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第3章

神子の役割

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 神殿に立つ五本の柱をゆっくりと眺めながら、クラウスは話し始めた。

「この世界には神子が五人存在します」

 神子とは、救世主のような存在である。五人の内、一人でも神子が欠けてしまうと世界は滅んでしまう恐れがあると。それ故に、この世界の人々は神子を神のように崇めるのだと。

「神子にはそれぞれ役割があります。全ての生きものに活力を与える太陽の神子。生きとし生けるものに癒しと安らぎを与える月の神子。命を与え、自然の恩恵を与える海の神子。この三人の神子が、世界の均衡を保っていました」

「三人、ですか?」
「はい」
「神子は五人居るんですよね? 残りの二人は……」
「二人の神子は三人の神子と違い、世界を大きく動かす力は持っていません。ですが、最も重要な存在なのは、この二人の神子になります」
「二人?」
「はい。神子と言えど、扱える力には限りがあり、使い続ければ身も心も疲れ果て、死に至ります」
「え?」
「力を使い果たした神子は、自分自身で回復できません。ですから、二人の神子が重要になるのです。太陽の神子を癒せるのは空の神子のみ。月の神子を癒せるのは夜の神子のみ。神子を癒す力を持つのは、空の神子と夜の神子だけなんです」
「海の神子には居ないのか?」
「海の神子は命の神子と言う異名があります。命を与える役目を持つ海の神子は、命の源と言っても過言ではありません。ですから、海の神子は力を使っても尽きる事はありません」
「神子の中でも特別って感じですね」

 夕がポツリと呟くとクラウスはクスリと笑う。「最初は海の神子一人で世界を循環させていたと言う言い伝えもありますからね」と言い、話を続けた。

「命の始まりは海からと言われている程ですから、色々と特別なのでしょう。ですが、海の神子にも守り人が存在していました」
「守り人?」
「神子が持つ力は絶大です。世界を掌握出来る程の力は、人を狂わせる事もあります。神子の力を悪用し、国を、地位を、権力を、富を、この世界に存在するもの全てを手に入れようと目論む人間も少なからず存在していました。そう言った輩から神子を守る役目を担っているのが守り人です」
「つまり護衛役?」

 リベルテが問うと、クラウスはコクリと頷く。「今は、私一人ですが……」と、何処か遠い目をして何かを懐かしむようにクラウスは呟いた。寂しそうな、誰かを思い出しているような表情をするクラウスに、誰も声を掛ける事が出来なかった。




 暫く沈黙が続いた後、クラウスはゆっくりと息を吐き、再び口を開いた。

「これからも、守り人の役目は私一人で果たすと思っていましたが、二人になりそうですね」

 ふわりと微笑み、クラウスはジッとリベルテを見た。突然クラウスから優しい目を向けられ「は?」と驚きの声を発した。

「海の神子であるシンジュ様を蘇らせたのは貴方でしょう?リベル……」
「いや、あれは、スズとユウが居たからで、俺は何も……」
「貴方がシンジュ様を心から愛していなければ、シンジュ様は蘇る事はなかった筈です」
「そ、それは、そうだけど……」

 口籠るリベルテに、クラウスはニッコリと笑う。「シンジュ様を護ると言ったのは嘘ですか?」とクラウスが聞くと、リベルテは「嘘じゃない!」と強く言った。

「シンジュは、俺が護る。今度こそ、必ず護るって、決めたんだ」
「リベルさま」
「ならば、貴方が守り人になっても問題はないでしょう?」
「それは……」
「シンジュ様は間違いなく海の神子です。私一人では神子全員を守る力はありません。ですから、リベル……」

 貴方が守り人となって、シンジュ様を守りなさい。

 真剣な顔をするクラウスに、リベルテは何も言い返せず「わ、分かったよ!」と守り人になる事を渋々了承した。

「では、明日から鍛えなければなりませんね」
「はぁ!?」

 ニッコリと、満面の笑みを浮かべてクラウスはリベルテを見る。リベルテは冷や汗を流しながら「いや、鍛錬は兄上に……」と、やんわりと断ったが「駄目です」とクラウスは即答した。

「今迄、自分の役目を放棄した分、きっちり再教育致しますから逃げないで下さいね?」

 とても楽しそうな声で言うクラウスに、リベルテは顔を引き攣らせて「俺、守り人辞めても良い?」と問う。ニッコリと満面の笑みを浮かべるクラウスは少しだけ黙った後、ゆっくりとリベルテに近付く。

「やれ」

 リベルテにしか聞こえない声で、クラウスは耳打ちした。とても低い声で、短く命令され、リベルテは涙目になりながら「や、ります」としか言えなかった。




「良かったですね。シンジュ様」
「え?」
「リベルでは不安な所は多々ありますが、一応ユリウス様の弟君ですから、優秀なのは間違い有りません」

 ユリウス様には到底及びませんが……

 満面の笑みで棘のある言い方をするクラウスに、シンジュだけでなく、夕と鈴も顔を引き攣らせた。リベルテが城に居なかった事や、以前までユリウスを敵視し、憎んでいた事をかなり根に持っているらしく、クラウスはリベルテの傷口を抉るような事ばかり指摘した。

