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第1章
パーティー3
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パーティーも終盤に近づき、いよいよユリウスが婚約者を公表しようとした時「お待ち下さい」と声が聞こえた。其処には小太りの不潔そうな中年の貴族と、彼の息子らしき人物が、夕を睨み付けていた。
「ユリウス王子。貴方は騙されております。その者は、神子ではありまぬ」
大きな声で言う男の言葉に、周囲は騒めき始める。夕も突然の出来事に頭が付いて行かず、何もする事が出来ない。
「何を根拠に……」
「これを、ご覧下さい」
男が取り出したのは、数枚の紙切れだった。アルファベットのような文字が書かれており、右下には判子が押されている。しかし、その紙が何なのか、夕には分からない。
「惚けても無駄ですぞ? コレは貴方が書いた契約書ではありませんか。己を神子と偽り、神子の証を私の息子から奪おうと賊を雇った時の契約書。そこまでして、貴方はユリウス王子に気に入られたかったのですか? 神子様」
身に覚えのない事を言われ、書いた事のない契約書を証拠として突き付けられ、夕は戸惑う。どう説明すれば良いのか、誤解を解くにはどうしたら良いか……
考えている内に、夕の立場はどんどん悪くなる。周囲の敵意の篭った視線。「騙していたの?」と「最低」と、夕を罵る声。
「ユリウス王子。その者は神子でも何でも有りませぬ。他人を貶める事でしか地位を得られぬ、下賤な罪人です」
追い打ちを掛けるように男は夕を罪人と決め付け、こう続けた。
「所詮、顔だけなんですよ。神子様と呼ばれている『スズ様』は……ゴフッ!」
顔だけと言った瞬間、男の顔がグニャリと歪み、一瞬で会場の壁に頭がのめり込んだ。突然の出来事に、夕達だけでなく、会場に居た全員が驚き目を見開く。
「あ、ヤベ、手加減するの忘れてた」
さらさらの金色の髪。大きく円な青い瞳。眼鏡を身に付け、使用人の服を身に纏った小柄な少年。大きな袋を軽々と片手で抱え、テーブルの上に立つ姿は可愛らしい容姿とは裏腹にとても逞しく感じる。
「す、鈴さん!? い、一体何をしてっ……」
言い掛けて夕は先程の男の言葉を思い出す。『所詮、顔だけ』と、男が言っていた事を。その言葉が、鈴に対して絶対に言ってはならない禁句だと言う事を……
「ま、良いか。ユリウスサマ」
胸の内ポケットから何かを取り出し、鈴はその何かをユリウスに投げる。ユリウスがその何かを受け取ると、鈴はテーブルから降り、大きな袋を引き摺りながら夕の元へ歩み寄る。
鈴が投げた物は数枚の紙束だった。束ねられた紙束を開いて内容を確認すると、ユリウスは表情を険しくし、男の息子を睨み付ける。
「どういう事か、説明してもらおうか」
ユリウスの元へクラウスも駆け付け、紙束の内容を確認する。「これは……」と呟き、全て読み終えるとクラウスは紙束を息子に突き付け、ニッコリと微笑む。
「契約書、ですね。スズ様とユウ様を陥れる為に、賊を雇い、スズ様を偽物の神子に仕立て上げ、神子の証を奪ったと言う罪を被せろ、と書かれておりますが……」
「ひっ!」
「そ、それは偽物だ! ほ、本物の契約書は私が持っている! 私と私の息子を陥れようとしているのは、彼等の方だ!」
何時の間に復帰したのか、男は息子の元まで自力で戻り、血走った目をして夕と鈴を睨み付けている。此処で男が抵抗する事は想定内。鈴は冷めた顔をして、ずっと持っていた大きな袋の口を開き、賊の男二人を床に転がした。
「はっ、お、お許しください! 女王様! わ、私はっ、私は家畜以下のゴミ屑で有ります! 上手い話に乗って、女王様とそのご家族を襲おうとしました! お許しください!」
「私は糞豚に仕える事しか出来ない無能な醜い子豚であります! 女王様! 女王様とご家族を陥れようとした私に、貴族の、其処に居る醜い豚の言いなりになってしまった私めにっ、どうか罰を!」
「「…………」」
