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第1章

浜辺での出会い2

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 浜辺でずぶ濡れの鈴を見付けた夕は、慌てて鈴を抱き抱えると、金髪の男に説明をし、急いで城へ戻った。直ぐに医者の元へ連れて行き、怪我が無い事を知ると、夕は漸く安堵し、泣きながら何度も「無事で良かった」と言って鈴を強く抱き締めた。

「見付かって良かったな」
「ありがとうございます。一緒に鈴を捜してくれて……」
「神子様が海で遭難したとなれば大騒ぎになるからな。その前に見付かって良かったよ」
「本当に、ありがとうございます。ほら、鈴も」
「有り難う、御座いました。それと、ご迷惑をお掛けして、済みませんでした」

 ずぶ濡れの状態では風邪を引くからと、鈴をお風呂に入れ、新しい服を使用人に用意して貰った。ひと段落した所で、夕は金髪の男にお礼を言う。自分に非があった事は明らかで、二人に迷惑を掛けてしまったと自覚し、鈴は素直に謝罪した。

 夕の話によると、鈴が向かった場所は満潮と干潮の水位の差が激しく、波の高さや水の流れも不規則で、非常に危険な場所だと言う。満潮になると、あの場所は全て海水に浸り、人間が生きて帰れる可能性は極めて低いと知らされる。

 干潮時に波が穏やかで、人の足で行ける場所でも、危険地帯だと城の者達や近辺の国民達は知っているから、滅多に寄り付かない場所だと。夕達の話を聞き、鈴は自分がいかに危険な場所に居たかを理解し、もう一度、2人に謝罪した。

「はぁ、でも良かったぁ。鈴が無事で。鈴が居なくなったら、俺、俺……あぁ、良かった。本当に、良かった」
「…………」

 鈴の両肩に手を置き、夕は心底安心したような声色で鈴に言う。金髪の男が「お前、神子様の何なんだ?」と問うと、夕は金髪の男に視線を戻すと、姿勢を整え口を開いた。

「済みません。自己紹介がまだでした。俺は朝槻夕と言います。夕って呼んで下さい。それと、神子様と呼ばれてるコイツですが……」
「宮守鈴と言います。鈴と呼んで下さい。僕と夕の関係ですが、僕達、従兄弟何です」
「従兄弟?」
「はい。従兄弟です。なので俺達の関係は家族で兄弟と言った感じです」
「兄弟?」
「は、はい」
「…………」
「あ、あの……」

 夕と鈴が黙り込んだ男に声を掛けるが、男は兄弟と小さく呟き、何かを考え込んでいるのか、俯いたまま動かない。二人が心配して「大丈夫ですか?」と言った途端、男はハッとして二人に視線を向ける。心配そうに見詰めてくる二人の視線に気付き、男は「悪い」と告げる。

「そう言えば、俺、名前言ってなかったな」
「え? あ、はい」
「そうですね。貴方は一体……」
「俺はリベルテ。リベルテ・ルミエール」

 男の名を知り、二人は驚きリベルテを凝視した。ルミエール。それは、ソレイユ国第一王子であるユリウスと同じファミリーネーム。確かにユリウスと似た顔立ちをしているとは思っていた。リベルテは驚いている二人に苦笑する。

「俺は正真正銘、ルミエール家の次男だよ。ソレイユ国第二王子、リベルテ・ルミエール。ソレイユ国を治める彼奴の弟だ」
「…………」
「と言っても、此処に俺の居場所何てねえけど」

 ユリウスに弟が居たと言う事実に驚き、兄弟だと言うのに、何処か棘のある言い方をするリベルテに更に驚く。王族貴族の兄弟と言うのは、世継ぎ争いで不仲で険悪なのが当たり前なのかも知れない。日本史や世界史でも、兄弟同士の世継ぎ争いは有り、殺し合っていたと聞く。

 しかし、ユリウスに限って、実の弟を、血の繋がった家族を邪険に扱うような人間には思えなかった。城に仕える使用人や騎士に慕われ、国民達にも愛されるユリウスが、国の為、民の為と常に弱者の立場の人々に視点を置いて、国を治めているユリウスが、血の繋がった弟を切り捨てるだろうか。いや、しない筈だ。

 そう思いはするものの、リベルテがユリウスの事を話す時の表情はとても冷たく、素っ気ない。ユリウスの名前を呼ぶ事すら嫌なのか、リベルテの口からユリウスの名前が出てくる事はない。リベルテは二人の反応を気にする様子もなく、話を続けた。

「彼奴が婚約するから、俺は此処に渋々戻って来ただけなんだ。パーティーが終われば俺は直ぐに此処を出て行くから、お前達と一緒に居られる時間は少ないと思う。短い期間になると思うが、一応宜しく」

