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第4章
婚約者?3
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城に戻っても、ユリウスは夕を抱き上げたまま、無言で自室へ足を進めた。夕が慌てて何か言っているが、ユリウスは夕の言葉を聞き入れず、去って行った。
「ま、待って下さい! ユリウス様……」
シェルスが慌ててユリウスを追いかけようとした時、シェルスの前にクラウスが現れ、ニコリと微笑んだ。
「ようこそ、シェルス様」
笑顔のまま、クラウスが挨拶をすると、シェルスは一瞬顔を歪めたが、直ぐにふわりと微笑み、「お久しぶりです。クラウス様」と挨拶を交わした。
「シェルス様がこちらに来るのは二、三日後と伺っていたのですが……」
「ご、ごめんなさい。でも、僕、ユリウス様が心配で……」
「そうですか。ユリウス様の事を思って」
「は、はい! 僕は、ユリウス様の婚約者だから…少しでもユリウス様のお役に立ちたくて」
「健気、ですね」
「クラウス様」
「ですが、まだ準備が整っておりません。申し訳ありませんが、準備が整うまで、客室で過ごして頂いても宜しいですか?」
「客室、ですか?」
「はい」
「ユリウス様のお部屋では、駄目なのですか?」
「ユリウス様は自室で仕事をなさる事が多く、他国には知られてはならない情報を取り扱う場合もあります。どうしても、ユリウス様の自室が良いと仰るなら、ユリウス様の許可を取って下さい。ユリウス様がシェルス様を婚約者と認めるなら、私は何も言いません」
「…………」
「後日、その機会を設けますので、準備が整うまでは、客室で過ごして頂けませんか?」
「……分かり、ました」
「ご理解いただけて光栄です。それでは、客室に案内致します」
ニッコリと満面の笑みを浮かべ、紳士的にシェルスを案内するクラウス。シェルスは何も言わず、黙ってクラウスの後を付いて行った。
「相変わらず、腹黒いな。クラウスの奴」
顔は笑っているが、目が笑っていない。確かにユリウスは自室で仕事をする事が多い。他国に知られてはならない情報を扱う事も事実。しかし、夕はユリウスの部屋で過ごしている。それに関して、クラウスは何も言わなかった。
今までに、ユリウスの部屋で過ごしたいと言う申し出は多々あった。パーティーを開いた時、何か祝い事があった時、ユリウスの婚約者になりたいと王族貴族がこの城に訪れた時。
その申し出をクラウスは全て蹴っていた。言葉巧みに尤もらしい理由を述べ、揉め事が起こらないように相手を納得させ、ユリウスの部屋へは誰一人として近付けようとしなかった。
そして、ユリウスも誰にも興味を示さなかった。どんなに容姿が整っていても、どんなに心優しい性格をしていても、どんなに婚約したいと言い寄られても、ユリウスは全て断り続けていた。
「やっぱり、ユウさんって、すごい人なんですね」
クラウスとユリウスについてリベルテが簡単に説明すると、シンジュはユリウスが去って行った場所を見て、感想を述べた。
「兄上が惚れた相手、だからな」
言いながら、リベルテはシンジュの手を握る。シンジュは「リベルさま?」と弱々しく言葉を発し、顔を赤くしてリベルテを見上げる。
「兄上の一番はユウだけど……」
「リベルさま?」
「俺の一番は、シンジュだから」
「あ、う」
優しい笑みを浮かべて告げるリベルテに、シンジュは目を大きく見開いて、咄嗟に俯いた。頭上から「可愛い」と聞こえてくるが、それすら耳に入らずシンジュはリベルテに握られている手をそっと握り返した。
自室に戻り、夕をソファーへ座らせると、ユリウスは「此処で待っていて下さい」と伝え、何処かへ行ってしまった。抵抗も反論も出来ず、夕は大人しくユリウスが戻って来るのを待った。
「怪我、してないのにな」
自分の足を眺め、夕は小さく呟く。怪我をしていないのに、ユリウスに嘘を吐いてしまった。迷惑をかけてしまった。考えれば考える程、夕は不安になった。
「シェルスって子に、悪い事しちまったな」
街中で偶然出会ったシェルス。ユリウスの婚約者だと言って嬉しそうに微笑む姿を思い出し、夕は更に落ち込んだ。
あの時転ばなければ、今も色んなお店を見て回って楽しんでいた筈なのに……
