上 下
57 / 88
第5章

話の真相2

しおりを挟む
 注意深く見ていれば、相手の言った事が本心なのか嘘なのかはっきり分かる。

 幼い頃からずっとユリウスと比べられ続け、悪意ばかり向けられてきたリベルテはカイリの嘘を見破っていた。しかし、本当に心からシンジュを愛している可能性もあった為、リベルテは敢えて相手が喜ぶような事を言ったのだ。

 相手は安心したように笑い、人間と人魚とでは決して結ばれないと、やはり人魚同士で結ばれるべきだと、それが当然のように語った。そこに、シンジュを思いやる気持ちは一切ない。むしろ、直接的ではないにしろ、カイリとシェルスの言葉はシンジュを見下しているようにも聞こえた。

「シンジュが貴方と海へ帰りたいと言うなら、俺は潔く諦めます」
「え?」
「俺はシンジュと一緒に居ましたが、貴方の事をシンジュからは一度も聞いていません。海に帰りたいと言われた事もありません。可笑しいですね。貴方が本当に心から愛しているなら、シンジュは最初に貴方の事を話すと思うのですが……」
「…………」
「カイリ様が、嘘を吐いていると、言いたいのですか?」
「夜空の神子様には関係のない話です。部外者は黙っていてください」
「な!」

 先程まで笑っていたカイリの表情が険しくなっても、リベルテは怯まなかった。隣でギャイギャイ喚いているシェルスも五月蝿くて仕方ない。二人が何か言う前に、リベルテは話を続けた。

 何故、今になって迎えに来たのか。シンジュの事を愛していると言うなら、何故人魚族から迫害を受けているシンジュを放っておいたのか。旅に出ていたと言うなら、シンジュも一緒に連れて行けば守れたのではないか。今まで何もして来なかったのに、このタイミングでシンジュを迎えに来たのは何故か。シンジュが海の神子だと知って慌てて連れ戻しに来たのではないか。

「カイリ様。貴方、本当にシンジュの事を愛しているんですか?」
「…………」
「俺は、胸を張って言えますよ。俺が誰よりも愛しているのはシンジュだと」

 悔しそうに歪む顔を見て、リベルテは悟った。カイリはリベルテのようにシンジュを心から愛してはいないと。シンジュが海の神子だから連れ戻しに来ただけなのだと。そこに、シンジュの意思はない。シェルスが色々と言っているが、リベルテには雑音にしか聞こえなかった。

「シンジュの事を愛していないなら、一人で海に帰ってください。貴方にシンジュは任せられません」

 人魚族の掟や海の神子の役目を語られても、リベルテには関係ない。リベルテはシンジュが海の神子だから好きになったのではない。シンジュがリベルテを選んでくれたから、今までずっと否定され続けてきた努力をシンジュが認めてくれたから、求めてくれたから好きになったのだ。

「話す事はもうありませんよね? 俺はこれで」

 相手の返事も聞かず、リベルテはその場から去った。不機嫌な表情のカイリと、思い通りにならなくてリベルテを睨み付けるシェルス。分かりやすく敵意を向けられても、リベルテは敢えて気付かないフリをした。

 これが、カイリとリベルテが話した全てである。




 話を聞いたユリウスは頭に手を置き「誤解を招くような事をするな」と愚痴を零した。

「だからっていきなる殴る事ねえだろ?」
「その件については俺が悪かった。だが、シンジュは途中までしか話を聞いていないから誤解したままだぞ?」
「う」
「ユウとスズも心配していた。早めに本当の事を話した方がいい」
「分かってるよ!」
「今日はもう遅い。事情は俺から話しておくから、明日きちんと伝えるように」
「……悪い」

 話が終わった二人は自室に戻る事にした。もう既に深夜の為、シンジュはユリウスの部屋に泊まって貰い、翌日リベルテが説明する予定だ。途中まで二人で移動し、それぞれ自室に戻った。

