神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第2章

日記2

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 インクが滲み、くしゃくしゃになった日記。文字と紙を見るだけで、泣きながら日記を書いた事が伝わってくる。

「シンジュ……」

ずっと、一人で抱え込んでいたんだ。誰も助けてくれない環境で。姉の死を知って、仲間に見放されて、人殺しを強要されて……

でも、殺せなくて、殺したくなくて……だから……

「殺して、なかったんだ。彼奴は、シンジュを助けようとして……でも、間に合わなくて……」

 シンジュは、自ら命を絶った。

 それが真実だと思った。ユリウスが何故「殺した」と言ったのか、それは分からない。けれど、シンジュを殺していない事だけは本当だと、リベルテは思った。

「最低、じゃねぇか。シンジュは護れなくて、彼奴が言った事が真実だと思い込んで……何も知ろうとしないで、他人を責めてばっかで……」

 最低だ!

 日記を読み終え、リベルテは涙を流し続けた。手で顔を覆い、何度も「最低だ」と「ごめん」と言うリベルテの姿を見ていられず、夕は視線を日記に向けた。

 その時、日記から小さな紙がカサリと床に落ち、夕は落ちた紙を拾う。紙に書かれた内容を見て、夕は目を輝かせ「そう言う事か!」と呟く。

「リベル! これ!」

 突然、明るい表情をして、一枚の小さな紙切れを見せてくる夕に、リベルテは狼狽える。目を輝かせて紙をリベルテに渡し、夕は口を開いた。

「シンジュは今も生きてる! ちゃんと、生きてるんだよ!」
「は?」

 あり得ない。

 夕の言葉を聞いて、リベルテは思った。シンジュは何処にも居ない。泡となって消えてしまった。

「ユウ、悪いが、今はそう言う言葉は聞きたく……」
「出来るんだよ! お前とユリウス様が居れば!」
「……そんなの、出来る訳……」

 言いながら、リベルテは夕から渡された紙切れが視界に入り、目を見開いた。




 人魚は、一度だけ蘇らせる事が出来る。

 その人魚が誰も恨まず、誰も傷付けず、澄んだ清らかな心を持ったまま命を落とした場合、肉体が滅んだとしても、魂は海の宝玉となって眠り続ける。

 人魚を蘇らせる為に必要なものは、海水と月の光、若しくは月夜に産まれた者の治癒の光と、人魚を心から愛する者の祈り。

 海の宝玉を海水に浸し、月の光を浴びせ、その人魚を愛する者が一晩中祈りを捧げる。

 愛する者の愛が本物ならば、人魚はこの地に蘇り、二人は永遠に結ばれる。


「海の、宝玉」

 紙に書かれた内容を確認し、一瞬期待に胸を膨らませるが、リベルテは諦めたような表情をして俯いた。

「やっぱり、無理だ」

 人魚を蘇らせる方法が分かっても、条件が満たされていない。海の宝玉、シンジュの魂が何処にあるのか、リベルテは分からない。もし、見付けられたとしても、シンジュを蘇らせる事は出来ない。

