神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第1章

パーティー2

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 夕を舞踏会の会場へ放り込んだ後、鈴は来た道を戻り、自室へと向かう。自室に入ると、迷う事なく物置部屋へ足を進め、扉を開く。ドサッと何か重い物が倒れる音がする。

 倒れた物を冷め切った目で見下ろし、鈴はその場にしゃがみ込むと、ソレに巻いてある布を外した。

「テメェッ! 偽物の癖に、俺達にこんな事してタダで済むと思うなよ!」
「証を渡せ! それは本来、お前のような盗人が持つべき物じゃねえんだよ!」

 倒れた物は、体格の良い如何にもな顔をした大男二人だった。二人は両手両足を縛られ、大きな布袋に二人仲良く入れられ、先程まで口を布で塞がれていた。その布が外された今、二人は鈴を好き勝手に罵った。

「何が『可憐で優しいお姫様』だ。聞いて呆れる」
「王子様に媚を売る事しか出来ねえ性悪の癖によぉ」
「証を奪ってまで、ユリウス様に選ばれたいのかよ?」
「お前みてぇな奴、ユリウス様が相手する訳ねえだろ」

『所詮、顔だけの癖に……』

 バキィッ!

 鈴を罵っていた二人は一気に顔を真っ青にし、鈴を凝視した。真っ二つに割れた物置の扉の残骸が、男二人の目の前にバタンと落ちる。綺麗に割れた扉。まるで切れ味の良い刃物で切ったかのような見事な割れっぷりに、二人は汗をダラダラと流しながら、鈴と扉を交互に見る。

「あ、ごめんなさい。外しちゃった」
「ひぃ!?」

 満面の笑みを浮かべて言う鈴に、二人はガタガタと体を震わせた。信じ難い事だが、二人は見たのだ。可憐で華奢な弱々しそうな美少年が、扉に拳をのめり込ませた瞬間を。武器を一切使わず、拳だけで扉を真っ二つに割った瞬間を……

「僕、暴力は嫌いなの。お兄さん達も、痛いのは嫌だよね?」

 天使のような笑顔で言う鈴に、二人は泣きながら何度もコクコクと頭を上下に振った。そんな二人に冷めた視線を落とし、鈴は口を開く。

「夕に何をしようとした?」
「えっ、えっと、そのっ……」
「お、俺達っ、や、雇われただけでっ……」
「『黒髪の忌み子が、ユリウス王子に取り入ろうとしている』って……」
「…………」
「『黒髪の奴と神子の偽物が、神子の証を奪って行ったから、取り返してくれ』って……」
「『証を取り返した後は、好きにして良い』って、そう、頼まれて……」
「夕を強姦するつもりだったのか? それとも、俺か?」

 冷え切った目で睨まれ、二人はガタガタと震えながら何度も鈴に謝った。情けなく許しを請う無様な二人を眺め、鈴は袋ごと二人を思いっ切り蹴った。「グフッ」と汚い呻き声を上げ、二人が入った袋は数メートル先に転がる。

「悪いって思ってるなら、本当の事、話してくれるよね? なぁ、悪党共……」
「ひぃっ」

 その後、部屋の中では、鈴による死よりも恐ろしい拷問が繰り広げられた。

 男達の話を全て聞き終えた頃には、男達の顔は原型を留めておらず、痛みと恐怖で気を失っていた。男二人の服の中を探り、目的の物を見付けると、鈴は二人が入った袋の口を完全に縛る。

 使用人の服に着替え、ポケットに紙束を入れ、眼鏡を掛ける。簡単な変装を済ませ、大きな袋の端を掴むと、ズルズルと袋を引き摺りながら、鈴はパーティー会場へと向かった。




 一方、パーティー会場では、何の問題も無く順調に進められていた。婚約者にする相手が鈴ではなく、夕にすり替わった事は大きな誤算だが、変装のお陰で夕がユリウス様に相応しいのでは、と言う声も聞こえてくる。

 ダンスが終わった後、ユリウス、クラウス、夕の3人で集まって話し合い、このまま進めても支障は無いと判断し、婚約者発表まで持って行く事になったのだ。鈴は使用人達に探すように指示を出し、様子を伺うと言う事で話は纏った。

 王族や貴族達と挨拶を交わし、世間話をしたり、ダンスを一緒に踊ったり。こんな盛大なパーティーに参加したのは初めての事だった為、夕は疲れ果て会場の端で少し休む事にした。

「お疲れ」
「ん? リベル?」

 スッとシャンパンの入ったグラスを差し出され、夕は相手を見て固まる。声を掛けたのはリベルテだった。髪はオールバック、緑をベースとした貴族の衣装を纏っているリベルテの姿は、御伽の国の王子様そのもので……

「正装だと、本物の王子様だな」
「正真正銘、王子だっつーの」
「あ、そうだった」
「と言っても、目的は俺じゃなくて……」

 言いながらリベルテはユリウスへ視線を向ける。彼は綺麗に着飾った娘、息子達に囲まれ、軽く微笑みながら談笑している。確かにユリウスは格好良い。性格が良くて、強くて、綺麗で、国や国民の事を第一に考えていて。正に完璧な王子様。

「ユリウス様が『完璧な王子様』なら、お前は『優しい王子様』だな」
「は?」
「面倒見が良いし、街の中について詳しいし、子どもやお年寄りに好かれてるし……」
「…………」
「兄貴肌って奴? 親しみ易いし、何処の地域が危険で、何処の地域が貧しいか、良く知ってる。お前の何処が『出来損ない』なんだ?」
「…………」

 夕の言葉が信じられず、リベルテはキョトンとした目で夕を見る。周りは何時もユリウスを囲み、ユリウスを褒め讃えた。剣術、武術、学力、医学、経済力、統率力、何を取っても、リベルテがユリウスに敵う事はなかった。

 リベルテだって決して悪い成績ではない。兄であるユリウスに敵わないだけで、リベルテも優秀だった。それほど、リベルテは必死に努力してきた。それでも、どんなに頑張っても、リベルテを褒める者も、彼の努力を認めてくれる者も、誰一人として存在しなかった。

『リベルさまは、とても、優しい、です。優しい、王子様です』

 ふと、昔の事を思い出し、リベルテは無意識に言葉を紡ぐ。

「シンジュ」
「リベル?」
「え? あ、その、悪い。考え事してて……」
「大丈夫か? 具合が悪いなら……」
「大丈夫だ。お前は自分の心配だけしてろ。クラウスから聞いた。神子様の代理なんだろ? 大事なパーティーなんだから、ヘマするなよ?」
「う、そう言われると、余計緊張する」
「ほら、彼奴が呼んでるぜ。そろそろ公表するんじゃねえのか?」
「えっ? あ、ほ、本当だ。お、俺、行かなきゃ。シャンパン、ありがとう」
「どういたしまして」

 夕から空になったグラスを受け取り、リベルテは綺麗な笑みを浮かる。夕もリベルテに笑い返し、小走りでユリウスの元へ向かった。

「お前は、殺されるなよ……」

 小さくなる夕の背中を見詰め、リベルテは誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
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