 次の日、シンジュに説明しようとリベルテがユリウスの部屋に向かっていた途中、ガシッと襟を掴まれた。

「いっ! 誰だ!」
「俺だ」
「スズ? それにユウとクラウスまで……」

 リベルテが振り返ると、其処には険しい表情をした三人が居た。ピリピリとした空気を纏う三人に、リベルテは言葉を失う。

「一応、ユリウス様から話は聞いていますが……リベル、付いて来なさい」
「え?」
「黙って付いて来なさい」
「あ、ハイ」

 笑いながら殺気を放つクラウスに逆らえる筈もなく、リベルテは大人しく彼の後を付いて行った。夕と鈴も笑っているが目が笑っていない。シンジュを泣かせてしまった事に対して相当怒っているようだ。結果として誤解だったのだが、シンジュが勘違いしても可笑しくない言葉を使ってしまったリベルテにも非がある為、静かに怒っている三人に何も言う事ができなかった。

 そうして大人しく付いて行き、鍛錬場に着いた途端、クラウスは剣を抜き容赦なくリベルテに振り下ろした。

「うわ!?」

「私を責める権利などありませんよ。例え相手を試す為とは言え、守り人の役目を放棄しようとした事は許せません」

「兄上から話を聞いてたんじゃねえのかよ」

「勿論、聞いた上での判断です。シンジュ様を人魚族に売らなかった事は評価します。あのままあの得体の知れない薄気味悪い人魚の話を鵜呑みにしてシンジュ様を海に帰していたら、どうなっていたか分かりますよね?」

「…………」

 クラウスの目は本気だった。シンジュは海の神子であり、この世界に必要不可欠な存在の一人だ。例え相手が人魚族の長であっても勝手にシンジュを海に連れて帰る権利もなければ所有権もない。掟があるから、役目があるから、と最もらしい理由を述べているが、シンジュが海の神子である以上、これはカイリとリベルテだけの問題ではないのだ。勿論、シンジュがカイリと共に海に帰りたいと願うのであればクラウス達も考慮するが、誰がどう見てもシンジュは人魚族に対して恐怖心を抱いているし、カイリを見て怯えている。そんな姿を見てカイリがいくら「心から愛している」と言っても嘘にしか聞こえない。

 クラウス達が怒っている理由はそれだけではない。人魚へ対する差別のようで本当はそう思いたくは無いのだが、クラウス達は人魚族に対してマイナスのイメージしか持っていない。それも仕方ない事だろう。人魚族の身勝手で残酷な命令のせいでシンジュは苦しみ、ユリウスは命を狙われ、リベルテはユリウスを憎んだまま殺されそうになったのだ。人魚族が神子の事をどれだけ知っているのか不明だが、ユリウスが月の神子だと知った上での犯行なら悪趣味にも程がある。殺人罪では到底裁けない程の重罪だ。しかも、それを自分の手ではなくシンジュにやらせようとしていた事も許せない。

「人魚族は全て敵だと思いなさい。そうしなければ、シンジュ様を護る事はできませんよ?」
「分かってる」
「そうですか。自覚しているようなのでお説教は以上です」
「紛らわしい事すんじゃねえよ」
「シンジュに全部話せよ。昨日ずっと泣いてたんだからな」
「あぁ」

 誤解だったとは言え、シンジュを悲しませてしまったのは事実。クラウス達から説教されて、リベルテは言葉を慎重に選ぶべきだったと後悔した。けれど、昨日言った言葉に嘘偽りはない。カイリが本当にシンジュを大切にしてくれるなら、リベルテ以上に幸せにしてくれるなら、潔く諦めるつもりだった。しかし、カイリと話せば話す程、彼にシンジュは任せられないと思った。彼が見ているのはシンジュではなく、海の神子と言う肩書きだけ。海の神子なら誰でもいいような感じさえする。そんな奴にシンジュを渡したらどうなるかなど考えたくもない。だから、リベルテはカイリに宣戦布告したのだ。シンジュは誰にも渡さないと。俺が幸せにするから、部外者は諦めてさっさと海に帰れと。王子と言う立場もあって言葉は丁寧ではあったが、心の中は怒りでどうにかなりそうな程感情が暴走していた。それを何とか理性で抑えていただけで、カイリを罵っていいならこれでもかと言う程ボロクソに罵っていたに違いない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠
ファンタジー
 最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。  彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。  残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。  最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。  そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。  彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。  人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。  彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。  『カクヨム』  2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。  2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。  『小説家になろう』  2024.9『累計PV1800万回』達成作品。  ※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。  小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/   カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796  ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709  ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

処理中です...