「リベルとシンジュにも、迷惑かけたよな」
少し前まで、リベルテもユリウスもシンジュは死んだと思っていた。けれど、シンジュは蘇った。シンジュと一緒に居るリベルテは本当に幸せそうな表情をしている。シンジュもリベルテの傍に居る時はとても嬉しそうに微笑んでいた。二人に再び訪れた幸福。
昔はシンジュの体を気遣って、街の中も遠くまで案内できなかったとリベルテは言っていた。
「だから、シンジュが行きたい場所は、どんなに遠い場所でも連れて行ってやりたいんだ」と、楽しそうに語っていた。
転んだせいで、折角楽しみにしていた二人の時間を奪ってしまったようで、夕は深い溜息を吐いた。
「痛みますか?」
足を見詰め、夕が色々考えていると、コトリとテーブルに何かを置く音と、心配そうなユリウスの声が聞こえ、夕は咄嗟に顔を上げた。
「あ、あの……ユリウス様。俺、本当は怪我なんてしてないんです。転んだのは本当ですが、立てないような酷い怪我をしたと言うのは嘘で、痛みなんて……」
夕が必死に説明するとユリウスは口元に手を置き、クスクスと笑い始めた。
「あの、ユリウス様?」
突然笑い出したユリウスに夕は不安そうな声で呼びかけるが、ユリウスは目に涙を浮かべて声を出して笑った。
「あの」
「す、済まない。貴方が、こんなにも正直で素直な方だとは思わなくて」
「それ、褒めてます?」
「笑ってしまったのは申し訳ないと思っています。ですが『怪我は嘘です』と正直に言われたのは初めてだったので」
「初めて、ですか?」
コクリと頷くと、ユリウスは夕に優しく微笑み、口を開いた。
「私に近付こうとする者は皆、手段を選ばないような者達ばかりでしたから」
「え?」
「神子と偽る者、権力と金を使って婚約者になろうとする者、仮病を使って私から離れようとしなかった者」
正直、鬱陶しくて仕方なかった。
そう語るユリウスは、少し疲れたような表情をしていた。
「やっぱり、王子様って大変なんですね」
夕が率直な感想を述べると、ユリウスは苦笑しながら「相手をするのはかなり疲れた」と本音を言った。そして、夕の足を見る。
「足の怪我の事で、貴方が気に病む必要はありません」
「え?」
「貴方が怪我をしていない事は、最初から知っていましたから」
「…………」
ユリウスの発言に、夕は言葉を失う。何を言われたのか理解出来ず、夕は固まったまま指一本動かせなかった。
「知って、いたんですか?」
夕の質問に、ユリウスがコクリと頷くと、夕はさっと立ち上がり、慌てて口を開いた。
「ならどうしてあんな事! シェルスって子が居たのに……だ、大丈夫なんですか!? あの子、ユリウス様の婚『違う』」
「彼は違う。婚約者ではない。向こうが一方的に言っているだけだ。俺は一度も、彼を婚約者だと認めた事はない」
「…………」
真っ直ぐ、夕の目を見て語るユリウスに、夕は何も言えなかった。ユリウスの表情は真剣で、嘘を言っているようには思えない。
「す、済みません……えっと……」
「いえ、私の方こそ、済みません。取り乱してしまって……お茶を用意したので、召し上がって下さい」
話を逸らすように、ユリウスはテーブルに置いたティーカップを手に持ち、夕の前に差し出した。
「あ、えっと、ありがとうございます。い、いただきます」
差し出されたティーカップを手に取り、夕はお茶を口に含んだ。
「美味しい」
夕の感想を聞いた瞬間、「良かった」と言ってユリウスは安堵の笑みを浮かべる。「あまり、自信がなかったので」と、ユリウスは言葉を続けた。
「自信、ですか?」
「そのお茶は、私が用意しました」
「え?」
「口に合って、良かったです」
「ま、待って下さい。こ、このお茶、ユリウス様が用意したんですか? し、使用人じゃなくて?」
夕が問うと、ユリウスはコクリと頷いた。
「幼い頃、料理や飲み物に毒を盛られる事が頻繁にあって、自分が口に入れるものは自分で作るようにしていたんです」
「…………」
王子様なら、料理もお茶も使用人が用意してくれる筈だと思っていた夕は、ユリウスの話を聞いて何も言えなくなった。幼い頃、ユリウスは周囲から恐れられ、化け物扱いされていた事はクラウスから聞いている。それがどれ程酷いものだったのか、夕は分からない。しかし、平気で『毒を盛られる』と言うユリウスを見て、毒を盛られる事も日常茶飯事だったんだろうと思った。