言い逃れは出来なくなった。賊の男二人の発言によって、男と息子が夕と鈴を陥れ、罪を被せようとした事が確定した。しかし、その事実よりも、変わり果てた男達の姿に、その場に居た全員がドン引きした。
「鈴、お前……」
「悪い。加減出来なかった」
「お前なぁ、調教も程々にしておけって何度も言ってるだろ?」
「終わり良ければ全て良し。俺達の無実が証明されたんだから良いじゃねえか」
「よくねえよ!」
二人が言い争っていると、後頭部にコツンと何かが当たり、鈴は後ろを振り向いた。瞬間、頬に何かが掠める。掠れた所から赤い線が浮かび上がり、ピリッとした痛みが走る。掠めた何かは、近くのテーブルに突き刺ささり、動きを止めた。その正体を確認した瞬間、夕達は顔を真っ青にした。
鈴の頬を掠めたのはナイフだった。鈴が振り返らなければ、ナイフは鈴の首か背中に突き刺さり、致命傷を負っていた事だろう。最悪、即死だ。想像するだけでも恐ろしく、夕は咄嗟に鈴を護る為に手を伸ばそうとした。
「動くな」
「な!?」
しかし、一歩遅かった。ナイフに気を取られていた隙に、賊らしき男が鈴を拘束し、首元に短剣を突き付けていた。油断した。賊は鈴が連れて来た二人だけだと思っていた。
「で、でかした! これで形勢逆転ですな。ユリウス王子」
「っ」
「あ、動かないで下さいね。じゃないと、この子がどうなっても知りませんよ?」
息子は鈴の頬を叩きながら楽しそうに言う。父親である男も下卑た顔で笑い、夕に視線を向けた。
「この者を助けたいなら、神子の証を渡して頂きましょうか。でなければ……」
賊の男は持っているナイフを首筋に押し当て、鈴の首元を舐め上げた。生温い感触と、耳元にかかる荒い吐息が気持ち悪く、鈴は顔を顰める。
鈴を助けたくても、助けられない。人質に取られ、ナイフを押し当てられている状態では、誰も手出しする事は出来ず、ユリウス達は無力な自分を呪った。会場に居る貴族達も、恐怖のあまり誰も動く事が出来ない。
「あ、あの……」
誰も話せず、動けない状況の中、口を開いたのは夕だった。「決心したのですか? 神子様」とニヤけ顏で言う貴族の男。男には一切視線を向けず、夕はずっと鈴の様子を伺っていた。
夕に取って、鈴は大事な家族だ。その家族を人質に取られ、気が気ではないのだろう。無理もない。夕と鈴は、ずっと一緒に過ごして来たのだから。直ぐにでも鈴を助ける手段を考えなければ……
そんな事を、ユリウス達は考えていた。鈴の存在は、ユリウス達に取っても、とても大切な存在なのだ。類稀なる美しい容姿、控え目で他人を思いやる事の出来る心優しい性格。使用人達にも優しく、決して他人を見下さない。正に絵に描いたようなお姫様。人質に取られた今、きっと鈴の心は不安と恐怖で一杯になっているに違いない。
「は、離れて下さい! 一刻も早く、其奴から離れて下さい!」
鈴を助けたい一心で、夕は男達に悲痛に叫ぶ。当然、夕の言葉を素直に聞く訳も無く、男達はゲラゲラと笑い「離してほしかったら、証を寄越せ」と言う。其れでも、夕は引かずに、何度も「離れて下さい!」と必死に叫び続けた。
夕の顔は青白く、どれだけ必死なのかがひしひしと伝わってくる。それでも、男達は鈴を解放する気はなく、夕に厭らしい笑みを浮かべて口を開いた。
「ならば、神子様がこの者の代わりに人質になれば良い」
「言うだけなら誰でも出来る。この子が大切ならさぁ、ちょっとは行動したらどうなの?」
「神子様は言うだけ言って、お前の事は助けねぇみたいだぜ。可哀想になぁ」
夕の事を罵るだけ罵って、三人は言ってしまった。
「やっぱり、顔だけしか取り柄がないんだ」と。
言った瞬間、ドゴッと言う鈍い音が会場内に響き、鈴を拘束していた賊の男が突然地面に倒れる。一瞬の出来事に、会場に居る全員が驚き、鈴達を凝視した。
「だから言ったのに……」
誰も状況を理解出来ていない中、夕だけは理解しているようで、額に手を当てて深い溜息を吐いた。
「『可憐で心優しいお姫様』じゃなくて残念だったな。悪党共……」
普段よりも低い声。柔らかい微笑みは無く、冷え切った軽蔑の篭った青い瞳。幻聴だろうか。鈴の口調が少々、いや、かなり悪くなっている気がするのは、気のせいだろうか。
