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敵意と対立1
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集中して勉強していると時間が経つのが早く、気付くともう夕暮れだった。ボーモンさんに言われて、今日の勉強は終わりにした。ボーモンさんは夕食の準備をする為に退室したから今は広い部屋に僕ひとり。
「やっぱり、一から覚えるのは大変だなあ」
女神様の力で文字の読み書きは問題ないけど、歴史や文化を覚えるのは大変だ。それに加えて王族の名前や貴族同士の関係も覚えないといけないから不安になる。ボーモンさんは無理に覚える必要はないって言ってくれたけど、知っていた方が絶対に役立つから、僕は覚える為に紙に書き写している。
「オーバン様、今日も遅いのかな」
パーティーの準備で忙しいのは分かっている。夕暮れになっても帰ってこないから、今日も日を越すかもしれない。本当は起きて待った方がいいのかもしれないけど、夜の十時くらいになるとボーモンさん達から「もうお休みください」と言われて部屋に戻されてしまう。
「もう少ししたら帰ってくるんじゃない? 今日は早めに仕事が終わったから」
「え? そうなんですか!?」
「本当本当。だって俺、騎士団の副団長だし」
「え?」
言われてみれば、目の前にいる男の人が身に付けている衣装はオーバン様が身に付けていた衣装と同じデザインだ。騎士団の副団長ってことは、オーバン様の部下ってこと? なんで、副団長がこの部屋に居るんだろう?
「俺のこと、知らないの? 結構有名なんだけどなあ。シルヴァン・ルーゼル。ルーゼル侯爵家の嫡男」
「こう、しゃく」
「まさか、そんな簡単なことも知らない訳? オーバンの伴侶なのに?」
「…………」
まるで僕を責め立てるような口調だ。いいや、責め立てられているんだろう。貴族の間では常識でも、この世界に来たばかりの僕には何が常識で、何が非常識なのか分からない。シルヴァンと名乗った男の人は柔らかな栗色の髪を靡かせながら僕に近付いてきた。優しく笑っているのに、赤茶色の瞳はとても冷たくて全く笑っていない。
「アンタって人を騙すのが上手いよな」
「え?」
「どうやってオーバンに気に入られたの? 彼奴の大切な思い出を利用して、片想いの相手に成りすますなんて凄いじゃん」
「な! 僕は、利用なんか……」
「してるだろ? どうやってオーバンの過去を調べたのかは知らねえけど、寄生するなら他の奴にしろ。目障りなんだよ。お前」
「…………」
「フェリシアン殿下がダメだったから、次はオーバンに気に入られようって魂胆だろ? 性格悪いな。そんなんだから誰にも選ばれねえんだよ。なあ? あまりもので有名な神子もどき様?」
違う。僕は寄生なんかしていない。フェリシアン様のことだって、僕は何もしていない。本当に好きな人と結ばれたいと聞いた時、僕は大人しく身を引いた。聖女様に意地悪をしたとか、情けなくフェリシアン様に縋り付いたとか、僕が無理矢理フェリシアン様の伴侶になったとか、全部、全部嘘だ。嘘なのに、誰も信じてくれなかった。否定すれば「嘘吐きだ」と責め立てられて、黙っていれば「やっぱりお前の仕業じゃないか」と悪者扱いされる。
「ぼく、は」
「言い訳すんなよ。見苦しい。今度は泣き落とし? そんな安い涙で俺が騙されるとでも思ってんの? 目障りだって言っただろ? オーバンは諦めて、さっさとこの屋敷から、彼奴の前から消えろ!」
嫌だ、オーバン様と離れたくない! 赤の他人の貴方に、そんなことを言われる筋合いはない! 心ではそう思うのに、言葉にはできなかった。優しくされすぎて、あまりにもこの屋敷の居心地がよくて、僕は忘れていた。これが普通の反応なのだと。外の世界では、僕はフェリシアン殿下に捨てられたあまりもの。聖女様に嫌がらせをした最低な神子もどき。誰にも必要とされない不要な魂。
十回目でやっと、幸せになれるって思ったんだけどなあ。やっぱり、ダメ、なのかなあ。目頭が熱くなって、視界が歪む。彼はオーバン様の為を思って、僕を追い出そうとしているんだ。オーバン様が大切だから。邪魔なのは僕の方。
「分かりました。貴方の望み通り、僕は消えます」
「は?」
「安心、してください。これが最後、です。僕はもう、転生しません」
「お前、なにを、言って……」
「僕、疲れちゃいました。転生するのも、この世界で、生きる、のも」
「ま、待て! ちょっと待て! お前、手が」
消えかけている。そんなの、僕が一番知っている。転生しただけではこの世界では生きられない。この世界の誰かに愛されなければ、誰にも選ばれなければ、異世界人は直ぐに消えてしまう。今迄は女神様の領域に戻ってまた転生する準備に入るけど、僕はもう転生しない。女神様と話して、今回で最後にしてほしいとお願いしたから。
「さようなら」
ちゃんと、上手く笑えているかな? 最期は笑って消えたい。それなのに、上手く笑えない。溢れる涙を止められない。手足の感覚が薄れていって、意識が遠のいていく。あぁ、僕は、今度こそ消えちゃうんだ。魂ごと、全部。消える前に、一瞬だけでもいい。オーバン様に、会いたかった、な。
「クウ!」
薄れゆく意識の中で、オーバン様の叫び声を聞いたような気がした。
「やっぱり、一から覚えるのは大変だなあ」
女神様の力で文字の読み書きは問題ないけど、歴史や文化を覚えるのは大変だ。それに加えて王族の名前や貴族同士の関係も覚えないといけないから不安になる。ボーモンさんは無理に覚える必要はないって言ってくれたけど、知っていた方が絶対に役立つから、僕は覚える為に紙に書き写している。
「オーバン様、今日も遅いのかな」
パーティーの準備で忙しいのは分かっている。夕暮れになっても帰ってこないから、今日も日を越すかもしれない。本当は起きて待った方がいいのかもしれないけど、夜の十時くらいになるとボーモンさん達から「もうお休みください」と言われて部屋に戻されてしまう。
「もう少ししたら帰ってくるんじゃない? 今日は早めに仕事が終わったから」
「え? そうなんですか!?」
「本当本当。だって俺、騎士団の副団長だし」
「え?」
言われてみれば、目の前にいる男の人が身に付けている衣装はオーバン様が身に付けていた衣装と同じデザインだ。騎士団の副団長ってことは、オーバン様の部下ってこと? なんで、副団長がこの部屋に居るんだろう?
