神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第2章

シンジュ1

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 ぼやける視界に写ったのは、広い天井。

「ここ、は……」

 うっすらと見える天井を眺め、首を動かし、少年は目を見開いた。

「リ、ベル、さま……」

 ベッドのすぐ傍で椅子に腰をかけて眠っているリベルテの姿を見た瞬間、少年は涙を流した。そっと自分の手を握る手に触れ、ゆっくりと握り返す。

『俺がお前の家族になる!』
『何があっても、俺が必ず護ってやる!』

「ぁ、う」

 リベルテと初めて会った時に言われた言葉を思い出し、少年は涙を流し続けた。

 役立たず。
 何笑ってんだよ、気持ち悪い。
 お前なんか、誰も必要としてないのにな。
 さっさと消えろよ、鬱陶しい。

 少年に対して、仲間達はとても冷たかった。会う度に酷い言葉を浴びせられ、時には物を投げられる事もあった。大好きだった姉が死んだ時も、仲間達は少年一人だけを責め続けた。

「王子を殺して、ヒスイを蘇らせろ」

 無理矢理人間に姿を変えられ、ナイフを渡され、たった一人、地上へ投げ出された少年は、どうすればいいのか分からず泣く事しか出来なかった。

 助けてくれる人は誰も居ない。味方なんて何処にも居ない。居場所も、失ってしまった。どうやって生きていけば良いか分からない。

 そうして途方に暮れていた時、リベルテと出会った。会って間もないと言うのに、優しく接してくれた。

『お前は、笑った方が可愛い』

 初めてだった。そんな風に言ってくれたのは。仲間達からは「気持ち悪い」と言われて笑えなかった。笑顔の作り方すら、分からなくなっていた。

 でも、リベルテは違った。彼だけは、少年の笑顔を褒めてくれた。ずっと傍に居てくれた。可能な範囲で街を案内してくれた。場所を移動する度に「大丈夫か?」と声をかけてくれた。

 リベルテと過ごす日々は本当に幸せで、笑みがこぼれるほど少年は毎日が楽しかった。しかし、幸福だと感じれば感じるほど、罪悪感も感じていた。ふとした時に「王子を殺せ」と言う言葉が頭を過ぎり、少年は泣いて謝り続けた。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 謝っても、謝っても、仲間達の言葉が頭から離れず、リベルテに知られたらと思うと、急に怖くなった。

 拒絶されるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。嫌われるかもしれない。

 そう思うと、誰にも本当の事を話す事が出来なかった。何度も言おうとして、結局言えぬまま、日々を過ごしていた。「王子を殺す」と言う目的は隠したまま、少年はリベルテの傍に居たいと願い続けた。

 けれど、その願いが叶う事はなく、とうとう知られてしまった。

「王子を殺さなければ、お前は泡となって消える」

 海を一望出来る小高い丘で海を眺めていた時、海から顔を出した人魚にそう言われ、少年は「出来ない」と必死に訴えた。

  しかし、少年の気持ちは仲間達には届かなかった。「王子を殺せ」と冷たく言われ、少年はその場に崩れ落ちた。その時の会話を、リベルテの兄であるユリウスに聞かれ、少年は涙を流し続けた。

 人を殺す事は重罪。それが一国の王子ならば、罪の重さは何十倍にも膨れ上がる。知られてしまった以上、城に戻る事は出来ない。戻っても、居場所は何処にもないと、少年は思い込んだ。

 仲間達は「王子を殺せ」と言うが、少年は出来なかった。リベルテの兄であるユリウスも、とても優しい人だった。リベルテと結ばれる事を誰よりも願い、二人が幸せになれるなら、と頭を撫でながら微笑んでくれた。

「弟を支えてやってくれ」と言ってくれた人を、殺す事なんか出来ない。ユリウスを殺せば、大好きだった姉を蘇らせる事が出来るかもしれない。泡にならなくていいかもしれない。仲間が許してくれるかもしれない。思いはするものの、他人の命を奪ってまで助かりたいとは思わなかった。誰かの命を犠牲にして姉を蘇らせても、きっと姉は喜ばない。

 必死に考えて少年が出した答えは、自分で自分を殺す事だった。ユリウスの思いを、リベルテの優しさを、踏み躙る事は出来ない。

 王子を殺す為に渡されたナイフで、少年は自分の心臓を貫いて、泡となって消えた。




 今までの出来事を思い出し、これは夢だと少年は思った。

「ゆめ?」

 死んでも、夢って見るのかな?
 もし、そうなら、すごく、わがままな夢だなぁ……

 ゆっくりと体を起こし、眠るリベルテにそっと近寄る。震える手で頬に触れた瞬間、心が温かくなるような気がした。

「リベル……さま……」

 起きてほしい。気付いてほしい。笑ってほしい。もう一度、名前を呼んでほしい。

 近寄れば近寄る程、欲求は増し、自分でもどうする事も出来ないくらい、感情を抑えられなくなっていた。リベルテの頬に触れた手はそのままに、少年はゆっくりと顔を近づけてゆく。少しずつ二人の距離が縮まり、後少しで唇が重なりそうになった時だった。

「ん……」
「ひ!?」

 気が付いたのか、閉じられていたリベルテの目がゆっくりと開く。青にも翠にも見える、宝石のような綺麗な瞳。うっすらと開いていた目がだんだん大きくなる。その瞳が少年を写した瞬間、リベルテは飛び起きた。

「シンジュ!? 目が覚めたのか!? 体、どこも痛くないか!? 苦しくはないか!?」
「…………」

 両手で両肩を掴まれ、心配そうに見詰めるリベルテの姿に、シンジュと呼ばれた少年は静かに涙を流した。

 あぁ、リベルさまだ。とても優しい、リベルさま……初めて会った時も、すごく心配してくれた。帰る家も、家族も居ないと伝えたら、一緒に住もうと言ってくれた。居場所が無かった僕に、居場所を与えてくれた。

 何も、できないのに……
 何の役にも立たないのに……
 迷惑ばかりかけて、困らせてばかりいたのに……
 お礼をすることも、できなかったのに……

 嬉しい。悲しい。悔しい。怖い。様々な感情が混ざり合って、どうして泣いているかもわからない。

「シンジュ?」

 優しい声。ずっと、聞きたかった声。
 どうして、リベルさまは、こんなに優しいの?
 僕が創った夢だから?
 夢だから……そうだ、これは、夢、なんだ。

 夢で良かった。夢なんだ。現実じゃない。これは、夢。僕が勝手に創った、とてもわがままな夢。それなら……

「いい、よね?」
「シンジュ?」

 心配そうに名前を呼ぶリベルテの頬に、もう一度手を添える。キョトンとした瞳をして見詰めるリベルテに、シンジュは嬉しそうに微笑んだ。

「ゆめなら、いいよね?」

 ゆっくりと顔を近づけ、シンジュは小さく呟く。お互いの唇が触れそうなほど近づき、シンジュはリベルテを見詰めながら口を開いた。

「すきです。リベルさま……」

 頬を赤く染め、シンジュはリベルテにそっと口付けた。

 ずっと、この夢が続けばいいのに……
 リベルさまと一緒に過ごせたら……
 ずっとリベルさまの傍に居れたら……

 それは叶わない願いだと知っていながら、それでも、シンジュはリベルテと共に生きたいと、強く願った。
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