上 下
58 / 88
第5章

仲直り

しおりを挟む
 クラウス達から説教を受けた後、リベルテは一度自室に戻った。ユリウスがシンジュを連れてリベルテの自室に行くとユウとスズから聞いたからだ。リベルテが自室に戻ると、部屋の中にはユリウスとシンジュが居た。リベルテが戻ってきたのを確認すると、ユリウスはシンジュの頭をそっと撫で、部屋から出て行った。「お前の口から話せ」と言い残して……

「兄上から話は聞いたか?」
「えっと、はい。聞きました」

 ぎゅっと小さなシャチを抱きしめて、シンジュは恐る恐る答えた。目元が少し赤くなっている事から、昨日沢山泣いたのだろう。誤解とは言え、シンジュを不安にさせて悲しませてしまった事に罪悪感が押し寄せてくる。俯いて黙ってしまったシンジュの前まで歩み寄り、リベルテは小さな体をそっと抱き締めた。

「リ、ベル、さま」
「不安にさせてごめん」
「え?」
「シンジュが、カイリと海に帰りたいなら、俺は止めない。でも、それが海の神子だからだとか、人魚族の掟を守らないといけないからとか言う理由なら、絶対に海には帰さない」
「…………」
「俺は、シンジュの意思を尊重したい。なあ、シンジュ。本当は、どうしたいんだ?」

 問いかける声は優しく、シンジュはまた泣きそうになった。リベルテがシンジュの意思を無視した事は一度もない。必ず「大丈夫か?」と「何処に行きたい?」と、シンジュの意思を確認してからリベルテは行動する。優しくしてくれたのも、家族になると言ってくれたのも、大切にしてくれたのも、心から愛してくれたのも、姉以外だとリベルテが初めてだった。シンジュの事を一番に考えて優しくしてくれるリベルテと、何時も不機嫌な顔をしてシンジュを苛めていたカイリと、どちらがいいかなんて一目瞭然。

 本当は、海に帰らなければならない事は分かっている。けれど、夕と鈴は「自分の心を偽ってまで帰らなくていい」と言ってくれた。ユリウスとクラウスも「無理して人魚族の掟に従う必要はない」と言ってくれた。そして、リベルテから「シンジュの意思じゃないなら、絶対に海には帰さない」と断言されてしまったら、もう自分の心を誤魔化せない。

「ずっと、リベルさまの傍に、居たいです。カイリさまは、怖いです。海にも、帰りたく、ありません。リベルさまが、いいです。リベルさまじゃなきゃ、いや、です」

 海の神子として、人魚として、この選択は間違っているだろう。それでも、シンジュはカイリではなくリベルテを選んだ。今更人魚族として失格だと言われても、それならそれでいいと思った。元々人魚族から嫌われて地上に捨てられた身だ。一度捨てられているのだから、海に帰らなくてもいいじゃないか。海の神子だからと言って、カイリと契りを交わす必要なんてない。何時からか、シンジュはそう考えるようになっていた。以前の自分なら、人魚族の掟だからと言って素直にカイリの言う通りにしていただろう。しかし、それは間違っていると、自分を犠牲にしてまで言う通りにする必要はないと、夕達が教えてくれた。だからシンジュは少しだけ、本当に少しだけ我儘になった。

「俺も、シンジュがいい。シンジュじゃないと、ダメなんだ。だから、俺の傍に居てくれ」
「はい。傍に、居ます。リベルさまの傍に、居させてください」

 ぎゅう、とお互い抱きしめ合う。何時の間にかシンジュの腕から抜け出していたシズクは近くのソファにちょこんと乗り、二人の様子を見守り続けた。シンジュの嬉しそうな表情を見てシズクも嬉しくなったのか、小さな体を左右に揺らす。

「本当、邪魔だなぁ」

 遠く離れた場所から幸せそうに抱き合う二人を睨み付け、その人物は驚く程冷たい声で呟いた。




 シンジュの気持ちを確認した後、リベルテは大切な事を思い出した。シンジュが作ってくれたアップルパイだ。夕達と一緒に作ってくれたアップルパイを楽しみにしていたのに、カイリが登場した事によってすっかり忘れていたのだ。

「アップルパイ……」

 酷く落ち込むリベルテを見て、シンジュは小さく笑った。察しの良いシズクがビュンッと何処かへ行って、あっと言う間に二人の元へ戻って来た。その頭には綺麗にラッピングされたアップルパイ。

「え? これ……」
「ユリウスさまが『ずっと持っていたら味が落ちてしまう』と仰って、冷蔵庫に保存してくれたんです。リベルさま、とても楽しみにしていたと聞いたので。リベルさまの部屋に戻してくれた時も、アップルパイを冷蔵庫に仕舞ってくれて『落ち着いたらリベルに渡すといい』と言って」
「兄上……」

 どうしよう、俺の兄貴がイケメンすぎて辛い。リベルテは心の底からユリウスに感謝した。少し前まで敵意剥き出しで、酷い言葉も沢山言って傷付けてしまったと言うのに、ユリウスはリベルテの為を思ってシンジュにアドバイスをしてくれていた。

「もうお仕事の時間なので、夕食の後に食べてください」
「うん。食べる! 本当は今食べたいけど、楽しみは取っておいた方が良いよな! ありがとう! シンジュ!」
「僕も、リベルさまにやっと渡せて嬉しいです」

 嬉しそうに微笑むシンジュを抱き締め、リベルテも嬉しそうに微笑んだ。甘い空気が漂う中、察しが良くてとても賢いシズクは頭に乗せたアップルパイを冷蔵庫に仕舞う為、静かに移動した。

 それから二人はカイリと再び会い、シンジュは本当の気持ちを彼に告げた。カイリと一緒に海に帰りたくない事、リベルテと一緒に居たい事、人魚族の掟を破ってしまう事、人魚族とはもう関わりたくない事、もう人魚族には関わらないから、そちらもユリウス達に干渉しないてほしい事。

 カイリは黙ってシンジュの話を聞いていた。しかし、納得している訳ではないようで、彼が何か言う前にリベルテが話を終わらせた。

「シンジュは海に帰りたくないと言っているので、もう諦めてください」

 そう言ってリベルテはシンジュを連れてその場を去った。カイリと擦れ違う瞬間、彼はリベルテにだけ聞こえるように呟いた。

「あのまま死ねば良かったのに」と。

 リベルテは驚かなかった。ナイフで背中を刺したのが人魚族かもしれないと言う事は夕達から聞いている。しかし、だからと言って犯人を探すつもりも、復讐するつもりもリベルテにはなかった。それに、まだ証拠もない。犯人がカイリである可能性が高いだけ。憶測で話して夕達を混乱させたくないし、ユリウス達に余計な仕事を増やしたくない。だから、リベルテは聞こえなかったフリをして黙っていた。

「死ねば良かったって、どう言う事?」

 カイリの呟いた言葉を、シンジュも聞き取っていた。カイリとリベルテは昨日知り合ったばかりだ。それ以前に会った事は一度もない。それに、カイリが殺したい程憎んでいるのはユリウスであって、リベルテは一切眼中になかった。

 もやもやとした不安が残る中、シンジュは夕達に預けられ、リベルテはクラウスと共に執務へ向かった。クラウスと共に去って行くリベルテに何時もの明るさはなく、真剣な表情をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

処理中です...