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第4章
進展
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腕の中でプルプルと震えているシャチ。シャチを助けようと手を伸ばしては引っ込め、困惑するシンジュ。肩に頭を置かれ、鬱陶しそうに夕を睨み付ける鈴。
「あ、あの……ユウさん、シズクが……」
恐る恐る声をかけるが、夕は聞こえていないようで、鈴の肩に頭を埋めたまま動かない。「重いんだけど?」と鈴が低い声で言っても、夕は一切動かず、シンジュの神子の証であるシャチを抱き締めたままだった。
「なんで、どうして、あんな……」
暫くして腕の力が弱まり、シャチがスルッと夕の腕の中から逃れると一目散にシンジュに飛びついた。「キュウキュウ」と鳴きながらシンジュの胸に飛び付くと、シンジュはシャチを抱きとめ「よしよし」と言って頭を撫でた。
「シズク、大丈夫だから……」
頭を撫でていく内に、シズクと呼ばれたシャチは落ち着きを取り戻し、シンジュに抱かれたまま眠ってしまった。
「重い!」
「痛!」
耐えられなくなり、鈴は肩に乗る夕の頭を容赦なく引っ叩いた。
「何するんだよ! 危うく怪我する所だったぞ!」
「何時まで経っても離れないお前が悪い」
「たまには良いじゃねぇか!」
「テメェの行動のせいでユリウスに勘違いされる身にもなりやがれ!」
「う!」
「ユウさん? どうしたんですか? ユリウスさまと、何かあったんですか?」
「っ、そ、そそそ、それはっ、その……」
酷く動揺する夕を見て、ユリウスと何かあったと悟った二人は顔を真っ赤にして口籠る夕を問い詰めた。
「……す……さ……た……」
「小さ過ぎて聞こえない」
「だ、だから、その、キス、されたんだ」
ユリウス様に……
「…………」
「…………」
「何で、あんな……俺、暫くユリウス様を直視できない……」
両手で顔を覆う夕に、二人は驚きのあまり何も言えなかった。今まで全くと言って良いほど進展しなかった二人。夕は恋愛に鈍感で、ユリウスは夕を気遣って強引な手段は取らない。鈴がユリウスに「襲っても良い」と言っても、ユリウスは夕に触れるだけで満足なのか、二人の距離が縮まる事はなかった。
やっと、進展したのか。
それが鈴の率直な感想だった。何度も二人を恋人同士にしようと奮闘した鈴の努力が漸く報われたような気がして、鈴は安堵の溜息を零した。
「キスって……本当ですか? ユリウスさまに、キスされたんですか?」
「き、キスって言っても、口じゃない!」
「え?」
「は?」
「そ、その、口じゃなくて、頬にされて……」
「…………」
「…………」
ヘタレめ!
鈴は心の中で叫んだ。キスと言えば当然口だろうと思っていたのに、ユリウスは夕の口ではなく頬にキスをした。長年想い続けてきた大好きな人が直ぐ近くに居るにも関わらず、キス一つすらまともに出来ないのか、と此処に居ないユリウスを責めずにはいられなかった。
「数日前にさ……街に出掛けただろ? でも、俺が転んで、みんなに迷惑かけて……ユリウス様に部屋まで運ばれた後、ユリウス様と色々と話して、俺がユリウス様の料理を作る事になったんだ。
そこまでは普通だったんだけど……話す事もなくなって、用意してくれたお茶を片付けようとした時に、突然、キスされて……それだけじゃなくて、その後で『今度は、口にしても良いですか?』って聞かれて、ゆ、ユリウス様の手がお、俺の唇に触れて……」
パニックになって逃げちまった……
逃げるなよ! 逃がすなよ! ヘタレ共が!
