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第2章

兄弟喧嘩の原因2

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 ユリウスの言った事が信じられず、夕は震える声で口を開いた。

「嘘、ですよね?」
「…………」
「クラウスさん!」
「ユリウス様は……」
「本当だ」
「そんな!」
「私が、殺した。シンジュを。彼奴の、最愛の人を、この手で、殺した」

 信じたくなかった。聞きたくなかった。それでも、ユリウスはハッキリと言った。「シンジュを、殺した」と。

 鈴が去った後、夕は二人に連れられ、ユリウスの部屋へ通された。そこで、リベルテがユリウスを敵視する理由を聞かされた。

 六年前、リベルテが大事にしていた人を殺したと。ユリウスとリベルテの命を狙っていた事が判明した為、その場で斬り捨てたと。

 夕は何も言う事が出来ない。自分が踏み込んではならない領域だったからだ。リベルテとユリウスの関係は気になっていた。リベルテは「兄弟喧嘩」と言っていたが、喧嘩と言う言葉で片付けられる程、軽い問題ではなかった。

 命を狙っていたから、リベルテの最愛の人を、ユリウスが殺した。ユリウスは「殺した」と言うが、何故か腑に落ちない。

 ユリウスは何故、視線を逸らしているのだろう。何故、声が上ずっているのだろう。どうして、肩や手が震えているのだろう。

「ユリウス様」

 ゆっくりとユリウスに近付き、夕は彼の頬に両手を添え、彼の顔を自分の方へ向けさせた。

「…………」

 ポタリ、ポタリ。頬を伝い、床に落ちてゆく雫を見て、夕はほっと胸を撫で下ろした。ユリウスは、泣いていた。

「嘘、下手ですね」
「う、嘘ではない! 私は本当にっ……」
「殺したくなかったんですよね? 若しくは、シンジュと言う人が死ななければならない状況に追い込まれていた。違いますか?」

「…………」

 何も話さないユリウスの反応に、夕はユリウスが肯定したと判断する。何が原因かは分からない。何故、シンジュと言う人は、ユリウスとリベルテを殺さなければならなかったのか。何故、自分を殺そうとした人の死を、ユリウスもリベルテも悼んでいるのか。

「一人で抱え込まないで下さい。聞いてしまった以上、俺だって関係者です。鈴だっています」

 貴方は、一人じゃない。

「っ」

 敵わない。この人には、何をしても、一生、敵わない。一番欲しかった言葉を与えてくれる。崩れそうになる時に、何時も支えてくれる。傍に居てくれる。

「貴方は、狡い」

 頬に添えられている夕の手に、自分の手を重ね、ユリウスは夕に身を委ねた。突然身を委ねられ、夕は困惑し「え?」「あの……」と狼狽え、クラウスに助けを求めようとする。

 瞬間、ユリウスは意識を手放し、夕はユリウスの体を支え切れず、その場に崩れ落ちてしまった。




 夕に身を委ね、ユリウスはそのまま眠ってしまった。

「ゆ、ユリウス様?」

 急に眠ってしまったユリウスの体を支え、夕は困惑する。

「無防備な姿を晒すとは、本当に困った方ですね」

 ユリウスの体を支え、ベッドに寝かせながら、クラウスはユリウスの愚痴を零す。言葉では辛辣な事を言っているが、ユリウスを見る目は優しく、柔らく微笑んでいる。

「ユウ様、お願いがあるのですが、聞いて頂いても宜しいですか?」
「お願い、ですか?」
「はい。ユリウス様の為に、林檎の焼き菓子を、作って頂けませんか?」
「え?」

 クラウスのお願いの内容に、夕は目を丸くする。林檎の焼き菓子。作れない訳ではないが、作る必要があるのかと、夕は疑問に思う。ユリウスは大量に贈られて来る林檎の焼き菓子に頭を悩ませていた。夕と鈴に、助けを求める程に。

 見るのも嫌になる程、この城には林檎の焼き菓子が大量に存在する。ユリウスの為に作ったとしても、食べてはくれないだろう。夕はそう考えていた。

「ユウ様の手作りなら、ユリウス様は喜んで食べてくれますよ」

 夕の考えている事を察した言葉に、夕は不安を抱きながらも、クラウスのお願いを聞く事にした。




 仄かに漂う林檎の香りで、ユリウスは目を覚ました。

「気が付きましたか?」

 夕の声を聞き、ユリウスは驚いて飛び起きる。「大丈夫ですか?」と夕に聞かれ、ユリウスはぎこちなく「平気だ」と言葉を返す。良かった、と、安心した夕の笑顔を見て、ユリウスは心が温かくなるのを感じた。

