神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第2章

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 六年前。ユリウスが十五歳、リベルテが十三歳だった頃。

「いっ、てぇ! 弟なんだから手加減してくれよ」
「手を抜いては鍛錬にならぬだろう」
「だからって此処までする必要はねぇだろ!」
「嫌なら強くなれ」
「はぁ」

 この頃の二人は、まだ兄弟と言える仲だった。剣術や武術の鍛錬をする時は、ユリウスとリベルテは何時も一緒に励んでいた。何度も何度もユリウスに挑むが、リベルテがユリウスに勝った事はない。

 それでも、この頃のリベルテはユリウスの事を嫌ってはいなかった。武術や剣術がユリウスに敵わなくても、勉学や知識が劣っていても、リベルテは兄であるユリウスを本当に尊敬していた。

『ユリウス様は本当に優秀な方ですね』
『何でも医学の勉強もなさっているとか……』
『ユリウス様がこの国を治めて下さったら、きっと良い国になるに違い無いわ』
『リベルテ様では……ねぇ』

 使用人や兵士達はユリウスの事を褒め称えた。無理も無い。ユリウスは何でも完璧にこなしてしまう天才。顔立ちも綺麗で、性格も良く、誰もがユリウスを認めていた。

 それに対し、リベルテに対する周囲の態度は冷たかった。勿論、城の者から直接言われた訳では無い。使用人や兵士達の噂話を、リベルテは偶然聞いてしまったのだ。

『リベルテ様では、この国を治められない』と。
『リベルテ様がユリウス様に敵う筈がない』と。
『王子はユリウス様だけで良かったのに』と。

 初めて周囲の本音を聞いた時、リベルテは酷く落ち込んだ。自室から出ようとせず、城に仕える使用人達を遠ざけた。

 そして、リベルテは必死に努力した。ユリウスに一つでも勝てるようになろうと。周囲の人を見返してやろうと。出来そうな事は何でもやった。勉学も、武術も、経済も、政治も、必死に勉強し続けた。

 それでも、リベルテがユリウスに敵う事はなかった。リベルテの必死な努力は、高熱を出して寝込む形で自分に返って来た。そんなリベルテを、心配する者は居なかった。リベルテが寝ていると思ったのだろう。使用人は油断して口を滑らせてしまった。

「気楽で良いわね。ユリウス様は必死に努力なさっていると言うのに……」

 限界だった。ユリウスの事は皆認めているのに、リベルテを認めてはくれなかった。どんなに頑張っても、必死に努力しても、何をしても、結局全ては無駄な足掻きだったんだと、リベルテは気付いてしまった。

「何時か兄を超えてみせる」と言う思いは「何をしても兄には敵わない」と言う諦めに変わり「周囲に認めてほしい」と言う願いは「どうせ誰も認めてくれない」と言う諦めに変わった。

 鍛錬や勉学を怠るようになり、城から抜け出すようになった。街を見て回ったり、森の中を探索したり。城に居る時よりも、そちらの方がリベルテは居心地が良かった。

 気が付くと、城を抜け出す事がリベルテの日課になっていた。使用人やクラウスに注意されても、怒られても、リベルテは懲りずに何度も城から抜け出した。




 その日も、リベルテは城から抜け出し、砂浜を歩いていた。晴れ渡る青い空に、澄み切った綺麗な海。波の音を聞きながら砂浜を歩いていた時、リベルテは足を止める。

「何か、あったのか?」

 淡い青色の髪に、水色の大きな瞳。驚いて振り返った少年の顔はとても幼く。リベルテから逃げようと咄嗟に立ち上がろうとするが、少年は顔を歪め、その場に倒れ込んでしまう。

 慌てて駆け寄り、リベルテは自分が羽織っていた上着を被せ、少年を抱き起こした。リベルテが少年を見付けた時、少年は一糸纏わぬ姿で砂浜に座り込んでいた。海で泳ごうとして服を脱いだのかと思うも、海で泳ぐ季節は既に終わっている。少年の周囲を見ても、服は見当たらない。

「どこか、痛いのか? 服はどうしたんだ? 誰かに苛められたのか?」

 少年の肩に手を置き、質問するが、少年は俯いて何も答えてはくれない。静かに涙を流す少年を放って置く訳にも行かず、リベルテは少年の手を握った。

「家に、来るか?」

 涙を流す少年に、リベルテは優しく言葉を紡いだ。少年は驚き、リベルテを凝視する。涙で潤んだ円な瞳、赤く染まった頬、怯えながらリベルテを見上げる少年。不謹慎だと分かっていても、リベルテは可愛いと思ってしまった。