心の中で愚痴りながら、それでも鈴は我慢した。ユリウスがどんなにアプローチしようとも、夕がユリウスの気持ちに気付く事はなかった。頬にキスをされた事で、夕は漸く自分の気持ちに気付き始めている。少なからず進歩したと思えば、気分はいくらかマシになる。
「ユウさん、顔赤いですね」
「な!? こ、こここ、これはっ、その!」
「街に出掛けた時は少し不安だったんですけど、安心しました」
「安心?」
「はい。ユウさんは、ユリウスさまの事が本当に好きなんだなって、分かりましたから……」
「え?」
「好きじゃなかったら、そんな風に思い悩む事はありません。それに、ユリウスさまの事を何とも思ってないなら、キスをされても顔は赤くならないと思うんです。だから、安心しました」
「…………」
シャチを両手で抱き、柔らかく微笑むシンジュに、夕は言葉を発する事が出来ず、更に顔を赤くして俯いた。そんな夕を見た後、鈴はシンジュに視線を向け、親指を立てる。
「よく言った」と言う意味を込めて鈴がジェスチャーで伝えると、シンジュは一瞬目を丸くするが、直ぐに満面の笑みを浮かべ、鈴と同じように片手を前に出し、親指を立てた。
「ところで……」
「はい?」
「お前の方は何か進展したのか?」
「しんてん?」
突然話を振られたシンジュは、鈴の意図が分からず小首を傾げる。シンジュが理解していないと察した鈴は、「あぁ」と言って、再び口を開いた。
「リベルとの関係だ」
「リベルさまと?」
未だに何を聞かれているのか分からない様子のシンジュに、鈴は言った。「リベルと結婚するんだろ?」と。言葉を聞いた瞬間、シンジュは顔を真っ赤にして「け、けっこん!?」と叫んだ。
「リベルとは恋人同士だろう?」
「ちっ、ちが、違います!」
「違うのか?」
「こ、こここ、恋人なんて……そんな、僕が、リベルさまと恋人なんて……」
「…………」
シンジュの話を聞いて、鈴は頭を抱えた。
リベルテとシンジュは相思相愛。出会った当初は人魚族のせいで人間関係が拗れたり、すれ違ったりしていたが、今、二人を邪魔するものは居ない。シェルスのような恋敵が居る訳でも、リベルテの家族から猛反対されている訳でもない。ユリウスとクラウスは二人が結ばれる事を望んでいるし、心から応援している。リベルテもシンジュの事を心から愛しているし、シンジュもリベルテの事を恋い慕っていた。
「好きなんだろ?」
「……はい」
「じゃあ何で恋人じゃないなんて……」
「…………」
鈴の質問に、シンジュは素直にリベルテが好きだと答えた。
ならば恋人ではないのか……
そんな疑問を抱きながらシンジュに問うと、シンジュは無言のまま俯いた。抱いているシャチを両手でぎゅっと強く抱き締め、ポツリ、ポツリと話し始めた。
「本当は、ずっとリベルさまの傍に居たいです」
「今は好きなだけ一緒に居られるだろ?」
鈴が聞くと、シンジュは首を左右に振り「できないんです」と呟いた。種族が違うから、大切な人を騙していたから、ユリウスを殺そうとしていたから、様々な理由が思い浮かぶが、鈴が考えた理由は全て解決しているものばかりだった。リベルテはシンジュが人魚だと知っても、想いが変わる事はなかった。騙していた事も、ユリウスを殺そうとした事も、彼等は一切責めなかった。真実を知って尚、リベルテはシンジュを護る道を選んだ。ならば何故、シンジュは「できない」と言うのか。
『人魚族は、あの子を諦めていない。今でも人間を憎んでいる。あの子が幸せになることを、人魚族は許さないだろう』
そこまで考えて、鈴は思い出した。老いた人魚に言われた事を……
「人魚族……」