「あの、アップルパイ、好きですか?」
「アップル、パイ?」
「林檎の焼き菓子です。その、疲れている時は、甘いものが一番だと思って、作ったんですけど……」
「え?」

 夕が「食べますか?」と聞くと、ユリウスは目を輝かせて「頂こう」と言った。

 クラウスに言われた通りアップルパイを作り、ユリウスに渡すと彼は嬉しそうに夕が作ったアップルパイを口に運んだ。大量に贈られて来るのだから、ユリウスは断るだろうと夕は思っていた。

 しかし、ユリウスは美味しそうにアップルパイを食べている。時折、無邪気に笑って……

「かわいい」

 何度見ても、ユリウスの笑顔は可愛い。常に無表情で、何でも完璧にこなす王子様と言われている事は勿論知っている。そんなユリウスに対して「可愛い」と言うのは可笑しいと言う事も理解している。

 それでも、可愛いのだ。時々子どもっぽかったり、無邪気に笑ったり。

「ありがとう、ユウ」
「へ!?」

 一瞬、ユリウスが夢に出てきた子どもに見え、夕は驚き何度も瞬きをする。

 まさか、あの子どもって、ユリウス様?

 そんな思いが過るが、直ぐにその考えは打ち消した。髪と目の色が一緒で顔立ちも似ているが、性別が違うからと、夕は結論付ける。夢で助けた子どもは女の子だと思い込んでいる夕は「まさかな」と小さく呟くと、ユリウスに笑顔を向けた。

「どういたしまして」

 ユリウスに優しく微笑むと、彼も微笑み、夕の手に触れる。そのまま両手で包むように手を握ると「温かい」と呟き、再び夕に身を委ねた。




 リベルテがユリウスを嫌う理由を知った日から何日か経ち、何も変わらない現状に、夕は深い溜息を吐く。

 鈴がリベルテを説得してくれたお陰で、リベルテは城に残ってくれた。しかし、ユリウスとリベルテの関係は変わらず、ギスギスしたまま、日々が過ぎて行く。

 ユリウスに詳しい話を聞こうと試みたが、「私が殺したも同然」と言うだけで、真実を話す事は無かった。ユリウスが駄目ならクラウスにと思い、クラウスにも聞いてみたが、「私も真実は知らないんです」と言われ、夕は酷く落ち込んだ。

 それでも諦め切れず、使用人や兵士達に話を聞いてみたが「知らない」「聞いた事がない」と言う答えばかりで、夕は途方に暮れた。

「此処に居たのか」

 打開策が思い付かず、落ち込んでいた時、声を掛けられ夕は振り返る。

「リベル……」

 夕に声を掛けたのはリベルテだった。普段の明るい雰囲気は何処にも無く、笑顔もぎこちない。ユリウスから聞いた話が頭を過ぎり、夕はリベルテに返す言葉が思い付かなかった。

 そんな夕の手を握り、リベルテはニッコリと笑って口を開いた。

「散歩、付き合ってくれないか?」
「さ、散歩?」
「あぁ。お前に、話したい事があるんだ」
「俺に?」

 リベルテはコクリと頷き、夕の耳元に口を寄せる。突然の事に、慌ててリベルテとの距離を取ろうとするが、夕は出来なかった。

「シンジュの事だ」
「え!?」

 シンジュ。それは、リベルテの大切な人であり、ユリウスが殺したと言っていた人物。リベルテは、知っているのだろうか。シンジュと言う人が、死ななければならなかった理由を。ユリウス達の命を狙った、本当の理由を。

 夕は無意識にコクリと頷いていた。リベルテに手を引かれ、夕は無言で歩くリベルテの背中を見詰めながら、シンジュの事を考えた。

 リベルテに手を引かれ、辿り着いたのはリベルテと最初に出会った砂浜だった。暫く砂浜を歩き、リベルテは足を止め「此処だ」と呟く。

「此処で、シンジュと出会ったんだ」

 砂浜に視線を落とし、リベルテは懐かしむように、話し始めた。
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