上 下
20 / 88
第2章

日記1

しおりを挟む
 急いでリベルテの居る砂浜へ鈴が向かうと、夕が必死にリベルテの名を呼んでいた。

「リベル!」

 倒れているリベルテの背にナイフが深々と刺さっている光景を目の当たりにし、鈴も慌てて駆け寄った。

「リベル……」
「鈴! 手を貸してくれ! このままじゃ、リベルがっ」
「っ」

 夕に言われ、鈴は我に返り、リベルテを城に運ぶ事にした。なるべく出血しないように、傷口が悪化しないように慎重に。そうして何とか城に辿り着き、鈴はクラウスとユリウスを慌てて呼び、今までの経緯を説明した。

 説明を終え、クラウス達がリベルテを医務室に運ぶのを見届け、鈴はその場に膝をついた。

『そう遠くない未来、ボウヤは深い眠りに就く。海の宝玉の穢れを浄化した反動でね。命の危機はないが、眠ってしまうと数日は目を覚まさない』

「はや、すぎ、るんだよ」

 人魚に言われていた事を思い出し、鈴は一人愚痴る。急激な眠気に襲われ、鈴は眠らないように目に力を入れる。

 様子の可笑しい鈴を心配した夕が慌てて駆け寄って来る姿が、鈴の掠れる視界に映った。泣きそうな表情で名前を呼ぶ夕に、鈴は人魚から貰った海の宝玉と本と水の入った小瓶を渡す。

「こ、れを……リ、ベルに……」

 伝えたい事を夕に伝えると、鈴は眠気に逆らえず、そのまま眠ってしまった。




 目が覚めて、リベルテは泣きたくなった。ベッドから起き上がり、痛みを全く感じない事を不思議に思っていると、突然バンッと勢い良く扉が開き、リベルテはビクリと肩を震わせた。

「リベル! 無事か!? 怪我は!? 痛みは!? ちゃんと、生きてるよな!?」
「ユ、ウ?」

 ベタベタと体を触る夕に、リベルテは頭が付いて行かない。覚えているのは、突然背後から刃物で刺された事と、刺した者が残した台詞。

『お前達が死ねば、ヒスイが蘇る』

 ヒスイと言う人物に、心当たりはない。誰かに恨まれているのかと思うも、邪魔者扱いされる事に慣れたリベルテは、考える事を放棄した。

 どうでも良い。シンジュの居ない世界で、彼奴を憎み続けるのは、本当に疲れる。シンジュの居る場所へ行けるなら、天国でも地獄でも良かった。この世界じゃないなら、死の世界でも良かった。それなのに……

「なんで、俺、生きてるんだ?」
「リベル?」

 気が付くと、リベルテは泣いていた。死にたかった。終わらせてほしかった。この世界で生きるのは、リベルテにとって拷問だった。シンジュを失って六年、その六年間、リベルテはずっと目標もなく生きていた。

「俺なんか、誰も必要としてねえだろ。彼奴の邪魔にしかならねえ存在なのに、なんで、俺は、まだ生きてるんだよ」
「リベル……」
「放っておけよ! 俺は、俺はっ、好きだったシンジュを護る事すら出来ない! 彼奴に敵う事も、周囲に認められる事もない! 俺が生きてたって、誰も喜ばない! あのまま、死なせてくれれば……」

 バチンッ!

 言い切る前に、リベルテは頬に痛みを感じた。夕がリベルテに平手打ちしたと気付くのに、少しだけ時間が掛かった。

「巫山戯た事、言うんじゃねえよ」
「ユ、ウ?」
「死んでも誰も悲しまない? 生きてても誰も喜ばない? それ、本気で言ってんのかよ」

 リベルテは何も言う事が出来なかった。夕の目を直視出来ず、リベルテは視線を逸らす。しかし、胸倉を掴まれ、強引に夕と視線を合わせられてしまった。

「答えろよ! お前が刺された時、俺がどんな気持ちだったか知らねぇだろ! ユリウス様とクラウスさんがどれだけ心配したか知らねえだろ! 鈴が助けを呼ばなかったら、お前、本当に死んでたかもしれないんだぞ! それなのに、死ねば良かった? 巫山戯るな!」
「い!」
「この事、シンジュが知ったらどう思う? 自分の命を投げ捨てて迄、お前の命を護ろうとしたシンジュの気持ちを、お前は裏切るのかよ!」

