神子のおまけの脇役平凡、異世界でもアップルパイを焼く

トキ

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第1章

複雑な人間関係1

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 慌ただしく城内を走り回る使用人達。城の警備を強化する為、兵士達にテキパキと命令を下す騎士達の声。何処へ行っても「神子様」と持て囃され、社交辞令を強要されている鈴。使用人に手を引かれ、様々な人々に挨拶をする鈴の姿を自室から眺め、ユリウスは深い溜息を吐く。

「良かったですね。スズ様がとても聡明な方で」
「…………」

 満面の笑みを浮かべ、嬉しそうな声色で話し掛けてくる従者であるクラウスを、ユリウスは無感情に見詰める。

「どう言うつもりだ?」

 冷たく低い声でユリウスが聞くと、クラウスは表情を崩す事なく口を開いた。

「類稀なる優れた容姿、申し分ない程完璧な性格。貴方の隣に居ても全く違和感はありません。それに、スズ様は『偽装でも構わない』と仰った」

 とても使い勝手の良いお人形だとは思いませんか?

 クラウスの発言にユリウスは怒りを感じ、ギロリとクラウスを睨み付ける。クラウスは表情を崩さず「珍しい事もあるものですね」と言う。

「滅多に感情を見せない貴方が、感情を露わにするとは……一体、何が、貴方を変えたのでしょうね」
「…………」

 クラウスはユリウスを見詰めたまま、笑顔だった表情を無表情に変えると、ユリウスに詰め寄り「ご自分の立場を理解なさい」と低い声で言う。

「今の貴方では誰も護る事は出来ません。あの少年を貴方の婚約者にしたらどうなるか、分からない程愚かではないでしょう? 幼い頃から想いを寄せていた方と再会出来た事は大変喜ばしい事ですが、だからと言って、あの少年を貴方の婚約者にする訳にはいきません。『夜の神子』かもしれない大切な方を、自ら危険に晒すおつもりですか? 貴方にとっても、この世界にとっても、必要不可欠な存在になる可能性のある少年を、貴方は護り切れるのですか? 全ての敵から護る覚悟が、今の貴方にあるのですか?」
「…………」

 クラウスの言う事は正論だ。ユリウスが夕を婚約者に選べばどうなるか等、考えずとも直ぐに分かる。この世界では、黒は不吉の象徴であり、忌み嫌う者が多い。黒い髪に黒い目を持つ夕をユリウスの婚約者にすれば周囲は夕を敵視し、殺そうと動くだろう。

 平凡な容姿の夕は、ユリウスには相応しくない。王族貴族達はきっとそう言うに違いない。不吉の象徴の色を持つ者を選べば、危険に晒されるのはユリウスではなく夕だ。

 この世界に黒を持つ者は存在しない。故に、夕の存在は非常に貴重で、死なせる訳にはいかない。今は不吉の象徴と言われている色だが、黒い髪に黒い目を持つ者は本来、疎まれ、嫌われる存在ではない。

「あの少年を傍に置きたいなら、神子の証を探しなさい。あの少年が『夜の神子』である証を……そうすれば、貴方はあの少年を護る力を手にする事が出来ます。ですから、スズ様に貴方の婚約者を演じて頂いている間に、神子の証を探しなさい」
「……承知した」

 ユリウスの言葉を聞き、クラウスは優しく微笑んだ。ユリウスは従者にお礼の言葉を言い、部屋を出て行ってしまった。残されたクラウスは庭で笑いながら話す鈴に視線を落とす。

 輝く艶やかな金色の髪。大きな青い円な瞳。控えめに微笑む姿は、誰が見ても可憐なお姫様で。鈴の様子を眺めていると、彼の左手の指あたりで赤い何かがきらりと光る。その光を見た瞬間、クラウスは目を見開き、何かに気付く。

「若しかしたら、スズ様も……」

 クラウスは鈴を見詰め、彼の存在をもう一度改めた方が良いかもしれないと、心の中で思った。





 レンガ造りの建物が多く並ぶ街。中世ヨーロッパを思わせるようなデザインの服を着て行き交う人々。髪と目の色は茶色やオレンジと言った暖色系の色が多く、市場に寄ったり、近くの公園で休憩したりと、とても賑わっていた。

「黒髪黒目は目立って街中を歩けない」と言われ、リベルテから茶髪の鬘と眼鏡を渡される。鬘と眼鏡を身に付け、賑わう人や綺麗な建物を眺めながら、夕はリベルテに手を引かれ、街の中を歩いて行く。

 リベルテが市場について説明しながら歩き、夕が興味を持ったお店へ寄り、食べ物を買ったり、お店の人から話を聞いたり。街の人達はとても陽気で明るく、おおらかな人が多い。夕は街の人達とも打ち解け、楽しそうに街を歩いて行った。

「楽しそうだな」
「スッゲェ楽しい。ありがとう、リベル」
「詫びだって言ったろ? 気に入ってくれたみたいで良かった。どうだ? この国の街は……」
「良い街だな。皆笑顔だし、優しいし」
「彼奴のお陰でな」
「彼奴?」
「彼奴が、国を治めるようになってから、この国は一気に活性化したんだ。農作物が豊富に実るように水路を確保したり、働けない人達に仕事を与えたり、貧しい村や地域にも目を向けて、自ら視察しに行ったり……だから、彼奴はこんなにも国民から慕われている。誰からも必要とされている、完璧な王子様ってヤツだ。出来損ないの俺とは、生きてる世界が根本的に違う」
「…………」
「彼奴じゃなかったら、この国は此処まで豊かにはならなかった」
「意外だな」
「何がだ?」
「ユリウス様の事、嫌いじゃないんだって思って」
「…………」

 夕の言葉に、リベルテは表情をなくし「自慢の兄だった」と言う。リベルテの声は驚く程低く、彼の表情は憎悪に満ちていた。ユリウスを賞賛するような事を話す為、夕はリベルテがユリウスの事を嫌っているのは只の思い込みかと考えた。

 世継ぎ争いか、周囲の環境のせいで、兄弟仲が不仲になっているだけかと思うも、リベルテの表情は怖ろしく、憎しみの感情が嫌という程伝わってくる。

「悪いな。王族の小競り合いに巻き込んじまって……彼奴とは喧嘩中なんだ。些細な理由でな。お前が気にする必要はねえよ」

 お前だって、神子様と喧嘩した事くらい何度もあるだろ?

 夕の肩を叩き、リベルテは笑いながら言う。確かに、夕も鈴と喧嘩した事はあるが、夕が思っている「兄弟喧嘩」と、リベルテが思う「兄弟喧嘩」は、言葉は同じでも、その言葉に込められている重さは全く違う。

 兄弟喧嘩とリベルテは言うが、彼の表情は険しく、笑顔もぎこちない。どうしてユリウスを嫌っているのか、何が原因で不仲になったのか、リベルテに聞きたい事は沢山あったが、リベルテに直接聞く勇気は、夕にはなかった。

「そろそろ戻らねえと、クラウスに叱られるな」
「え? あ、あぁ」

 リベルテに指摘され、夕が街に視線を向けると、辺り一面、オレンジ色に染まっていた。リベルテが立ち上がり「クラウスに怒鳴られるかもな」と苦笑しながら言う。「その時はその時だ」と言うと、夕も立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべる。

「一緒に怒られようぜ」と伝えると、リベルテは夕の手を取り「この、お人好し」と呟く。夕の手を引き、リベルテは城へ戻る為、ゆっくりと足を進めた。
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