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第2章

回想2

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 少年を連れ帰った日から、リベルテは再び勉学や武術に励むようになった。城から抜け出す回数も減り、使用人や兵士達はほっと胸を撫で下ろした。

 淡い青色の髪、水色の瞳。とても華奢で、笑顔が可愛い。内気で人見知りな性格の少年は、城に仕える者達の庇護欲を掻き立てた。声が出せない、足が痛くてまともに歩けないと知った時、彼等は親身になって甲斐甲斐しく少年の世話をしようとしたが、全てリベルテとクラウスに止められてしまった。

 リベルテが常に少年の傍に居て、リベルテが居ない時はクラウスが、二人が居ない時はユリウスが、三人が少年の傍に居る為、使用人や兵士達が少年に近寄る事は出来なかった。

「兄上、シンジュって何であんなに可愛いんだろう」
「可愛いからじゃないのか?」
「成る程。可愛いから可愛いんだな」
「あの方には劣るがな」
「兄上は何時も『あの方』だな」
「俺はあの方に恩を返す為に此処に居る」
「その人、そんなに強くて可愛いのか?」
「可愛くはない」
「は?」
「最初は『コイツ、馬鹿なのか?』と思った。俺よりも年上なのに『オバケが怖い』と言っていた」
「え? 可愛いじゃん」
「あぁ。今思うと、とても可愛い。無理矢理林檎の焼き菓子を口に突っ込まれた時は死を覚悟したが、その時に見せた不敵な笑みも、温かさも、優しい言葉も、全て愛おしくて仕方ない」
「ふぅん。何か、安心した」
「何がだ?」
「実を言うと、俺、心配だったんだ。シンジュが、兄上の事を好きになるんじゃないかって……」
「…………」

 城の者は勿論、他の王族貴族の娘や息子達は何時もユリウスに熱い視線を向けていた。端正な顔立ちに、文武両道で国の後継者。既に、国の統治者はユリウスに確定していた。リベルテにも王位継承権は有るが、リベルテはその権利を放棄している。

 城から抜け出し、街や森を探索するリベルテを、周囲の者達は快く思っておらず、今でも「遊び人」「王族の恥晒し」と噂されている。しっかり者の未来を約束されたユリウスと、不安定な立場で悪い印象しかないリベルテ。

 選ばれるのは何時だってユリウスだ。その事を悔しいと思った事はないが、シンジュは別だった。最初、リベルテはユリウスにシンジュを紹介する事を嫌がった。

 もし、シンジュが俺より兄上の方が良いと言ったら……

 もし、兄上がシンジュの事を好きになったら……

 考えれば考える程、ユリウスの方がシンジュには相応しいと思えてしまい、リベルテは気が気では無かった。しかし、それはリベルテの杞憂に終わった。

 シンジュをユリウスに紹介した時、シンジュはリベルテの手を強く握り締め、不安そうにリベルテを見詰めていた。「兄上の方が良いなら、兄上の部屋に……」とリベルテが言った瞬間、シンジュはリベルテに抱き付いて首を横に振った。

 声にならない声で、泣きながら必死にリベルテから離れようとしないシンジュ。シンジュの言葉を聞いた瞬間、リベルテはシンジュを強く抱き締めた。

 いや、です、リベル、さまが、いい……リベルさまじゃなきゃ、いや。

 シンジュはユリウスではなく、リベルテを選んだ。周囲はユリウスを選び、リベルテを選ぶ者は居ない。誰もリベルテの努力を認めてはくれなかった。

 しかし、シンジュは違った。自分を選んでくれた。認めてくれた。リベルテを選んでくれたのは、認めてくれたのは、シンジュが初めてだった。その事実が嬉しくて、何よりもシンジュの存在が愛おしくて、リベルテはシンジュを抱き締めたままだった。

 そんな経緯があり、今はユリウスとの仲も良く、こうしてお互いにノロケ話も言い合える。ユリウスが何時も言っている「あの方」に会ってみたいとも思った。

「再会出来たら、俺にも紹介してくれよ」
「無論だ。お前も、シンジュと結婚する時はちゃんと俺に報告しろ」
「あぁ、勿論。シンジュは俺が絶対に幸せにするって決めたからな」
「ならば、強くならねばな」
「あぁ、兄上よりも、強くなってやる」
「期待している」

 ユリウスとリベルテは笑い合い、強くなる為に鍛錬を再開した。二人の目は輝いており、強い意志が宿っていた。




 しかし、幸せは長く続かなかった。満月の夜、シンジュが行方不明になった。リベルテは必死にシンジュを捜した。城の中は勿論、街の中や森、二人で行った場所は手当たり次第捜した。海にも行って捜したが、シンジュを見付ける事は出来なかった。

 クラウスにも協力して捜して貰ったが、シンジュは見付からなかった。

「ご、めん、なさい」

 シンジュは何時も何かに怯え、泣きながら謝っていた。リベルテと一緒にいる時も、笑ったと思ったら、急に俯いて泣きそうな表情をしていた。リベルテはシンジュを抱き締めて、何度も「大丈夫」と言ったが、シンジュは泣きながら謝り続けた。

 そんなある日、リベルテは自室に見慣れないナイフがある事に気付き、そのナイフを手に取った。その瞬間、シンジュがリベルテを突き飛ばし、床に落ちたナイフを窓の外に放り投げてしまった。

 だめ、できない、いやだ、ゆるしてください、ぼくにはできない、いやだ、いや。

 ナイフを捨てた後、その場に蹲り、シンジュは泣きながら言葉を紡いだ。声が出ない為、空気の音しか聞こえないが、リベルテはシンジュの言葉を聞き取れた。

 何をそんなに怯えてるんだ?
 何がお前を苦しめてるんだ?
 どうすれば、お前は笑ってくれるんだ?

 シンジュを抱き締めて問うが、シンジュは首を横に振るだけで、答えてはくれなかった。その日から、シンジュは以前よりも怯えて泣く回数が増え、何度も窓から飛び降りようとしたり、海に身を投げようとしたりした。

 全て未遂で終わっているものの、リベルテは気が気では無かった。シンジュの傍に居ても、リベルテは不安だった。

 何時か、シンジュは消えてしまうのでは無いか。

 嫌な考えばかりが思い浮かび、リベルテはその思いを打ち消した。きっと思い違いだと、シンジュは此処に居ると、そう自分に言い聞かせて。残酷な事に、リベルテの不安は現実になってしまった。
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