「だから『離れろ』って言ったのに……」
「敵の心配するなんて、夕は随分と優しいな」
「お前が、噂通りの『可憐で心優しいお姫様』なら迷わず助けに入ったけどな」
「俺ってそんなに脆弱に見えるのか?」
「猫を被ってる時はな」
周囲を無視して話を進める二人に、ユリウス達は驚きの余り言葉を発する事が出来ない。鈴の口調が悪かったのは夢でも幻覚でもなく現実だった。優しい笑顔と、控え目な性格とは程遠く、今の鈴はちょっと、いや、かなり男らしい。
「好き勝手に罵ってくれて、どうもありがとう。今から、たあっぷりと、お礼するからね!」
にっこりと笑い、明るい口調で言う鈴の姿は天使と見間違いそうになる程とても可愛らしい。天使のような笑顔はそのままに、地に蹲る賊の男を仰向けに蹴飛ばすと、鈴は男の一番大事な急所を何の躊躇いもなく踏み潰した。
汚い男の悲鳴が会場内に谺し、会場に居た男達は一斉に顔を青くして思わず自分の大事な部分を手で覆い隠した。
相当ご立腹だったらしく、鈴は男の急所を何度も踏み潰しては毒を吐き続けた。それは、賊だけに収まらず、賊を雇った貴族の親子にも及んだ。
王族貴族が多く集まる会場で、親子を正座させ、頭から水を被せ、屈辱的な台詞を言わせ続ける。逆らえば素手のみでテーブルを真っ二つに割り、笑顔で「こうなりたいの?」と言えば、親子は何度も頭を下げ、鈴に言われた通りの台詞を言い続けた。
「流石、空手合気道柔道世界大会優勝者。テーブル、全部割れるかも……」
「「えっ!?」」
夕の台詞に、ユリウスとクラウスは驚き彼を凝視する。前半の言葉は全く理解出来なかったが、会場にあるテーブルを全て素手で割る技術を鈴が持っている事だけは理解出来た。武器も使わずに、そんな事が出来る訳、と思うも、鈴はテーブルを素手で割っている。
明るく可愛らしい口調の時もあれば、低く冷たい口調の時もある。そのタイミングが絶妙で、何時の間にか、貴族の親子はほんのりと頬を染め、嬉しそうに鈴に罵られ、何度も「女王様」と叫んでいた。
「女王様と言うより、鈴は女帝だろ」
「…………」
夕の言葉に、ユリウス達は否定する事が出来なかった。
「ユリウス王子。貴方は騙されております。その者は、神子ではありまぬ」
大きな声で言う男の言葉に、周囲は騒めき始める。夕も突然の出来事に頭が付いて行かず、何もする事が出来ない。
「何を根拠に……」
「これを、ご覧下さい」
男が取り出したのは、数枚の紙切れだった。アルファベットのような文字が書かれており、右下には判子が押されている。しかし、その紙が何なのか、夕には分からない。
「惚けても無駄ですぞ? コレは貴方が書いた契約書ではありませんか。己を神子と偽り、神子の証を私の息子から奪おうと賊を雇った時の契約書。そこまでして、貴方はユリウス王子に気に入られたかったのですか? 神子様」
身に覚えのない事を言われ、書いた事のない契約書を証拠として突き付けられ、夕は戸惑う。どう説明すれば良いのか、誤解を解くにはどうしたら良いか……
考えている内に、夕の立場はどんどん悪くなる。周囲の敵意の篭った視線。「騙していたの?」と「最低」と、夕を罵る声。
「ユリウス王子。その者は神子でも何でも有りませぬ。他人を貶める事でしか地位を得られぬ、下賤な罪人です」
追い打ちを掛けるように男は夕を罪人と決め付け、こう続けた。
「所詮、顔だけなんですよ。神子様と呼ばれている『スズ様』は……ゴフッ!」
顔だけと言った瞬間、男の顔がグニャリと歪み、一瞬で会場の壁に頭がのめり込んだ。突然の出来事に、夕達だけでなく、会場に居た全員が驚き目を見開く。
「あ、ヤベ、手加減するの忘れてた」
さらさらの金色の髪。大きく円な青い瞳。眼鏡を身に付け、使用人の服を身に纏った小柄な少年。大きな袋を軽々と片手で抱え、テーブルの上に立つ姿は可愛らしい容姿とは裏腹にとても逞しく感じる。
「す、鈴さん!? い、一体何をしてっ……」
