神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第3章

買い物と人身売買

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 レンガ造りの建造物が並ぶ街の中。道中には様々なお店が並び、人の話し声や、商品を紹介する商人の声が飛び交う。人通りも多く、賑わう街の中を鈴は歩いていた。太陽の光を受けて輝く金色の艶やかな髪、青く澄んだ大きな瞳。美少女と間違いそうな程美しく可愛らしい容姿をした鈴は、街の中でとても目立っていた。

 鈴が歩くと、街の人々は皆振り返り、鈴を見て感嘆の吐息を漏らす。「綺麗な人」やら「何処かの国のお姫様かしら?」やら「美しい人だ」など、頬を赤く染め、鈴に熱い視線を向けていた。

「視線が鬱陶しい」
「変装もせずに街に来ればこうなって当然だろ。それより、城に戻らなくていいのか? ユリウス様達に何も伝えずに、街でフラついているのがバレたら……」
「餓鬼じゃねぇんだから、別にいいだろう」
「良くねえだろ」
「あ、あの店寄ってみたい」
「って、おい!」

 注意も聞かず、目の前にあるお店へ向かう鈴を追いながら、夕は深い溜息を吐いた。老いた人魚と別れ、城に戻ろうと足を進めていると、突然鈴が言ったのだ。

「街の中を案内しろ」と。

 当然、夕は「無茶言うな」と言って断ろうとしたが、鈴は聞く耳を持たず「案内しないなら、街中で暴れてやる」と言った。脅しとも言える発言に夕は反論できず、鈴に付き合わされてしまった。

「済みません。これ下さい」
「え? あ、まっ、まいど!」
「これで足りますか?」
「あ、あぁ、十分だとも! それにしても、別嬪さんだねぇ。初めて見るけど、何処かの姫さんかい?」
「いえ。そんな身分の高い者では。ただの旅人ですよ」
「旅人!? 驚いた。こんなに可愛い子がねぇ」
「よく言われます」

 商売人と楽しく話している鈴の姿を眺め、夕はそっと視線を逸らした。満面の笑みを浮かべる鈴は正に天使。ニコニコと愛想を振り撒く鈴と、口が悪く暴力的な鈴の姿を比べ、夕は誰にも聞こえない声で「知らぬが仏」と呟いた。お金を何処で入手したのか、どうして街に出掛けようと思ったのか、何故女性用のドレスや高級そうな装飾品を買っているのか、疑問は多々あったが、鈴に直接聞く気にはなれなかった。

 色々なお店を見て回り、衣装、装飾品、食べ物等を買って行き、鈴が満足したのは昼過ぎだった。行く先々でお店の人に褒められ、お客に囲まれ、疲れている筈なのに、鈴は始終満面の笑みを浮かべたままだった。買った物は全て夕に持たせ、鈴は何食わぬ顔をして買い物を楽しんだ。

「これだけ買えば十分だな」
「鬼嫁」
「何か言ったか?」
「いやっ、何も!」
「さて、帰るか」

 買った物は全て夕に持たせ、鈴はスタスタと街の中を歩いて行った。そんな鈴の姿を涙目で見つめがなら、夕も足を進める。大量の紙袋を両手に持ち、夕は深い溜め息を吐いた。

「こんなに買って、何に使うんだよ」

 大量の紙袋を見詰め、夕は一人愚痴った。



 買い物も満足して城に戻る途中、複数の男達に囲まれている少年の姿を見て鈴は駆け出した。

「あぁ、その二人なら見たよ」
「ほ、本当ですか?」
「俺達が案内してやるから、こっちにおいで」
「何も怖くないよ。俺達が居るか『何を、してるの?』」

 淡い青色の髪、水色の大きな瞳。可愛らしい顔立ちをした少年の手を掴む男の手を離し、鈴は満面の笑みを浮かべる。突然、鈴が現れた事に男達は驚くが、それも一瞬で、直ぐにニタリと笑い、男達は鈴と少年を再び囲んだ。

「俺達はその子の人捜しを手伝ってただけだぜ」
「人捜し?」
「そうそう。金髪の可愛らしい子と黒髪の男を捜してるって聞いてな」
「君も手伝ってくれない? 多い方が見つかるのも早いし、良いだろ?」
「…………」

 鈴の手を掴んで無理矢理引き寄せ、ニタニタと笑う男。他の男達も同様にニタニタと笑っている。態度を見れば、人捜しをする気が無いのは明らかで、下心丸見えの男達に、鈴は顔を歪める。

「ほら、早く捜しに行こうぜ」
「え? あ、あの……でも……」
「こっちで見たから、ほら早くっ」
「い!」

 少年の手を掴み無理矢理連れて行こうとした時、大量の紙袋を持った夕が鈴に追い付いた。

「いきなり走るんじゃねえよ! それとな、鈴、この荷物少しくらい持て! 此処まで来るのにどれだけ大変だったと思……」

 鈴の元へ漸く辿り着き、見知らぬ男達に手を掴まれている鈴と少年を見、夕は一瞬固まった。少年と鈴を無理矢理連れて行こうとしている男達を見て、夕は「またかよ」と呟き、深い溜息を吐いた。