「あの、済みません。俺、何も知らずに」
「気になさらないで下さい。私に毒を盛るような者はもうこの城に居ませんから」
「は、はい」
「ですが、過去の記憶は厄介なもので……毒が入っていないと分かっていても、他人が作った料理はあまり食べられないんです」
申し訳なさそうな顔をして告げるユリウスに、夕は「そう、ですよね」としか言葉を返せなかった。幼い頃に毒を盛られ、何時殺されるかも分からない状況を何度も体験すれば、安全だと分かっていても警戒してしまうのは仕方ない。
「あの、俺、ユリウス様にアップルパイを作った事、ありましたよね? 大丈夫だったんですか? 無理して食べてたんじゃ」
「貴方の作る料理は特別です」
「え?」
「貴方が料理に毒を盛るような人ではないと、初めて会った時から知っていますから」
「えっと、その……」
「貴方の作るものなら、料理でもお菓子でも、私は喜んで食べます」
特に、貴方が作る林檎の焼き菓子は、一番美味しいですから……
満面の笑みを浮かべて言うユリウスに、夕は恥ずかしさで顔が赤くなり、咄嗟に視線を逸らした。他人が作る料理が苦手なら、自分が作るアップルパイもユリウスは苦手だったのではと、夕は思い込んだ。もし、余計なお世話だったなら、アップルパイは作らない方が良いと考え、ユリウスに聞いたが、逆に「一番美味しい」と言われてしまった。
「あ、ありがとう、ございます。よ、余計なお世話じゃ、なかったんですね」
しどろもどろに言葉を紡ぎ、ユリウスが淹れたお茶を口に含む。「このお茶、とっても美味しいです」とユリウスに伝えると彼は嬉しそうに微笑んだまま夕を見詰めた。
「あの、ユリウス様」
コトリ、とティーカップを置き、夕は顔を赤くしたままユリウスを見た。ユリウスが「何ですか?」と聞くと、夕は少しだけ悩んだ後、口を開いた。
「料理を作っても、良いですか? その、ユリウス様の……」
「え?」
「む、無理にとは言いません! ユリウス様が嫌でなければ、その、俺がユリウス様の為に料理を作りたいなって……何度も助けられましたから、恩返しがしたくて……」
駄目、ですか?
不安そうに見上げてくる夕の手を取り、ユリウスは無邪気な子どものような眩しい笑顔で「是非、作ってください」と言った。
「ま、待って下さい! ユリウス様……」
シェルスが慌ててユリウスを追いかけようとした時、シェルスの前にクラウスが現れ、ニコリと微笑んだ。
「ようこそ、シェルス様」
笑顔のまま、クラウスが挨拶をすると、シェルスは一瞬顔を歪めたが、直ぐにふわりと微笑み、「お久しぶりです。クラウス様」と挨拶を交わした。
「シェルス様がこちらに来るのは二、三日後と伺っていたのですが……」
「ご、ごめんなさい。でも、僕、ユリウス様が心配で……」
「そうですか。ユリウス様の事を思って」
「は、はい! 僕は、ユリウス様の婚約者だから…少しでもユリウス様のお役に立ちたくて」
「健気、ですね」
「クラウス様」
「ですが、まだ準備が整っておりません。申し訳ありませんが、準備が整うまで、客室で過ごして頂いても宜しいですか?」
「客室、ですか?」
「はい」
「ユリウス様のお部屋では、駄目なのですか?」
「ユリウス様は自室で仕事をなさる事が多く、他国には知られてはならない情報を取り扱う場合もあります。どうしても、ユリウス様の自室が良いと仰るなら、ユリウス様の許可を取って下さい。ユリウス様がシェルス様を婚約者と認めるなら、私は何も言いません」
「…………」
「後日、その機会を設けますので、準備が整うまでは、客室で過ごして頂けませんか?」
「……分かり、ました」
「ご理解いただけて光栄です。それでは、客室に案内致します」
ニッコリと満面の笑みを浮かべ、紳士的にシェルスを案内するクラウス。シェルスは何も言わず、黙ってクラウスの後を付いて行った。
「相変わらず、腹黒いな。クラウスの奴」
顔は笑っているが、目が笑っていない。確かにユリウスは自室で仕事をする事が多い。他国に知られてはならない情報を扱う事も事実。しかし、夕はユリウスの部屋で過ごしている。それに関して、クラウスは何も言わなかった。
今までに、ユリウスの部屋で過ごしたいと言う申し出は多々あった。パーティーを開いた時、何か祝い事があった時、ユリウスの婚約者になりたいと王族貴族がこの城に訪れた時。