言い掛けて夕は先程の男の言葉を思い出す。『所詮、顔だけ』と、男が言っていた事を。その言葉が、鈴に対して絶対に言ってはならない禁句だと言う事を……
「ま、良いか。ユリウスサマ」
胸の内ポケットから何かを取り出し、鈴はその何かをユリウスに投げる。ユリウスがその何かを受け取ると、鈴はテーブルから降り、大きな袋を引き摺りながら夕の元へ歩み寄る。
鈴が投げた物は数枚の紙束だった。束ねられた紙束を開いて内容を確認すると、ユリウスは表情を険しくし、男の息子を睨み付ける。
「どういう事か、説明してもらおうか」
ユリウスの元へクラウスも駆け付け、紙束の内容を確認する。「これは……」と呟き、全て読み終えるとクラウスは紙束を息子に突き付け、ニッコリと微笑む。
「契約書、ですね。スズ様とユウ様を陥れる為に、賊を雇い、スズ様を偽物の神子に仕立て上げ、神子の証を奪ったと言う罪を被せろ、と書かれておりますが……」
「ひっ!」
「そ、それは偽物だ! ほ、本物の契約書は私が持っている! 私と私の息子を陥れようとしているのは、彼等の方だ!」
何時の間に復帰したのか、男は息子の元まで自力で戻り、血走った目をして夕と鈴を睨み付けている。此処で男が抵抗する事は想定内。鈴は冷めた顔をして、ずっと持っていた大きな袋の口を開き、賊の男二人を床に転がした。
「はっ、お、お許しください! 女王様! わ、私はっ、私は家畜以下のゴミ屑で有ります! 上手い話に乗って、女王様とそのご家族を襲おうとしました! お許しください!」
「私は糞豚に仕える事しか出来ない無能な醜い子豚であります! 女王様! 女王様とご家族を陥れようとした私に、貴族の、其処に居る醜い豚の言いなりになってしまった私めにっ、どうか罰を!」
「「…………」」
言い逃れは出来なくなった。賊の男二人の発言によって、男と息子が夕と鈴を陥れ、罪を被せようとした事が確定した。しかし、その事実よりも、変わり果てた男達の姿に、その場に居た全員がドン引きした。
「鈴、お前……」
「悪い。加減出来なかった」
「お前なぁ、調教も程々にしておけって何度も言ってるだろ?」
「終わり良ければ全て良し。俺達の無実が証明されたんだから良いじゃねえか」
「よくねえよ!」
二人が言い争っていると、後頭部にコツンと何かが当たり、鈴は後ろを振り向いた。瞬間、頬に何かが掠める。掠れた所から赤い線が浮かび上がり、ピリッとした痛みが走る。掠めた何かは、近くのテーブルに突き刺ささり、動きを止めた。その正体を確認した瞬間、夕達は顔を真っ青にした。
鈴の頬を掠めたのはナイフだった。鈴が振り返らなければ、ナイフは鈴の首か背中に突き刺さり、致命傷を負っていた事だろう。最悪、即死だ。想像するだけでも恐ろしく、夕は咄嗟に鈴を護る為に手を伸ばそうとした。
「動くな」
「な!?」
しかし、一歩遅かった。ナイフに気を取られていた隙に、賊らしき男が鈴を拘束し、首元に短剣を突き付けていた。油断した。賊は鈴が連れて来た二人だけだと思っていた。
「で、でかした! これで形勢逆転ですな。ユリウス王子」
「っ」
「あ、動かないで下さいね。じゃないと、この子がどうなっても知りませんよ?」
息子は鈴の頬を叩きながら楽しそうに言う。父親である男も下卑た顔で笑い、夕に視線を向けた。
「この者を助けたいなら、神子の証を渡して頂きましょうか。でなければ……」
賊の男は持っているナイフを首筋に押し当て、鈴の首元を舐め上げた。生温い感触と、耳元にかかる荒い吐息が気持ち悪く、鈴は顔を顰める。
鈴を助けたくても、助けられない。人質に取られ、ナイフを押し当てられている状態では、誰も手出しする事は出来ず、ユリウス達は無力な自分を呪った。会場に居る貴族達も、恐怖のあまり誰も動く事が出来ない。
「あ、あの……」
誰も話せず、動けない状況の中、口を開いたのは夕だった。「決心したのですか? 神子様」とニヤけ顏で言う貴族の男。男には一切視線を向けず、夕はずっと鈴の様子を伺っていた。
夕に取って、鈴は大事な家族だ。その家族を人質に取られ、気が気ではないのだろう。無理もない。夕と鈴は、ずっと一緒に過ごして来たのだから。直ぐにでも鈴を助ける手段を考えなければ……