「何だ? テメェは……」
「何で黒髪の奴がこの国に居るんだよ?」
「黒髪、いや、待て、コイツも売れるんじゃねえのか? 物好きの貴族か奴隷商人にでも売れば……」

 掴んでいた二人の手を離し、男達で勝手に話し合い、自ら目論見を明かす姿を見て、鈴と夕は思った。

「コイツら、ただの馬鹿だ」と。

「う、る? 奴隷って、どう言うこと、ですか?」
「奴等は、最初からお前を売るつもりで声をかけてたんだよ」
「え?」
「人身売買。聞いたことないか? 人を攫って、奴隷商人や貴族に売り付ける商売。犯罪だけどな」
「そんな……」
「ユリウスにバレたら良くて終身刑、悪くて死罪が妥当か」
「流石に死罪はねえだろ?」
「お前を売ろうとした奴を、ユリウスが生きて返すとは思えねえがな」
「大袈裟すぎるだろ?」
「その大袈裟を現実にしたくないなら、彼奴ら地に沈めてこい」
「無茶言うなよ! 俺、今大量の荷物持ってんだぞ! どうやって戦えって言うんだよ!」
「一つでも落としたら許さないからね! ユウお兄ちゃん!」
「こう言う時だけ猫被って『お兄ちゃん』って呼ぶな! 気持ち悪い!」
「さっさとヤれ」

 お、鬼ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!

 少年を連れ去ろうとした男達の存在を無視し、勝手に話を進める二人に、彼等は苛立ちを覚え、一気に夕に襲いかかった。少年が「危ない!」と叫んだ瞬間、夕は男達の攻撃を躱す。大量の荷物を持った不利な状況にも関わらず、夕は数分で男達を地に沈めた。

「やれば出来るじゃねえか。武術が得意なだけはあるな」
「お前が言うなよ。体術はお前の方が上だろうが」
「俺は武器を使うのには慣れてない。剣術はお前の方が上じゃねえか」
「コイツらだけなら楽勝だろうが。俺に振るな」
「僕、疲れちゃった。早く戻ろう」
「え? あ、あの……」
「あ、おい! 話はまだ終わって……ったく……」

 少年の手を引き、先を行く鈴に、夕は深い溜息を吐く。大量の紙袋を持ち直し、夕は疲れ切った顔をしてトボトボと歩き出した。地に沈めた男達はそのまま放置し、三人は城へ戻る為、足を進めた。





 無事、城に戻った夕はリベルテとユリウスが居ない事に気付き、疑問に思った。何時もなら何処かで会う筈なのに、今日は城に戻って一度も二人に会う事はなかった。ユリウスの従者であるクラウスも外出しているのか、会わなかった。何時もより使用人や兵士達が落ち着かない様子で走り回っていた姿も気になった。

「リベルとユリウス様は何処行ったんだ?」
「仕事じゃねえのか?」
「俺、嫌な予感がするんだけど……」
「気のせいだろ」
「あの」
「ん?」

 そんな疑問を抱いていた時、声を掛けられ、夕と鈴は声のする方へ目を向けた。

「あの、も、もしかして、スズさま、と、ユウさま、ですか?」
「…………」
「ま、間違っていたら、ごめんなさい! で、でも、リベルさまが、必死にお二人を捜していたので。ユリウスさまも、一緒にお城の中を捜してて、でもお城には居なくて……『攫われたかもしれない』って大騒ぎして『街も捜してみる』とリベルさまが仰って、ユリウスさまと、クラウスさまも一緒に、街へ捜しに……」
「…………」
「ほ、本当は、リベルさまに『待っていろ』と言われたけど、僕も、リベルさまの、お役に立ちたくて、無断で、お城を抜け出して、その……」
「人攫いに遭遇した訳か」
「……は、ぃ」
「悪い。やっぱり、言った方がよかったな。リベル達を捜して来る」
「夕」
「何だ?」
「捜すなら、コイツに捜してもらえばいい。案内してくれる」
「は?」

 鈴の指の上に、深い青色の鳥が乗っていた。鈴がそっと頭をひと撫ですると、鳥は翼を広げ、羽ばたいた。光沢のある羽が光を浴びてきらきらと輝く。二つに分かれた長い尾が風に乗って優雅に揺れる。近付いてきた鳥をよくみると、クリッとした目も青く、とても美しかった。

「この鳥、燕か?」
「あぁ、そいつが案内してくれる」
「案内って。お前、何時から燕を飼い始めたんだ?」
「パーティーが終わって直ぐ」
「…………」
「燕は後で説明する。今は二人を捜す方が先だろう。俺は此処で待ってる。二人が戻って来て、すれ違ったら面倒だろ」
「あぁ、そうだな。じゃあ、捜してくるから、二人は待っててくれ」
「あぁ」
「あの、僕も一緒に……」
「また人攫いに遭ったらどうするんだ?」
「あ、う」
「悪いな。俺達のせいで大事になっちまって。後で何かご馳走するから、鈴と一緒に待っててくれ」

 不安そうな顔をする少年の頭を優しく撫で、夕は燕と共に部屋を出て行った。心配そうな顔をする少年に、鈴は「大丈夫だ」と告げる。街で買ってきた大量の紙袋の中を確認し、少年を見る。周囲をキョロキョロと見回す少年に、鈴は綺麗な笑みを浮かべ「どんな服が好き?」と聞いた。

 鈴の質問の意図が分からず、少年は首を傾げた。
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