「城を抜け出して好き放題する問題児だった」とか。
「勘違いとは言え、ユリウス様を疑うとは、本当に情けない」とか。
「王族の恥晒しと言われても文句は言えませんよねぇ。事実なんですから」とか。

 何度もリベルテが「やめろ」と言っても、クラウスの愚痴は止まらなかった。今までの鬱憤を晴らすかのように、私生活や態度、言動や礼儀作法まで事細かく指摘し続けた。

「守り人と言う肩書きがあればこの城で過ごしやすくなるでしょう? 神子の守り人だと言えば、シンジュ様の隣に居ても誰も文句は言えませんし……」
「え!?」
「私が何も考えずに貴方を守り人に選んだとでも?」

 クラウスがリベルテを守り人に選んだのは、彼がこの城でシンジュと共に過ごせるようにする為だった。城の者はユリウスの事は認めているが、リベルテの事は認めていない。以前までユリウスを憎んでいた事もあり、使用人や騎士達はリベルテにあまり良い印象を持っていない。

『何時か必ずユリウス様を殺すに違いない』
『あんな出来損ないの問題ばかり起こす者がユリウス様の弟なんて、ユリウス様が可哀想』
『帰って来なければ良かったのに。この国はユリウス様だけで十分やって行ける』
『あんな王族の恥晒し、さっさと処刑してしまえば良いものを……』

 批判の言葉。冷たい視線。嫌悪感丸出しの態度。どれも見慣れた光景だった。子どもだった頃、使用人から冷たい言葉を聞かされた時から、リベルテは他人から何を言われても何とも思わなくなった。「周囲に認めてほしい」と思う事も「ユリウスに一つでも勝ちたい」と言う意思も、全て諦めていた。

 そして、それはシンジュが蘇った今でも変わらず……

「別に、彼奴らに認めて貰わなくても良いんだけどな。シンジュが傍に居てくれるなら、俺は……」
「神子の力は人知を超えた強大な力です。特に、海の神子の力は五人の神子の中で最も強い力だと言われています」
「だから、何なんだよ?」
「シンジュ様が海の神子だと判明した今、騎士も神官も使用人も、シンジュ様を『神子様』と言って崇拝する筈です。救世主だと崇め『神子様の事は私がお守りします』と言い寄る者は絶えないでしょうね」
「な!」
「シンジュ様はとても華奢で可愛らしい方です。純粋で、健気で、自分の事よりも他人の事を第一に考える心優しいシンジュ様を、守りたいと言う者は多く存在します。中には護衛を口実にシンジュ様を口説いて良からぬ事を仕出かす者も……」
「だ、駄目だ! そ、そんなの駄目! 絶対に駄目だ! シンジュは俺が護るって言っただろ! シンジュを護るのは俺の役目だ! 他の連中に、シンジュは渡さない!」
「リ、リベル……さま……」

 護るようにシンジュを抱き締め、リベルテはクラウスに抗議した。クラウスに「可愛らしい」と「純粋で健気」と褒められ、只でさえ恥ずかしいのにリベルテに抱き締められて「俺が護る」と強く言われ、シンジュは酷く戸惑った。

「ですから、シンジュ様の事は守り人となった貴方に任せると言っているのです」
「は? え?」
「自覚が無いようですが、貴方が居なければこの国は此処まで豊かにならなかったんですよ?」
「な、何言ってんだよ? この国が豊かになったのは兄上が水路を作ったり、貧しい人達に仕事を与えたりしたからで、俺は何も……」
「確かに、この国を豊かにしたのはユリウス様の努力のお陰ですが、その基盤を作ったのは貴方です」
「いや、それは無いだろ? 俺は城から抜け出して遊んでただけだし……」
「国の内情を詳しく把握しているのは貴方です。貧しい地域や、水不足で困っている場所。貴方が城から抜け出さなければ、民達の声を私達に伝えていなかったら、この国は此処まで豊かにはならなかった筈です」
「お、俺は、必死に訴えてくる人達を放っておけなくて、伝えただけで、それ以外は何も……」
「素直じゃありませんね。私がここまで褒めていると言うのに……」
「褒めなくて良い! 俺は、弱いし……」
「何を馬鹿な事を仰っているんですか?この国最強と言われている騎士団長と勝負して圧勝した癖に……」
「え?」
「な、な、ななな、なんで、なんでクラウスが知ってるんだよ!?」

 クラウスの爆弾発言に、夕達は驚いて目を見開き、リベルテは顔を赤くして「言うな! これ以上何も言うな!」と必死に訴えた。
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