟いた。
嬉しそうに笑うシェルスとは対照的に、ユリウスの表情は相変わらず無表情だった。少し後ろで控えているクラウスなんて笑っているが目が笑っていない。二人の本心を知らないのか、敢えて気付かぬフリをしているのか、シェルスは嬉しそうにユリウスに何かを言っている。
シェルスに対して、ユリウスの反応は相変わらず冷たいままだ。周囲は二人を見て「お似合いですね」と感想を述べるが、ユリウスはシェルスの事を好きではなかった。むしろ嫌いで関わりたくないが本音だった。しかし、それなりに地位と権力があるシェルスを蔑ろにする訳にもいかず、形だけは丁重に扱っていた。
「あの、ユリウス様。そろそろ、ユリウス様のお部屋で寝泊まりしてもいいですか? 婚約者なんですから、同じ部屋で過ごす事も必要だと思うんです」
頬を赤く染め、照れながら提案するシェルスに、ユリウスは変わらぬ態度で「それは出来ません」と即答した。以前、クラウスが言ったようにユリウスは多忙で自室で仕事をする事も多々あるのだ。その仕事内容はこの国にとって重要なものも多く、他者に見られては困る書類や契約書も沢山ある。
婚約者だから、近い将来夫婦になるから。そんな理由でユリウスがシェルスを自室に招く筈がない。婚約が決まった時からベタベタと触れてきて、好きな人が居るから諦めてくれと丁寧に断っても聞いてもらえず、ユリウスはシェルスの相手をするのに疲れ果てていた。今ではもう適当に話を聞き流してしまう程だ。
「貴方には専用の部屋を用意しています。そちらで寝泊まりしてください」
「ユリウス様が傍に居ないと、僕、寂しいです」
大きな瞳をうるうると潤ませ、シェルスはユリウスに訴えた。他の人が見ればユリウスを一途に思う健気な人物に見えるのだろうが、態とらしい仕草や自分に媚びた態度は更にユリウスを苛つかせた。シェルスが来てから、シンジュとリベルテは常に気を張り詰め、鈴はシェルスと関わらないように距離を置き、夕はシェルスの態度や仕草で悪者扱いされ、みんなから笑顔が消えて行った。
シンジュとリベルテが相思相愛だと知っているにも関わらず、彼は人魚族の長と結ばれた方が幸せだと力説し、ユリウスに相応しいのは偽物の神子じゃなくて自分なんだと必要以上にアピールする。はっきり言って気持ち悪いし、シェルスの存在そのものが不気味で薄気味悪かった。
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