 爽やかな笑顔を二人に向けるリベルテに戸惑いつつも「こちらこそ宜しくお願いします」と言って、ぎこちなくリベルテと握手を交わす。

 リベルテにユリウスの事を聞きたかったが、冷たい表情と棘のある言動が脳裏を過ぎり、二人はリベルテに何も聞く事が出来なかった。




 リベルテと出会って数日後。ユリウスが婚約パーティーを開くと公表し、城の中は兵士や使用人達が慌ただしく動き回っていた。世論にはユリウスの婚約者を選ぶパーティーを開くと知らせ、そのパーティーに参加した鈴をユリウスが選び、公表する流れらしい。

 突然、ソレイユ国の王子が婚約者はこの人だと言えば、納得しない王族貴族が問題を起こすかもしれない。流血沙汰になる大惨事は起こらない方が良い。

 その為、直ぐには公表せずパーティーで鈴がユリウスに相応しい人材である事を知らしめた上で公表した方が混乱が少なくて後処理が楽だと、クラウスは言っていた。

「つまり、王族貴族の婚約希望者達はサクラって事か」
「サクラ?」
「場を盛り上げる為の引き立て役の事ですよ」
「へぇ。お前の世界の言葉は面白いな」
「そうですか?」
「あぁ。前に教えてもらった『コトワザ』って言うのが特に面白い」
「この国には無いんですか? 昔からの教えと言うか、お婆ちゃんの知恵袋みたいなの……」
「うーん。特に聞いた事ねぇかなぁ」
「そう、ですか」

 リベルテと話しながら、夕は荷台に積まれた大量の箱を一つずつ丁寧に持ち、その箱を子どもやお年寄りに配布する。子ども達は箱を受け取ると夕とリベルテに満面の笑みを浮かべて「ありがとう」と言って走り去って行く。

 最初は黒髪黒目の夕を怖がり、敵意の篭った視線を向けていたが、リベルテが夕の隣に立った途端、周囲の人達はパッと表情を明るくさせ、リベルテを囲んで世間話をした。

 リベルテが夕の事を「友人だ」と「悪い奴じゃない」と言うと、彼等は警戒しながらも夕に話し掛けた。元々子ども好きで世話好きな性格の夕は直ぐに彼等に認められ、夕を怖がる人は居なくなった。

「けど、良かったのか? 神子様を城に残したままで……」
「あぁ、問題はないと思います。今頃、使用人達の着せ替え人形にされていると思いますが、大丈夫ですよ。多分……」
「神子様も不運な事だな。あんな奴のお飾り人形を演じないといけないんだからな」
「……まぁ、演技に関しては、鈴は慣れていると思いますが……」
「だからクラウスに目を付けられたんだろうな。容姿も良く、性格も申し分ない。誰も文句が言えないよう完璧なお姫様に仕立て上げて、彼奴の隣に立たせる。ご愁傷様な事だ」
「鈴には同情しますけど……その、リベルテ様は……」
「リベルで良いぜ。堅苦しいのは苦手なんだ。敬語も必要ない」
「そ、そうで、そうか。あの、リベルは、ユリウス様が嫌いなのか?」
「…………」

 夕が聞いた途端、リベルテの動きがピタリと止まる。リベルテの反応に、夕は聞いてはならない事を聞いてしまったと気付き、後悔する。慌てて「答えたくないなら、別に良い」と伝え、夕はリベルテに謝罪の言葉を述べる。

 リベルテは無言で手を動かし、荷台に積んである箱を子どもや老人達に配布し続けた。子ども達と話している時は明るく、爽やかなお兄ちゃんと言った感じなのに、ユリウスの事になるとリベルテは極端に口数が少なくなり顔つきが険しくなる。

 その反応で、リベルテがユリウスを嫌っている事は分かるが、嫌う理由迄は分からない。踏み込んではならない領域なんだろうと結論付け、夕はリベルテにユリウスの話は極力しない方が良いと、心の中で決意した。

 箱を全て運び終わったのは昼過ぎで、村人達と別れを告げ、二人は馬車に乗り、城付近の街まで移動した。突然、リベルテが馬車を止めるよう部下に命令する。馬車の扉を開けると、リベルテは夕の手を取り、馬車から降ろす。リベルテが部下に「城に戻れ」と命令すると、部下は馬車を動かし、城へと戻って行った。

 馬車から降ろされた夕はリベルテに戸惑いの表情を向ける。不安がる夕にサッと振り返ると、リベルテは口を開いた。

「街の中、案内してやるよ。この前の詫び」

 ニカッと爽やかな王子様スマイルを夕に向けてイケメンな発言をするリベルテに、夕は感動する。リベルテが王子様だと言う事も忘れ、公共の場であるにも関わらず、勢い良く抱き付き、夕は「大好きだぁっ!」と、思わず大声で叫んでしまった。

 自分に抱き付く夕に苦笑しつつ、リベルテは夕を剥がし「ほら行くぞ」と言って夕の手を取り、賑わう街中へと足を進めた。
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