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第3章
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それは数年前の事。シンジュを失って一、二年過ぎた頃に起きた出来事。シンジュを失い、ユリウスを憎むようになってしまったリベルテは、国内にある孤児院で寝泊まりをしていた。ユリウスを憎むと宣言して城から抜け出して以降、リベルテは一度も城へ戻らなかった。
住む場所も行く宛ても無くフラフラしていた所を、孤児院の院長に拾われ、リベルテは孤児院で過ごす事になった。暗い顔をして歩いているリベルテを、身寄りの無い孤児だと院長が勘違いして孤児院へ連れて来たが、リベルテは敢えて孤児だと言う事を否定しなかった。
孤児院での暮らしは楽ではなかったが、城に居る時よりも「生きている」と言う実感はあった。身寄りの無い子ども達の面倒を見て、満足に食べ物を与えられない子に自分の分を与えて、喧嘩があれば両者の意見を聞いて仲直りさせて、盗賊や人攫いが孤児院を狙っていると聞けば、夜中に抜け出して捕まえて……
そうして子ども達と暮らしていく内に、少しだけリベルテの心は落ち着いた。気付くとリベルテは孤児院で一番の人気者になっていた。
「大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!」と言ってくる女の子も沢山居た。その言葉を聞く度に、リベルテはシンジュを思い出してやんわりと断り続けた。
孤児院で過ごすようになって一年か二年経った頃、孤児院に国直属の騎士団長が訪れた。
「近頃盗賊や人攫いが頻繁に出没しているから用心して下さい」と言って騎士団長は去ろうとしたが、偶然にも、其処でリベルテを見付けてしまった。その瞬間、リベルテの傍に多くの子ども達が居るにも関わらず、騎士団長はいきなりリベルテに斬り掛かった。
突然の出来事に子ども達は大泣きして、リベルテは咄嗟に子供達を突き飛ばし、騎士団長から距離を取らせた。
「ユリウス様の弟君でありながら、こんな小汚い屑共と過ごしているとは! 恥を知れ!」
騎士団長の言葉に、誰もが息を呑んだ。リベルテがこの国の統治者であるユリウスの弟だと言う事にも驚いたが、何より驚いたのは騎士団長が孤児院で生活している子ども達の事を「屑」と言った事だった。
「ユリウス様の顔に泥を塗るような事ばかりしおって! 貴様はどれだけユリウス様に迷惑を掛ければ気が済むのだ! 王族の恥晒しめ! 貴様のような出来損ないなど、この世に産まれて来なければ良かったのだ!」
騎士団長は幼い頃からユリウスに憧れていた。ユリウスの傍でユリウスを護衛する事が、ユリウスの騎士となる事が、彼の夢だった。必死に努力して、体を鍛え、剣術を磨き、見事騎士団長に任命される程の実力を身に付けた。
民の為、国の為と任務をこなし、部下からの信頼も厚く、民達からの支持も高い。理想の騎士と言っても過言ではない程、騎士団長は完璧だった。ユリウス様に相応しい騎士になれるように、ユリウス様の顔に泥を塗らないように、彼は「完璧」に拘り続けた。その為、リベルテの存在が何よりも許せなかった。
ユリウス様は誰よりも素晴らしく完璧な方なのに、弟君であるリベルテ様は何をしても駄目な方だ。
常日頃そう思い、騎士団長はリベルテにも「完璧」を求めたが知らぬ内に城から抜け出され、何時も鍛錬から逃げられていた。思い通りにならないリベルテに騎士団長は苛立ち、リベルテに強く当たるようになった。
しかし、リベルテに嫌味を言っても怒声罵声を浴びせても、彼は表情一つ変える事なくこう言った。
「俺が嫌いなら関わるなよ。鬱陶しい」と。
気が付くとリベルテを殴っていた。批難の言葉を浴びせ、「誰も貴様の事など必要としていない!」と言ってリベルテを殴り続けた。
その出来事以降、騎士団長の前にリベルテが現れる事はなく、城の何処にも居ないと疑問に思った時にはリベルテは城を去った後だった。
リベルテの行方も分からず、城の中では「リベルテ様は死んだ」と噂されるようになった矢先に、騎士団長はリベルテと再会した。城から遠く離れた、貧しい地域にポツリと建つ孤児院で。
リベルテと再会した時、騎士団長は激しい怒りに支配された。
ユリウス様の弟が孤児院で生活していると他の貴族達に知られたら……
このままではユリウス様が笑い者にされてしまう。
自分の立場を考えず、ユリウス様の立場も考えず、勝手に問題ばかり起こしやがって……
騎士団長が優先するのは、何時だってユリウスだった。国の為、民の為と言うのは正直どうでも良かった。ユリウスの役に立つ事さえ出来れば、民がどうなろうがどうでも良かった。