そんな事を、ユリウス達は考えていた。鈴の存在は、ユリウス達に取っても、とても大切な存在なのだ。類稀なる美しい容姿、控え目で他人を思いやる事の出来る心優しい性格。使用人達にも優しく、決して他人を見下さない。正に絵に描いたようなお姫様。人質に取られた今、きっと鈴の心は不安と恐怖で一杯になっているに違いない。
「は、離れて下さい! 一刻も早く、其奴から離れて下さい!」
鈴を助けたい一心で、夕は男達に悲痛に叫ぶ。当然、夕の言葉を素直に聞く訳も無く、男達はゲラゲラと笑い「離してほしかったら、証を寄越せ」と言う。其れでも、夕は引かずに、何度も「離れて下さい!」と必死に叫び続けた。
夕の顔は青白く、どれだけ必死なのかがひしひしと伝わってくる。それでも、男達は鈴を解放する気はなく、夕に厭らしい笑みを浮かべて口を開いた。
「ならば、神子様がこの者の代わりに人質になれば良い」
「言うだけなら誰でも出来る。この子が大切ならさぁ、ちょっとは行動したらどうなの?」
「神子様は言うだけ言って、お前の事は助けねぇみたいだぜ。可哀想になぁ」
夕の事を罵るだけ罵って、三人は言ってしまった。
「やっぱり、顔だけしか取り柄がないんだ」と。
言った瞬間、ドゴッと言う鈍い音が会場内に響き、鈴を拘束していた賊の男が突然地面に倒れる。一瞬の出来事に、会場に居る全員が驚き、鈴達を凝視した。
「だから言ったのに……」
誰も状況を理解出来ていない中、夕だけは理解しているようで、額に手を当てて深い溜息を吐いた。
「『可憐で心優しいお姫様』じゃなくて残念だったな。悪党共……」
普段よりも低い声。柔らかい微笑みは無く、冷え切った軽蔑の篭った青い瞳。幻聴だろうか。鈴の口調が少々、いや、かなり悪くなっている気がするのは、気のせいだろうか。
「だから『離れろ』って言ったのに……」
「敵の心配するなんて、夕は随分と優しいな」
「お前が、噂通りの『可憐で心優しいお姫様』なら迷わず助けに入ったけどな」
「俺ってそんなに脆弱に見えるのか?」
「猫を被ってる時はな」
周囲を無視して話を進める二人に、ユリウス達は驚きの余り言葉を発する事が出来ない。鈴の口調が悪かったのは夢でも幻覚でもなく現実だった。優しい笑顔と、控え目な性格とは程遠く、今の鈴はちょっと、いや、かなり男らしい。
「好き勝手に罵ってくれて、どうもありがとう。今から、たあっぷりと、お礼するからね!」
にっこりと笑い、明るい口調で言う鈴の姿は天使と見間違いそうになる程とても可愛らしい。天使のような笑顔はそのままに、地に蹲る賊の男を仰向けに蹴飛ばすと、鈴は男の一番大事な急所を何の躊躇いもなく踏み潰した。
汚い男の悲鳴が会場内に谺し、会場に居た男達は一斉に顔を青くして思わず自分の大事な部分を手で覆い隠した。
相当ご立腹だったらしく、鈴は男の急所を何度も踏み潰しては毒を吐き続けた。それは、賊だけに収まらず、賊を雇った貴族の親子にも及んだ。
王族貴族が多く集まる会場で、親子を正座させ、頭から水を被せ、屈辱的な台詞を言わせ続ける。逆らえば素手のみでテーブルを真っ二つに割り、笑顔で「こうなりたいの?」と言えば、親子は何度も頭を下げ、鈴に言われた通りの台詞を言い続けた。
「流石、空手合気道柔道世界大会優勝者。テーブル、全部割れるかも……」
「「えっ!?」」
夕の台詞に、ユリウスとクラウスは驚き彼を凝視する。前半の言葉は全く理解出来なかったが、会場にあるテーブルを全て素手で割る技術を鈴が持っている事だけは理解出来た。武器も使わずに、そんな事が出来る訳、と思うも、鈴はテーブルを素手で割っている。
明るく可愛らしい口調の時もあれば、低く冷たい口調の時もある。そのタイミングが絶妙で、何時の間にか、貴族の親子はほんのりと頬を染め、嬉しそうに鈴に罵られ、何度も「女王様」と叫んでいた。
「女王様と言うより、鈴は女帝だろ」
「…………」
夕の言葉に、ユリウス達は否定する事が出来なかった。
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