神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第4章

本当の気持ち

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 何を言われたのか分からなかった。真っ直ぐ鈴の目を見据え、真剣な顔をするシンジュ。そんなシンジュに、鈴は何も言えず、暫く沈黙が続いた。

「本気、なのか?」
「はい」
「海に帰ったら、お前は幸せになれるのか?」
「……はい」

 暫しの沈黙の後、シンジュは答える。

 嘘だ。鈴は直ぐに分かった。シャチを抱き締めている手は小刻みに震えており、表情だって幸せとは程遠い表情をしている。幸せになれると断言しているにも関わらず、シンジュは笑いながら泣いていた。

「騙すな」
「だ、騙してません! 僕は本当に『自分を騙すな』う!」
「お前が選んだのはリベルだろう。一緒に居たいと思うのも、共に生きたいと願うのも、リベルだけだろう。違うか?」
「それは……」
「また繰り返すのか?」
「…………」

 もし、シンジュが海に帰ってしまったら……

 その先は考えなくとも想像は付く。リベルテは手当たり次第シンジュを捜し回るに違いない。ユリウスやクラウスも、同じように捜して、居ないと分かれば酷く落ち込み悲しむだろう。更に、帰った場所が海だと知ったら余計心配するに決まっている。海の中に行ける方法を見付け出し、シンジュが悲しんでいると、幸せではないと知れば、どんな手を使ってでも取り戻す筈だ。

「シンジュ、俺の話を聞いてくれないか?」
「ユウ、さん」

 何時の間に復帰したのか、夕はシンジュの目を見据え、口を開いた。

「嫌なら『嫌』って言って良いんだぞ?」
「え?」

 ポンポンとシンジュの頭を撫でながら伝える夕に、シンジュは驚き、目を見開く。そんなシンジュに優しく笑いかけ、夕は再び口を開いた。

「昔は独りでどうする事も出来なかったかもしれないけど、今は違うだろ? 人魚族が関わってるとか、海の神子だからとか、難しい話は良く分からねぇけど、自分の気持ちを我慢してまで、辛い道を選ぶ必要はないと思う」

「ユウ、さ……」
「今迄散々苦しめてきた相手の為に『海に帰る』って言うなら、断言する。その道を選べば、お前は幸せになれない」

 シンジュは「海に帰る」と言うが、帰りたいと言う気持ちは一切伝わってこなかった。本当に帰りたいなら、蘇って直ぐ、リベルテに言う筈だ。ユリウスやクラウスにも「海に帰りたい」と伝える筈だ。しかし、シンジュは言わなかった。鈴に断言した言葉も、「帰りたい」ではなく、「帰ります」だった。

「それでも、お前は海に帰るのか?」
「…………」

 シンジュは何も答えられなかった。どう答えるのが正解なのか分からなかった。「帰りたくない」と言う本心と、「帰らなければならない」と言う義務感。どちらを選べば良いのか、迷っていた。幸せになれないのは百も承知。人魚族が自分を憎む程嫌っている事は知っている。それでも、シンジュは「海の神子だから」と自分に言い聞かせ、意を決して「はい」と答えた。

「却下」
「え?」

 勇気を振り絞って出した答えを、夕は聞いて直ぐ否定した。

「却下と言ったら却下」
「な、何でですか?」
「本当はなぁ、お前の意思を尊重したいんだがなぁ」

 困ったように答える夕に、シンジュは「なら、僕が海に帰っても……」と話すと、口を押さえられてしまった。困惑するシンジュを見詰め、夕は真剣な表情をして口を開いた。

「海には帰さない。何があってもだ」
「な!?」

「お前を幸せに出来るのはリベルだけだ。リベルを幸せに出来るのはお前だけだ」
「…………」
「って、リベルが言えばサマになるのになぁ」

 フッとシンジュの口元から手を離し、鈴に語る夕。悪戯が成功した時のような不敵な笑みを浮かべ、夕はシンジュに言った。

「リベルにこう言われたら、お前は此処に残るんだろ?」と。夕が優しく問いかけると、シンジュは目に涙を溜めて何度もコクコクと頷いた。

「僕の一番は……リベルさま、ただ、ひとり、です」

 漸くシンジュの本心が聞けた二人はシンジュに寄り添い、何度も「大丈夫だ」と「人魚族には渡さない」と言い続けた。優しい言葉をかけられ流れる涙を拭い、シンジュは嬉しそうに微笑みながら「はい」と答えた。





「お前等、俺のシンジュに何をした?」
「…………」
「…………」

「俺の」を強調して言うリベルテに、夕と鈴は心の中で「過保護め」と呟いた。

 夕と鈴が何度もシンジュに「海に帰るな」と言い聞かせたお陰で、シンジュは此処に残る事を選び、二人に伝えた。シンジュの答えを聞き、二人は安堵し、「これからも宜しくな」と、「何かあったら直ぐに相談しろ」と伝え、三人で笑い合っていた時だった。

 突然リベルテが三人の前に現れ、シンジュの顔を見て驚き直ぐに自分の胸の中に閉じ込めた。そして、夕と鈴を睨み付け今に至る。

「何って言われてもなぁ。人生相談?」
「話を聞いていただけだが?」
「なら何でシンジュが泣いてるんだよ? 相談だけで人は泣くのか?」

 若干殺気を出しながら聞くリベルテに、夕は苦笑いを浮かべ、鈴は額に手を当てて深い溜め息を吐く。

「り、リベルさま、ぼ、僕は大丈夫ですから、その……」
「シンジュ、大丈夫なのか? 二人に何か嫌なことでも……」
「ち、違います! ユウさんとスズさんは僕の話を聞いて貰っていただけで……」
「本当か?」
「本当です! リベルさまは、僕のこと、信じてくれないんですか?」

 潤んだ大きな水色の瞳。ほんのりと赤く染まった頬。悩ましげに見上げてくるシンジュに、リベルテは我慢出来ず、更に強く抱き締めた。

「信じるに決まってるだろう! シンジュの言う事は、例え嘘であったとしても全部信じる!」
「リベルさま……うれしい、です」

 いや、嘘は駄目だろ。

 夕と鈴は同時に思ったが、敢えて口には出さなかった。お互いに抱き締め合う二人を眺め、二人は同時に深い溜め息を吐いた。

「さっきの話、リベルに聞かれなくて良かったな」
「そうだな。彼奴がシンジュを手放すとは思えん」
「最悪、ヤンデレ化とか……」
「怖い事を言うな」
「済みませんでした」

 相変わらずシンジュを抱き締めて「可愛い」と言うリベルテと、恥ずかしくて顔を真っ赤にしつつも嬉しそうに微笑むシンジュの姿を眺め、二人は思った。

「もうお腹いっぱいです」と。
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