それに、リベルテが居るのは親から捨てられた、言わば不要な存在の集まりでしかなく、その不要なものの一つや二つ消えたところで誰も困らないと、騎士団長は思い込んでいた。孤児の子ども達が居る場所で、騎士団長は躊躇いもなく言ったのだ。
「此処に居る屑共と共に死ね」と。
「税金泥棒が一掃された方が、この国の、ユリウス様の為になる」と。
孤児で必死に生きる子ども達の存在そのものを否定し「死ね」と言う騎士団長に怒りを覚え、院長が「違う」と否定しようとした時、リベルテが思いっきり騎士団長を殴り飛ばした。
「捨てられても、身寄りがなくても、今を必死に生きてる奴等に対して、簡単に『死ね』とか言うんじゃねえ!」
「ぐ!?」
「貧しい中、みんなで助け合って今を必死に生きてる奴の何処が『屑』なんだよ! 親に捨てられて、寂しいのを耐えて、孤児だと馬鹿にされても悔しいのを我慢して、強く生きようとしている奴の何処が『恥』なんだよ! 人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「…………」
「なんで此処が貧しくて孤児が増えてるか、お前は知ってるか?」
「……いや」
「この地域は昔から雨が少なくて、作物が育ちにくいんだよ。作物が育たないから、売れる物がない。売れる物がないから、金だって入って来ない」
「え?」
「院長はその事を何度も何度も彼奴に手紙を出して訴えてた。時には城まで訪れて彼奴に会わせてくれって頼んだ事もあった。でも、門前払いを食らって、その時、門番から『貧乏人如きが生意気言うな。生かしてやってるだけ有り難いと思え』って言われたんだよ。『あの汚い紙切れ、処理するの毎回面倒だから二度と送ってくるな』とも言われたって聞いた」
「…………」
「騎士が護るのは王族貴族だけか? お前は彼奴さえ護れる事が出来ればそれで良いのか? 民達の事はどうでも良いのかよ。貧しくて困ってるって何度も訴えているのに、お前達騎士が民の言葉を聞き入れずに何の対策もしないから、此処の子ども達が被害者になってんだろうが! 孤児が増える原因がお前達だって、なんで気付かねえんだよ!」
「…………」
「俺の事は幾らでも馬鹿にすればいい。でも、此処で必死に生きてる奴等を馬鹿にする事は許さない。分かったなら、二度とその面見せるな。此処にも来るんじゃねえ」
何も言い返せなかった。リベルテの言葉は騎士団長の心に深く突き刺さった。確かに、ユリウスの完璧な騎士になる事に拘っていた。「完璧」に拘り過ぎて、大切な事を見落としていた事に、騎士団長は漸く気付いた。気付いて顔を上げた時に見た光景に、騎士団長は固まった。
怯えながら見る者、睨み付けて来る者、軽蔑の目で見る者。子ども達は皆、騎士団長を敵視するような目をして見ていた。そして、それは院長も同じで「お引き取り下さい」と言った院長の目は、完全に騎士団長を敵視している目だった。
周囲の敵意の目に耐え切れず、騎士団長は黙って孤児院を去った。去り際、リベルテに抱き付いて大号泣する子ども達の姿が視界に入り、騎士団長は複雑な気持ちを抱いたまま城へと戻った。
住む場所も行く宛ても無くフラフラしていた所を、孤児院の院長に拾われ、リベルテは孤児院で過ごす事になった。暗い顔をして歩いているリベルテを、身寄りの無い孤児だと院長が勘違いして孤児院へ連れて来たが、リベルテは敢えて孤児だと言う事を否定しなかった。
孤児院での暮らしは楽ではなかったが、城に居る時よりも「生きている」と言う実感はあった。身寄りの無い子ども達の面倒を見て、満足に食べ物を与えられない子に自分の分を与えて、喧嘩があれば両者の意見を聞いて仲直りさせて、盗賊や人攫いが孤児院を狙っていると聞けば、夜中に抜け出して捕まえて……
そうして子ども達と暮らしていく内に、少しだけリベルテの心は落ち着いた。気付くとリベルテは孤児院で一番の人気者になっていた。
「大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!」と言ってくる女の子も沢山居た。その言葉を聞く度に、リベルテはシンジュを思い出してやんわりと断り続けた。
孤児院で過ごすようになって一年か二年経った頃、孤児院に国直属の騎士団長が訪れた。
「近頃盗賊や人攫いが頻繁に出没しているから用心して下さい」と言って騎士団長は去ろうとしたが、偶然にも、其処でリベルテを見付けてしまった。その瞬間、リベルテの傍に多くの子ども達が居るにも関わらず、騎士団長はいきなりリベルテに斬り掛かった。
突然の出来事に子ども達は大泣きして、リベルテは咄嗟に子供達を突き飛ばし、騎士団長から距離を取らせた。
「ユリウス様の弟君でありながら、こんな小汚い屑共と過ごしているとは! 恥を知れ!」
騎士団長の言葉に、誰もが息を呑んだ。リベルテがこの国の統治者であるユリウスの弟だと言う事にも驚いたが、何より驚いたのは騎士団長が孤児院で生活している子ども達の事を「屑」と言った事だった。