「無理じゃない! あるんだよ! 海の宝玉が! シンジュの魂が、此処にあるんだよ!」
「え?」

 夕から何かを握らされ、リベルテはゆっくりと手を開く。掌の上には、とても美しい小さな貝殻。水晶のような透明な貝殻の中に、水色の珠が淡く光っている。

「シンジュ、なのか? これが……」

 リベル、さま……

「っ」

 声が、聞こえた気がした。自分の名を呼ぶ声。愛おしそうに、けれど泣きそうな声。ずっと聞きたかった声に懐かしくて愛おしい温もり。

「シンジュだ。生きてる。此処に、ちゃんと居るんだな……」

 よかった。

 貝殻にそっと触れ、リベルテは涙を流して喜んだ。

 死んだと思っていた。殺されたと思っていた。けれど此処に、シンジュは居る。海の宝玉になってしまったけれど、ちゃんと生きている。

『シンジュは、眠ってるだけだ。時が満ちたら、きっと……』

 ふと、鈴が言っていた言葉を思い出す。あの時は、鈴が気を遣ってあんな事を言ったのだと思っていた。

「本当、だったんだ。夢じゃ、ないんだな」

 鈴が言っていた事も、夕が言っている事も、全て真実。

「シンジュに、会える」

 シンジュが蘇るのかは分からない。けれど、ここまで来たら、二人の言葉を、この紙に書かれた内容を、信じたいと、リベルテは思った。




 漸く落ち着いたリベルテに、夕は優しく声をかける。

「落ち着いたか?」
「あぁ。悪かったな」
「別に気にしてねぇよ。それと、後でいいから、ちゃんと鈴にお礼しろよ」
「スズに? そう言えば、姿が見えねぇけど、スズはどうしたんだ?」
「眠ってる。医師によると、数日は起きないってさ」
「数日も? 大怪我でもしたのか?」
「分からない。命に関わる程深刻ではないが……若しかしたら、シンジュを蘇らせる為に鈴も動き回っていたのかもな。海の宝玉も、日記も、この水の入った小瓶も、全て鈴から渡されたものだから」
「そうか」

 言いながら、リベルテは貝殻を見詰める。淡く光る水色の珠。シンジュの魂そのもの。シンジュを蘇らせる為に、夕も鈴も必死に動いてくれた。リベルテの為に、ユリウスの為に、シンジュの為に……

 自分に出来る事がどれだけ小さな事でも、無駄な足掻きだったとしても、何もせずに諦めるよりかはマシだ。もし、今ここで諦めてしまえば、二人の努力を無駄にしてしまう。それなら、僅かな希望が、可能性があるなら、縋りついてみよう。もう一度、シンジュに会えるなら、何だってやってやる。

「九年、か……」

 意気込んでみたは良いものの、シンジュを蘇らせる為には月の光が必要不可欠。次に月が昇るのは九年後。本当は、今すぐにでもシンジュを蘇らせたいが、時間だけはどうする事も出来ない。

 気長に九年待とうかとリベルテが考えていた時、夕が「出来るだろ?」と満面の笑みを浮かべて言う。

「は?」

 夕の言葉にリベルテは驚くが、夕は笑顔のまま「ユリウス様だよ!」と大声で叫ぶ。

「ユリウス様は満月の夜に産まれたんだよな?」
「え? あ、あぁ。そうらしいが……」

 そこでリベルテはハッとして紙をもう一度読み直す。

『人魚を蘇らせる為に必要なものは、海水と月の光、若しくは……』

「月夜に産まれた者の治癒の光」

 月夜に産まれた者。確かに、ユリウスは月夜に産まれた。銀色の髪がその証拠。けれど……

「治癒の光なんて、彼奴は持ってない筈だが……」
「ユリウス様なら可能だぜ。だって、お前の怪我を治したのはユリウス様だからな」
「は?」

 信じられない。

 それがリベルテの率直な感想だった。勘違いだったとは言え、リベルテは今迄散々ユリウスに対して酷い言葉を浴びせ続けたし、憎み続けていた。嫌われて当然の事をしているのに、ユリウスが助ける筈がない。それに、いくらユリウスが優れていても、他人の怪我を治癒する能力は持っていない。

「信じられないかもしれないが、本当だ。ユリウス様がお前の怪我を治したんだ。だから、シンジュの事も……」

 協力してくれる。

 そう言うが、リベルテは首を横に振った。ユリウスが協力してくれる訳がないと夕に伝え「月が出る迄、気長に待つ」と言うと、夕は真剣な顔で口を開く。

「待てるのか? 九年も。シンジュは近くに居るのに、条件だって揃ってるのに。それでも、待つのか?」
「…………」

 待てない。待てる筈がない。本当は、今すぐにでもシンジュに会いたい。会って、今迄の事をちゃんと謝って「一緒に生きたい」と伝えたい。

「頼むだけ頼んでみようぜ。ユリウス様なら、協力してくれる筈だ」

 あまり気は乗らないが、シンジュに会いたい気持ちは抑えられず、リベルテはユリウスに頼んでみる事にした。リベルテが「頼んでみる」と小さく呟くと「なら、決まりだな」と言って、夕はリベルテの手を握りユリウスの元へ急いだ。
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