「俺のこと、知らないの? 結構有名なんだけどなあ。シルヴァン・ルーゼル。ルーゼル侯爵家の嫡男」
「こう、しゃく」
「まさか、そんな簡単なことも知らない訳? オーバンの伴侶なのに?」
「…………」
まるで僕を責め立てるような口調だ。いいや、責め立てられているんだろう。貴族の間では常識でも、この世界に来たばかりの僕には何が常識で、何が非常識なのか分からない。シルヴァンと名乗った男の人は柔らかな栗色の髪を靡かせながら僕に近付いてきた。優しく笑っているのに、赤茶色の瞳はとても冷たくて全く笑っていない。
「アンタって人を騙すのが上手いよな」
「え?」
「どうやってオーバンに気に入られたの? 彼奴の大切な思い出を利用して、片想いの相手に成りすますなんて凄いじゃん」
「な! 僕は、利用なんか……」
「してるだろ? どうやってオーバンの過去を調べたのかは知らねえけど、寄生するなら他の奴にしろ。目障りなんだよ。お前」
「…………」
「フェリシアン殿下がダメだったから、次はオーバンに気に入られようって魂胆だろ? 性格悪いな。そんなんだから誰にも選ばれねえんだよ。なあ? あまりもので有名な神子もどき様?」
違う。僕は寄生なんかしていない。フェリシアン様のことだって、僕は何もしていない。本当に好きな人と結ばれたいと聞いた時、僕は大人しく身を引いた。聖女様に意地悪をしたとか、情けなくフェリシアン様に縋り付いたとか、僕が無理矢理フェリシアン様の伴侶になったとか、全部、全部嘘だ。嘘なのに、誰も信じてくれなかった。否定すれば「嘘吐きだ」と責め立てられて、黙っていれば「やっぱりお前の仕業じゃないか」と悪者扱いされる。
「ぼく、は」
「言い訳すんなよ。見苦しい。今度は泣き落とし? そんな安い涙で俺が騙されるとでも思ってんの? 目障りだって言っただろ? オーバンは諦めて、さっさとこの屋敷から、彼奴の前から消えろ!」
嫌だ、オーバン様と離れたくない! 赤の他人の貴方に、そんなことを言われる筋合いはない! 心ではそう思うのに、言葉にはできなかった。優しくされすぎて、あまりにもこの屋敷の居心地がよくて、僕は忘れていた。これが普通の反応なのだと。外の世界では、僕はフェリシアン殿下に捨てられたあまりもの。聖女様に嫌がらせをした最低な神子もどき。誰にも必要とされない不要な魂。
十回目でやっと、幸せになれるって思ったんだけどなあ。やっぱり、ダメ、なのかなあ。目頭が熱くなって、視界が歪む。彼はオーバン様の為を思って、僕を追い出そうとしているんだ。オーバン様が大切だから。邪魔なのは僕の方。
「分かりました。貴方の望み通り、僕は消えます」
「は?」
「安心、してください。これが最後、です。僕はもう、転生しません」
「お前、なにを、言って……」
「僕、疲れちゃいました。転生するのも、この世界で、生きる、のも」
「ま、待て! ちょっと待て! お前、手が」
消えかけている。そんなの、僕が一番知っている。転生しただけではこの世界では生きられない。この世界の誰かに愛されなければ、誰にも選ばれなければ、異世界人は直ぐに消えてしまう。今迄は女神様の領域に戻ってまた転生する準備に入るけど、僕はもう転生しない。女神様と話して、今回で最後にしてほしいとお願いしたから。
「さようなら」
ちゃんと、上手く笑えているかな? 最期は笑って消えたい。それなのに、上手く笑えない。溢れる涙を止められない。手足の感覚が薄れていって、意識が遠のいていく。あぁ、僕は、今度こそ消えちゃうんだ。魂ごと、全部。消える前に、一瞬だけでもいい。オーバン様に、会いたかった、な。
「クウ!」
薄れゆく意識の中で、オーバン様の叫び声を聞いたような気がした。
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