 何を言われたのか分からなかった。シンジュが、護ろうとした? 俺の命を? どうして。なんで、そう言い切れる? シンジュの事をあまり知らない夕が、どうしてシンジュの事を話せるんだ?

 リベルテが疑問に思っていると、夕が一冊の本を取り出し、リベルテに渡した。

「これ……」
「鈴に頼まれた。この本を、お前に渡してくれって」
「…………」

 青い表紙の本。この本に、リベルテは見覚えがあった。六年前、シンジュと出会って暫く経った頃、リベルテがシンジュに贈った本。シンジュが殺された後、彼のものは全て処分された。この本も、処分されたと思っていた。

「シンジュの、日記……」

 小さく呟くと、夕が「そうだ」と言い、リベルテは本の表紙を撫で、ゆっくりと日記を開いた。




 ページを捲る度に、リベルテは表情を歪めた。

「なん、だよ……これ……」

 日記には、シンジュが浜辺にいた理由も、何故泣いていたかも、シンジュの本当の気持ちも、全て書かれていた。

 シンジュは泡となった姉を生き返らせる為に、仲間達に無理矢理人間にされてしまった。姉を死に追いやったユリウスを殺す事が、人魚族の目的だった。姉を失い、故郷を失い、シンジュに残されたのは、王子を殺すと言う残酷な使命のみ。

 王子を殺さなければ、シンジュは海に帰れない。でも、本当は殺したくなかった。ユリウスは、姉を殺していない。救えなかっただけで、ユリウスはずっと姉の死を悔いていた。その事実を知った時、シンジュは「出来ない」と思った。

 それでも、仲間達から何度も「殺せ」と言われ、シンジュは泣いて謝り続けた。泣いて、謝って、けれど仲間は許してくれなくて……

 そんな時、何時もリベルテが傍にいてくれた。とても優しくてくれた。初めてリベルテと出会った時から、シンジュはリベルテに恋をした。リベルテと一緒に過ごす日々は、本当に幸せで、本当の目的すら忘れてしまえる程、楽しい日々だった。

 でも、それは叶わない淡い恋。シンジュの本当の目的を知ったら、きっとリベルテは軽蔑する。何度も言おうとして、結局言えなかった。拒絶されるのが怖くて、突き放されるのが怖くて、シンジュは本当の事を話せなかった。

 ずっと、リベルさまのそばにいたい
 リベルさまと、いきたい
 ころしたく、ないよ……
 つらい、くるしい、たすけて……
 リベル、さま

 滲んだ文字にそっと触れ、リベルテは静かに涙を流した。

「バカ、だなぁ……なん、で、俺……」

 気付けなかったんだろう。シンジュが、泣いていた理由も、苦しんでいた理由も……何も、気付けなかった。シンジュが何処かに行ってしまうのが怖くて、消えてしまうのが怖くて、何も聞けなかった。

「ちゃんと、聞いておけば……俺が、シンジュの話を聞いていれば、シンジュは……」
「リベル」

 シンジュが何度も死のうとしたのは、ユリウスを殺さなければ、泡となって消えてしまうからだった。ユリウスを殺せないシンジュは、自分の死を選んだ。自分が消えてしまえば、ユリウスもリベルテも悲しまない。人魚族は、シンジュに王子を殺せと命令したが、シンジュは殺さなかった。

 六年前の満月の夜。あの日、シンジュは最初から泡になるつもりで、城から姿を消した。

 ごめんなさい。

 日記に、謝罪の言葉を残して……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...