その申し出をクラウスは全て蹴っていた。言葉巧みに尤もらしい理由を述べ、揉め事が起こらないように相手を納得させ、ユリウスの部屋へは誰一人として近付けようとしなかった。
そして、ユリウスも誰にも興味を示さなかった。どんなに容姿が整っていても、どんなに心優しい性格をしていても、どんなに婚約したいと言い寄られても、ユリウスは全て断り続けていた。
「やっぱり、ユウさんって、すごい人なんですね」
クラウスとユリウスについてリベルテが簡単に説明すると、シンジュはユリウスが去って行った場所を見て、感想を述べた。
「兄上が惚れた相手、だからな」
言いながら、リベルテはシンジュの手を握る。シンジュは「リベルさま?」と弱々しく言葉を発し、顔を赤くしてリベルテを見上げる。
「兄上の一番はユウだけど……」
「リベルさま?」
「俺の一番は、シンジュだから」
「あ、う」
優しい笑みを浮かべて告げるリベルテに、シンジュは目を大きく見開いて、咄嗟に俯いた。頭上から「可愛い」と聞こえてくるが、それすら耳に入らずシンジュはリベルテに握られている手をそっと握り返した。
自室に戻り、夕をソファーへ座らせると、ユリウスは「此処で待っていて下さい」と伝え、何処かへ行ってしまった。抵抗も反論も出来ず、夕は大人しくユリウスが戻って来るのを待った。
「怪我、してないのにな」
自分の足を眺め、夕は小さく呟く。怪我をしていないのに、ユリウスに嘘を吐いてしまった。迷惑をかけてしまった。考えれば考える程、夕は不安になった。
「シェルスって子に、悪い事しちまったな」
街中で偶然出会ったシェルス。ユリウスの婚約者だと言って嬉しそうに微笑む姿を思い出し、夕は更に落ち込んだ。
あの時転ばなければ、今も色んなお店を見て回って楽しんでいた筈なのに……
「リベルとシンジュにも、迷惑かけたよな」
少し前まで、リベルテもユリウスもシンジュは死んだと思っていた。けれど、シンジュは蘇った。シンジュと一緒に居るリベルテは本当に幸せそうな表情をしている。シンジュもリベルテの傍に居る時はとても嬉しそうに微笑んでいた。二人に再び訪れた幸福。
昔はシンジュの体を気遣って、街の中も遠くまで案内できなかったとリベルテは言っていた。
「だから、シンジュが行きたい場所は、どんなに遠い場所でも連れて行ってやりたいんだ」と、楽しそうに語っていた。
転んだせいで、折角楽しみにしていた二人の時間を奪ってしまったようで、夕は深い溜息を吐いた。
「痛みますか?」
足を見詰め、夕が色々考えていると、コトリとテーブルに何かを置く音と、心配そうなユリウスの声が聞こえ、夕は咄嗟に顔を上げた。
「あ、あの……ユリウス様。俺、本当は怪我なんてしてないんです。転んだのは本当ですが、立てないような酷い怪我をしたと言うのは嘘で、痛みなんて……」
夕が必死に説明するとユリウスは口元に手を置き、クスクスと笑い始めた。
「あの、ユリウス様?」
突然笑い出したユリウスに夕は不安そうな声で呼びかけるが、ユリウスは目に涙を浮かべて声を出して笑った。
「あの」
「す、済まない。貴方が、こんなにも正直で素直な方だとは思わなくて」
「それ、褒めてます?」
「笑ってしまったのは申し訳ないと思っています。ですが『怪我は嘘です』と正直に言われたのは初めてだったので」
「初めて、ですか?」
コクリと頷くと、ユリウスは夕に優しく微笑み、口を開いた。
「私に近付こうとする者は皆、手段を選ばないような者達ばかりでしたから」
「え?」
「神子と偽る者、権力と金を使って婚約者になろうとする者、仮病を使って私から離れようとしなかった者」
正直、鬱陶しくて仕方なかった。
そう語るユリウスは、少し疲れたような表情をしていた。
「やっぱり、王子様って大変なんですね」
夕が率直な感想を述べると、ユリウスは苦笑しながら「相手をするのはかなり疲れた」と本音を言った。そして、夕の足を見る。
「足の怪我の事で、貴方が気に病む必要はありません」
「え?」
「貴方が怪我をしていない事は、最初から知っていましたから」
「…………」
ユリウスの発言に、夕は言葉を失う。何を言われたのか理解出来ず、夕は固まったまま指一本動かせなかった。
「知って、いたんですか?」
