神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第2章

回想3

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 最後にリベルテが辿り着いたのは、海が一望出来る小高い丘だった。其処には、夜の海を静かに眺めるユリウスの姿があった。

「あに、うえ……シンジュが、シンジュが何処にも居ないんだ! 頼む! 一緒に、シンジュを捜して……」
「殺した」
「え?」
「シンジュは、俺が殺した」
「ころ、した?」

 ユリウスの言葉が信じられず、リベルテは言葉を失う。ユリウスはリベルテの目を見て、無表情のままゆっくりと口を開いた。

「シンジュの本当の目的は、俺とお前の命を奪う事だった」

 だから、その場で斬り捨てた。

 何を言われたのか理解出来ない。兄上は何て言った?殺した?誰を?シンジュが、俺を殺そうとしていた?

「うそ、だよな? 冗談、だろ?兄上が、シンジュを殺す訳……やめてくれよ、こんな時に、兄上が冗談何て『リベル』」
「現実を受け入れろ」

 気が付くとユリウスを殴っていた。嘘だと思っていた。ユリウスがシンジュを殺す筈がないと。そんな淡い期待も虚しく、ユリウスは死刑宣告のように無慈悲に言葉を紡いだ。

「……んで、だよ。どうして、殺したん、だよ。シンジュが、兄上と俺の命を狙ってた? そんな事、ある訳ねぇだろ! シンジュは、彼奴はずっと何かに怯えてたんだぞ! 刃物を見る度に、何度も謝って、泣いて……」
「…………」
「誰かに脅されてたかもしれないのに、理由も聞かずに殺したのかよ。俺達の命を狙ってるだけで、シンジュを殺したのかよ!」
「あぁ、そうだ」
「巫山戯るな! 俺には、シンジュしか居ないのに! シンジュだけがっ、俺の生きる理由だったのに! 兄上に敵わなくても、誰にも認めてもらえなくても、俺は、俺は、シンジュが居れば、シンジュと生きられるなら、それだけで良かったんだ!」
「…………」
「るさない……絶対に、許さない。お前何か、もう兄上でも何でもない。周りの奴等がお前を認めても、俺はお前の存在を認めない。周りがお前を崇めようとも、俺はお前を憎み続ける。彼奴らが言った通りだ」
「リ、ベル」
「お前は、呪われたツキモノって言う化け物なんだろ? 人を不幸にしか出来ない化け物……きっとお前の大好きな『あの方』だって、何時かはお前を拒絶する」
「な!?」
「苦しみと孤独の中で生き続けろ。人を不幸にしか出来ない、醜い化け物!」

 兄を慕う弟の姿は、もう何処にもなかった。満月の夜、最愛の人を兄であるユリウスに殺され、リベルテはユリウスを憎むようになってしまった。それでも、リベルテはユリウスを殺す事は出来なかった。




 心の何処かで、まだユリウスの事を家族だと思っているのかもしれない。憎いと思っても、ユリウスを心の底から憎いと思えず、中途半端な憎悪を抱いたまま、リベルテは今迄生きてきた。

「後になって、シンジュが人魚だって知ったんだ。人魚族は、人間を心の底から憎んでいる。大事にしていた人魚を、人間に殺されたらしくて、その復讐をする為に、シンジュが俺と彼奴を殺そうとしたんじゃないかって……」
「リベル」
「でも、シンジュがそんな事をするとは思えなくて……彼奴の言った事は、嘘なんじゃないかって思うようになって……若しかしたら、海の中で生きてるかもしれないって、自分に言い聞かせて、シンジュを捜した。街の中も、森の中も、海も……」
「…………」
「けど、シンジュは何処にも居なかった。その現実を見る度に、彼奴を見る度に、あの時の事を思い出して……殺したくせに、何時も俺に対して申し訳なさそうな顔をする彼奴が、許せなくて……憎い筈なのに、どうしたら良いか、分からないんだ。彼奴の事も、シンジュの事も……」
「…………」
「情けない話だろ? 俺は、何時も中途半端だ。シンジュを護るって言った筈なのに、結局護れなかった。彼奴を憎むと決めたのに、殺す事も出来ない」

 力なく笑うリベルテに、夕は何も言えなかった。何を言えば良いのか分からず、視線を海へ向ける。青い空、青い海。視界に映る景色はとても綺麗なのに、夕は余計悲しい気持ちになった。

「リベ……」

 黙っていては駄目だと思い、夕は口を開いたが、途中で何も言えなくなった。夕がリベルテに視線を戻したと同時に、リベルテがその場に倒れたからだ。

「リベル!?」

 倒れたリベルテの背を見て、夕は顔を真っ青にし、声を荒げた。彼の背には、ナイフが突き刺さっていた。

 何時の間に?
 誰が刺したんだ?
 何の為に?

 幾つもの疑問が思い浮かんだが、全て消え失せた。

「リベル! しっかりしろ! リベル!」

 リベルテの表情は痛みで歪み、息も荒い。刺された場所から流れる血を見て、夕は大声で叫んだ。

「リベル!」

 夕が叫ぶと、リベルテは薄っすらと目を開き、歪んだ視界で夕を見る。必死に名を呼ぶ夕に、リベルテは痛みに耐え笑顔を作った。

「と、兎に角、助けを呼……」

 立ち上がろうとした夕の手を握り、リベルテは首を横に振った。「呼ばなくて良い」と掠れた声で言うリベルテに、夕は驚き、言葉を失う。

「もう、いいんだ……つかれた……あい、つを、にくむ、のも……しん、じゅ、を、さがす、のも……この、せかいで、い、きるの、も……」

 何もかも、疲れてしまった。

 丁度良い。これで終われるなら、死んでも構わない。シンジュの居ない世界で生きるくらいなら、真実も分からず、憎み続けるくらいなら、今此処で、シンジュと出会った場所で死ぬのも、悪くない。

 痛みで薄れゆく意識の中、夕が悲痛に何かを叫んでいる姿を最後に、リベルテは完全に意識を失った。

「しん、じゅ……」

 最後に、最愛の人の名を呟いて……
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