「は、裸で歩いてたら、あ、危ないだろ? そ、それに、風邪をひいたら、た、大変、だし……と、兎に角、お前は一度家に来い! そ、そこで、事情、聞くから……」

 少年の手を握り、リベルテは顔を赤くしながら必死に少年を説得しようとした。説得とは程遠い、支離滅裂で無茶苦茶な言い方になってしまったが、少年には伝わった。必死に説得するリベルテの姿を見て、少年は涙を流しながら、クスリと笑った。

「は、ぅ」

 花が綻ぶような笑顔を見て、リベルテは更に顔を赤くした。

 あ、あんなの、反則だろ。見付けたのが俺で良かった。俺じゃなくて、他の奴に見付かってたら、何をされるか……肌は白くてスベスベだし、髪はサラサラだし、目も大きくて綺麗だし、華奢だけど、裸は見てて飽きな……はっ!

「ち、違う! お、俺は、俺は変態じゃない! お前の事、か、可愛いとか、裸が綺麗とか、見たいとか、ちっとも思ってないからな!」

 墓穴を掘っている事に気付かず、リベルテは言い訳にならない言い訳を述べ続けた。「可愛い」「綺麗」と、リベルテに何度も言われ、少年は恥ずかしくなりリベルテの口を手で塞いだ。「ん」と口籠るリベルテと、顔を真っ赤にして別の意味で涙目になっている少年。

 お互い顔を赤くして、恥ずかしさの余り、暫く指一本動かす事が出来なかった。



 少年を連れて帰ったリベルテを待っていたのは、険しい表情をしたクラウスだった。

「児童誘拐は犯罪ですよ?」
「誘拐じゃない。保護だ」
「犯罪者は皆同じ事を言います」
「犯罪でもない。砂浜に裸で泣いていたから連れて来ただけだ」
「衣服を破り捨てたのですかっ!」
「破いてねえよ! 俺が見付けた時にはもう裸だったんだよ!」
「何て事を……勉学も武術も怠り、城から抜け出して遊び呆け、更に誘拐まで。何時かはこうなるだろうと思っていましたが、まさかこんなに早く悪に手を染めるとは……あぁ、何と嘆かわしい」
「いい加減にしろよ、クラウス。俺は誘拐何かしてない。心配だったから連れて来たって言ってるだろ」
「はいはい。保護と言う名の誘拐ですね」
「おいっ」

 リベルテが少年を連れて来ると、クラウスは何度も「誘拐」「犯罪」と言って、リベルテの話をまともに聞こうとはしなかった。ずっと口論を続ける二人を見て少年は不安になり、リベルテの袖口を引っ張った。

「なに?」
「……っ、……、……、……」

 少年は何度も口を開けては閉じ、リベルテに必死に何かを訴えた。少年の口の動きを見詰め、リベルテは少年の言葉を拾った。

「ぼく、じゃま……な、ら……うみに、もど、る?」

 少年の言葉を理解した瞬間、リベルテは「駄目、絶対駄目だ!」と叫び、少年を強く抱き締めた。

「戻ったら襲われる! 悪い大人達の餌食になるぞ! お前、声が出ないし、足だって痛いんだろ? 今だって、我慢して立ってる。痛いって顔に出てる。まともに歩けない、声も出なくて、どうやって生きて行くんだ? 帰る場所、あるのか? 家族は、居るのか?」

 少年は俯いて首を横に振った。悲しい表情をして、リベルテの袖口を強く握り締める。その手は、震えていた。

「俺がお前の家族になる! 何があっても、俺が必ず護ってやる! だから、だから笑え!」

 お前は、笑った方が可愛い!

「…………」
「あ」

 また、やってしまった。

 言った後で、リベルテは後悔した。怯えて泣き続ける少年を安心させたくて、笑って欲しくて、リベルテは必死だった。問題発言をしてしまったと言った後で気付き、慌てて言い訳を考えるが、何も思い付かない。

「あ、あのな、その、家族って言うのは、その、つまり、け、結婚してください! って、違うっ、いや、違わないけど、えっと、その……お、お、お嫁さん!」
「…………」
「はっ!」

 い、言い間違えたぁああああああああ! お兄ちゃんって言うつもりが、お兄ちゃんって言うつもりだったのに、本音の方が、本音が……

 悶絶するリベルテを見て、少年はほんのりと頬を赤く染め、恥ずかしそうに微笑んだ。クスクスと笑う少年に、リベルテは顔を赤くして「笑うな」と弱々しく訴える。それでも、二人はとても幸せそうに笑い合っている。出会って間もないと言うのに、二人の雰囲気はとても甘い。砂糖よりも甘い。

「青春、とでも言うんでしょうか」

 二人だけの世界に入り浸っている姿を眺め、クラウスは呆れたような声で呟いた。
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