夕の質問に、ユリウスがコクリと頷くと、夕はさっと立ち上がり、慌てて口を開いた。
「ならどうしてあんな事! シェルスって子が居たのに……だ、大丈夫なんですか!? あの子、ユリウス様の婚『違う』」
「彼は違う。婚約者ではない。向こうが一方的に言っているだけだ。俺は一度も、彼を婚約者だと認めた事はない」
「…………」
真っ直ぐ、夕の目を見て語るユリウスに、夕は何も言えなかった。ユリウスの表情は真剣で、嘘を言っているようには思えない。
「す、済みません……えっと……」
「いえ、私の方こそ、済みません。取り乱してしまって……お茶を用意したので、召し上がって下さい」
話を逸らすように、ユリウスはテーブルに置いたティーカップを手に持ち、夕の前に差し出した。
「あ、えっと、ありがとうございます。い、いただきます」
差し出されたティーカップを手に取り、夕はお茶を口に含んだ。
「美味しい」
夕の感想を聞いた瞬間、「良かった」と言ってユリウスは安堵の笑みを浮かべる。「あまり、自信がなかったので」と、ユリウスは言葉を続けた。
「自信、ですか?」
「そのお茶は、私が用意しました」
「え?」
「口に合って、良かったです」
「ま、待って下さい。こ、このお茶、ユリウス様が用意したんですか? し、使用人じゃなくて?」
夕が問うと、ユリウスはコクリと頷いた。
「幼い頃、料理や飲み物に毒を盛られる事が頻繁にあって、自分が口に入れるものは自分で作るようにしていたんです」
「…………」
王子様なら、料理もお茶も使用人が用意してくれる筈だと思っていた夕は、ユリウスの話を聞いて何も言えなくなった。幼い頃、ユリウスは周囲から恐れられ、化け物扱いされていた事はクラウスから聞いている。それがどれ程酷いものだったのか、夕は分からない。しかし、平気で『毒を盛られる』と言うユリウスを見て、毒を盛られる事も日常茶飯事だったんだろうと思った。
「あの、済みません。俺、何も知らずに」
「気になさらないで下さい。私に毒を盛るような者はもうこの城に居ませんから」
「は、はい」
「ですが、過去の記憶は厄介なもので……毒が入っていないと分かっていても、他人が作った料理はあまり食べられないんです」
申し訳なさそうな顔をして告げるユリウスに、夕は「そう、ですよね」としか言葉を返せなかった。幼い頃に毒を盛られ、何時殺されるかも分からない状況を何度も体験すれば、安全だと分かっていても警戒してしまうのは仕方ない。
「あの、俺、ユリウス様にアップルパイを作った事、ありましたよね? 大丈夫だったんですか? 無理して食べてたんじゃ」
「貴方の作る料理は特別です」
「え?」
「貴方が料理に毒を盛るような人ではないと、初めて会った時から知っていますから」
「えっと、その……」
「貴方の作るものなら、料理でもお菓子でも、私は喜んで食べます」
特に、貴方が作る林檎の焼き菓子は、一番美味しいですから……
満面の笑みを浮かべて言うユリウスに、夕は恥ずかしさで顔が赤くなり、咄嗟に視線を逸らした。他人が作る料理が苦手なら、自分が作るアップルパイもユリウスは苦手だったのではと、夕は思い込んだ。もし、余計なお世話だったなら、アップルパイは作らない方が良いと考え、ユリウスに聞いたが、逆に「一番美味しい」と言われてしまった。
「あ、ありがとう、ございます。よ、余計なお世話じゃ、なかったんですね」
しどろもどろに言葉を紡ぎ、ユリウスが淹れたお茶を口に含む。「このお茶、とっても美味しいです」とユリウスに伝えると彼は嬉しそうに微笑んだまま夕を見詰めた。
「あの、ユリウス様」
コトリ、とティーカップを置き、夕は顔を赤くしたままユリウスを見た。ユリウスが「何ですか?」と聞くと、夕は少しだけ悩んだ後、口を開いた。
「料理を作っても、良いですか? その、ユリウス様の……」
「え?」
「む、無理にとは言いません! ユリウス様が嫌でなければ、その、俺がユリウス様の為に料理を作りたいなって……何度も助けられましたから、恩返しがしたくて……」
駄目、ですか?
不安そうに見上げてくる夕の手を取り、ユリウスは無邪気な子どものような眩しい笑顔で「是非、作ってください」と言った。
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