完全に見落としていた。人魚族の存在を。老いた人魚は言っていた。『人魚族はシンジュを諦めていない』と。諦めていないと言う事は、シンジュが蘇った事を知っていると言う事。そして、シンジュが海の神子だと言う事も知られていたら……
「やっぱり、人魚族の事、知ってたんですね」
「シンジュ?」
「本当は、ずっと此処に居たいです。リベルさまと、幸せになりたいです。でも、僕は『海の神子』だから、駄目、なんです」
今にも泣き出しそうな表情で伝えるシンジュに、鈴は何も言えない。そんな鈴にシンジュは優しく微笑み、覚悟を決めたのか、静かに告げた。
「僕は、海に帰ります」と。
「あ、あの……ユウさん、シズクが……」
恐る恐る声をかけるが、夕は聞こえていないようで、鈴の肩に頭を埋めたまま動かない。「重いんだけど?」と鈴が低い声で言っても、夕は一切動かず、シンジュの神子の証であるシャチを抱き締めたままだった。
「なんで、どうして、あんな……」
暫くして腕の力が弱まり、シャチがスルッと夕の腕の中から逃れると一目散にシンジュに飛びついた。「キュウキュウ」と鳴きながらシンジュの胸に飛び付くと、シンジュはシャチを抱きとめ「よしよし」と言って頭を撫でた。
「シズク、大丈夫だから……」
頭を撫でていく内に、シズクと呼ばれたシャチは落ち着きを取り戻し、シンジュに抱かれたまま眠ってしまった。
「重い!」
「痛!」
耐えられなくなり、鈴は肩に乗る夕の頭を容赦なく引っ叩いた。
「何するんだよ! 危うく怪我する所だったぞ!」
「何時まで経っても離れないお前が悪い」
「たまには良いじゃねぇか!」
「テメェの行動のせいでユリウスに勘違いされる身にもなりやがれ!」
「う!」
「ユウさん? どうしたんですか? ユリウスさまと、何かあったんですか?」
「っ、そ、そそそ、それはっ、その……」
酷く動揺する夕を見て、ユリウスと何かあったと悟った二人は顔を真っ赤にして口籠る夕を問い詰めた。
「……す……さ……た……」
「小さ過ぎて聞こえない」
「だ、だから、その、キス、されたんだ」
ユリウス様に……
「…………」
「…………」
「何で、あんな……俺、暫くユリウス様を直視できない……」
両手で顔を覆う夕に、二人は驚きのあまり何も言えなかった。今まで全くと言って良いほど進展しなかった二人。夕は恋愛に鈍感で、ユリウスは夕を気遣って強引な手段は取らない。鈴がユリウスに「襲っても良い」と言っても、ユリウスは夕に触れるだけで満足なのか、二人の距離が縮まる事はなかった。
やっと、進展したのか。
それが鈴の率直な感想だった。何度も二人を恋人同士にしようと奮闘した鈴の努力が漸く報われたような気がして、鈴は安堵の溜息を零した。
「キスって……本当ですか? ユリウスさまに、キスされたんですか?」
「き、キスって言っても、口じゃない!」
「え?」
「は?」
「そ、その、口じゃなくて、頬にされて……」
「…………」
「…………」
ヘタレめ!
鈴は心の中で叫んだ。キスと言えば当然口だろうと思っていたのに、ユリウスは夕の口ではなく頬にキスをした。長年想い続けてきた大好きな人が直ぐ近くに居るにも関わらず、キス一つすらまともに出来ないのか、と此処に居ないユリウスを責めずにはいられなかった。
「数日前にさ……街に出掛けただろ? でも、俺が転んで、みんなに迷惑かけて……ユリウス様に部屋まで運ばれた後、ユリウス様と色々と話して、俺がユリウス様の料理を作る事になったんだ。
そこまでは普通だったんだけど……話す事もなくなって、用意してくれたお茶を片付けようとした時に、突然、キスされて……それだけじゃなくて、その後で『今度は、口にしても良いですか?』って聞かれて、ゆ、ユリウス様の手がお、俺の唇に触れて……」
パニックになって逃げちまった……
逃げるなよ! 逃がすなよ! ヘタレ共が!