「ユリウス様の顔に泥を塗るような事ばかりしおって! 貴様はどれだけユリウス様に迷惑を掛ければ気が済むのだ! 王族の恥晒しめ! 貴様のような出来損ないなど、この世に産まれて来なければ良かったのだ!」
騎士団長は幼い頃からユリウスに憧れていた。ユリウスの傍でユリウスを護衛する事が、ユリウスの騎士となる事が、彼の夢だった。必死に努力して、体を鍛え、剣術を磨き、見事騎士団長に任命される程の実力を身に付けた。
民の為、国の為と任務をこなし、部下からの信頼も厚く、民達からの支持も高い。理想の騎士と言っても過言ではない程、騎士団長は完璧だった。ユリウス様に相応しい騎士になれるように、ユリウス様の顔に泥を塗らないように、彼は「完璧」に拘り続けた。その為、リベルテの存在が何よりも許せなかった。
ユリウス様は誰よりも素晴らしく完璧な方なのに、弟君であるリベルテ様は何をしても駄目な方だ。
常日頃そう思い、騎士団長はリベルテにも「完璧」を求めたが知らぬ内に城から抜け出され、何時も鍛錬から逃げられていた。思い通りにならないリベルテに騎士団長は苛立ち、リベルテに強く当たるようになった。
しかし、リベルテに嫌味を言っても怒声罵声を浴びせても、彼は表情一つ変える事なくこう言った。
「俺が嫌いなら関わるなよ。鬱陶しい」と。
気が付くとリベルテを殴っていた。批難の言葉を浴びせ、「誰も貴様の事など必要としていない!」と言ってリベルテを殴り続けた。
その出来事以降、騎士団長の前にリベルテが現れる事はなく、城の何処にも居ないと疑問に思った時にはリベルテは城を去った後だった。
リベルテの行方も分からず、城の中では「リベルテ様は死んだ」と噂されるようになった矢先に、騎士団長はリベルテと再会した。城から遠く離れた、貧しい地域にポツリと建つ孤児院で。
リベルテと再会した時、騎士団長は激しい怒りに支配された。
ユリウス様の弟が孤児院で生活していると他の貴族達に知られたら……
このままではユリウス様が笑い者にされてしまう。
自分の立場を考えず、ユリウス様の立場も考えず、勝手に問題ばかり起こしやがって……
騎士団長が優先するのは、何時だってユリウスだった。国の為、民の為と言うのは正直どうでも良かった。ユリウスの役に立つ事さえ出来れば、民がどうなろうがどうでも良かった。
それに、リベルテが居るのは親から捨てられた、言わば不要な存在の集まりでしかなく、その不要なものの一つや二つ消えたところで誰も困らないと、騎士団長は思い込んでいた。孤児の子ども達が居る場所で、騎士団長は躊躇いもなく言ったのだ。
「此処に居る屑共と共に死ね」と。
「税金泥棒が一掃された方が、この国の、ユリウス様の為になる」と。
孤児で必死に生きる子ども達の存在そのものを否定し「死ね」と言う騎士団長に怒りを覚え、院長が「違う」と否定しようとした時、リベルテが思いっきり騎士団長を殴り飛ばした。
「捨てられても、身寄りがなくても、今を必死に生きてる奴等に対して、簡単に『死ね』とか言うんじゃねえ!」
「ぐ!?」
「貧しい中、みんなで助け合って今を必死に生きてる奴の何処が『屑』なんだよ! 親に捨てられて、寂しいのを耐えて、孤児だと馬鹿にされても悔しいのを我慢して、強く生きようとしている奴の何処が『恥』なんだよ! 人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「…………」
「なんで此処が貧しくて孤児が増えてるか、お前は知ってるか?」
「……いや」
「この地域は昔から雨が少なくて、作物が育ちにくいんだよ。作物が育たないから、売れる物がない。売れる物がないから、金だって入って来ない」
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「…………」
「俺の事は幾らでも馬鹿にすればいい。でも、此処で必死に生きてる奴等を馬鹿にする事は許さない。分かったなら、二度とその面見せるな。此処にも来るんじゃねえ」
何も言い返せなかった。リベルテの言葉は騎士団長の心に深く突き刺さった。確かに、ユリウスの完璧な騎士になる事に拘っていた。「完璧」に拘り過ぎて、大切な事を見落としていた事に、騎士団長は漸く気付いた。気付いて顔を上げた時に見た光景に、騎士団長は固まった。
怯えながら見る者、睨み付けて来る者、軽蔑の目で見る者。子ども達は皆、騎士団長を敵視するような目をして見ていた。そして、それは院長も同じで「お引き取り下さい」と言った院長の目は、完全に騎士団長を敵視している目だった。
周囲の敵意の目に耐え切れず、騎士団長は黙って孤児院を去った。去り際、リベルテに抱き付いて大号泣する子ども達の姿が視界に入り、騎士団長は複雑な気持ちを抱いたまま城へと戻った。
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