心の中で愚痴りながら、それでも鈴は我慢した。ユリウスがどんなにアプローチしようとも、夕がユリウスの気持ちに気付く事はなかった。頬にキスをされた事で、夕は漸く自分の気持ちに気付き始めている。少なからず進歩したと思えば、気分はいくらかマシになる。
「ユウさん、顔赤いですね」
「な!? こ、こここ、これはっ、その!」
「街に出掛けた時は少し不安だったんですけど、安心しました」
「安心?」
「はい。ユウさんは、ユリウスさまの事が本当に好きなんだなって、分かりましたから……」
「え?」
「好きじゃなかったら、そんな風に思い悩む事はありません。それに、ユリウスさまの事を何とも思ってないなら、キスをされても顔は赤くならないと思うんです。だから、安心しました」
「…………」
シャチを両手で抱き、柔らかく微笑むシンジュに、夕は言葉を発する事が出来ず、更に顔を赤くして俯いた。そんな夕を見た後、鈴はシンジュに視線を向け、親指を立てる。
「よく言った」と言う意味を込めて鈴がジェスチャーで伝えると、シンジュは一瞬目を丸くするが、直ぐに満面の笑みを浮かべ、鈴と同じように片手を前に出し、親指を立てた。
「ところで……」
「はい?」
「お前の方は何か進展したのか?」
「しんてん?」
突然話を振られたシンジュは、鈴の意図が分からず小首を傾げる。シンジュが理解していないと察した鈴は、「あぁ」と言って、再び口を開いた。
「リベルとの関係だ」
「リベルさまと?」
未だに何を聞かれているのか分からない様子のシンジュに、鈴は言った。「リベルと結婚するんだろ?」と。言葉を聞いた瞬間、シンジュは顔を真っ赤にして「け、けっこん!?」と叫んだ。
「リベルとは恋人同士だろう?」
「ちっ、ちが、違います!」
「違うのか?」
「こ、こここ、恋人なんて……そんな、僕が、リベルさまと恋人なんて……」
「…………」
シンジュの話を聞いて、鈴は頭を抱えた。
リベルテとシンジュは相思相愛。出会った当初は人魚族のせいで人間関係が拗れたり、すれ違ったりしていたが、今、二人を邪魔するものは居ない。シェルスのような恋敵が居る訳でも、リベルテの家族から猛反対されている訳でもない。ユリウスとクラウスは二人が結ばれる事を望んでいるし、心から応援している。リベルテもシンジュの事を心から愛しているし、シンジュもリベルテの事を恋い慕っていた。
「好きなんだろ?」
「……はい」
「じゃあ何で恋人じゃないなんて……」
「…………」
鈴の質問に、シンジュは素直にリベルテが好きだと答えた。
ならば恋人ではないのか……
そんな疑問を抱きながらシンジュに問うと、シンジュは無言のまま俯いた。抱いているシャチを両手でぎゅっと強く抱き締め、ポツリ、ポツリと話し始めた。
「本当は、ずっとリベルさまの傍に居たいです」
「今は好きなだけ一緒に居られるだろ?」
鈴が聞くと、シンジュは首を左右に振り「できないんです」と呟いた。種族が違うから、大切な人を騙していたから、ユリウスを殺そうとしていたから、様々な理由が思い浮かぶが、鈴が考えた理由は全て解決しているものばかりだった。リベルテはシンジュが人魚だと知っても、想いが変わる事はなかった。騙していた事も、ユリウスを殺そうとした事も、彼等は一切責めなかった。真実を知って尚、リベルテはシンジュを護る道を選んだ。ならば何故、シンジュは「できない」と言うのか。
『人魚族は、あの子を諦めていない。今でも人間を憎んでいる。あの子が幸せになることを、人魚族は許さないだろう』
そこまで考えて、鈴は思い出した。老いた人魚に言われた事を……
「人魚族……」
完全に見落としていた。人魚族の存在を。老いた人魚は言っていた。『人魚族はシンジュを諦めていない』と。諦めていないと言う事は、シンジュが蘇った事を知っていると言う事。そして、シンジュが海の神子だと言う事も知られていたら……
「やっぱり、人魚族の事、知ってたんですね」
「シンジュ?」
「本当は、ずっと此処に居たいです。リベルさまと、幸せになりたいです。でも、僕は『海の神子』だから、駄目、なんです」
今にも泣き出しそうな表情で伝えるシンジュに、鈴は何も言えない。そんな鈴にシンジュは優しく微笑み、覚悟を決めたのか、静かに告げた。
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