あまりものの神子《完結》

トキ

文字の大きさ
上 下
2 / 76

プロローグ2

しおりを挟む
 案内された大広間には見た目麗しい王侯貴族達。彼らは少年少女達を見て感嘆の息を零した。神子や聖女はこの世界では特別な存在で、生涯の伴侶を決める大切な儀式でもある為、多くの人達が集まっている。その中には見覚えのある人の顔も幾つかあって、僕は顔を伏せた。召喚の儀は毎年行われていて、人数は少なくて一人か二人、多くても五人程度。神官長の指示で今年の神子と聖女が並べられ、ついに伴侶を決める儀式が始まった。儀式って言うのはちょっと大袈裟で、分かりやすく説明するなら異世界版婚活イベントだ。

「神官長。あの時の約束を覚えていますか? 私の想い人が現れたら、一番に私が選んでもいいと」
「オ、オーバン様!?」

 低く落ち着いた美しい声に、その場にいた全員が息を呑んだ。咄嗟に顔を上げた先には、綺麗なシルバーブロンドの髪に、透き通った青い瞳をしたとても綺麗な男の人。他の伴侶候補の人達も綺麗だけど、彼の美貌は桁違いだった。西洋風の顔立ちで、肌も白くて、優しく微笑む姿は王子様みたいで思わずドキッとしてしまう。身に付けている貴族の衣装も落ち着いたネイビーブルーに銀糸で細かな刺繍が施されている。

 それに、彼は「想い人」と確かに言った。その言葉に、他の聖女達も舞い上がって「きゃあ!」と黄色い歓声を上げている。僕は男の人から視線を逸らし、足元を見た。期待したところで無駄だから。僕が選ばれる筈がない。早く選んで、この窮屈な時間から解放してほしい。

「わ、分かりました。オーバン様の意思を尊重しましょう」
「ありがとうございます。神官長殿。ご安心ください。私が選ぶのは、貴方達が予め決めていた候補者ではありませんから」
「オーバン様! それは!」

 神殿側にも裏事情があったんだ。それもそうか。王侯貴族の伴侶ともなれば、容姿が良くなければ不釣り合いだし。僕が選ばれなかったのは、僕が平凡だからなのかな?

「貴方が再び来てくれるのを、ずっと待っていました。神子様。どうか、私の伴侶になってくれませんか?」
「え?」

 どうしてだろう? 足元を見ていた筈なのに、白い手袋が見える。それが、男性の手だと気付くのに少しだけ時間がかかった。驚いて少しだけ顔を上げると、僕の前にオーバンと呼ばれていた綺麗な人が、片膝をついて僕に手を差し伸べていた。

「オ、オーバン様! 何故、そのようなあまりものを選ぶのですか!?」
「そうです! オーバン様であれば、彼よりももっと相応しい方が……」
「私が誰を選ぼうが私の勝手だ。邪魔をするなら、たとえ神官長殿でも斬るぞ?」
「ひぃ!」

 あまりもの。聞き慣れた言葉だから平気なのに。戸惑っていると、オーバン様は僕を見上げて「神子様、どうか手を」と言われて、僕は思わず彼の手の上に自分の手を重ねてしまった。その瞬間、強い力で手を引かれて彼の胸の中に飛び込んでしまう。慌てて離れようとしたら腕を背中に回されて身動きが取れない。

「ありがとうございます。神子様。私が貴方を幸せにします。私は彼のように誰かに現を抜かして捨てたりなんかしません。生涯、貴方だけを愛することを誓います。クウ」
「え?」

 クウ。僕の名前だ。空に羽と書いて、くう。どうして、この人が僕の名前を知っているんだろう? 僕がフェリシアン様に捨てられた話は有名だけど、名前までは覚えていない筈だ。それなのに、どうして……

「行きましょう。クウ。早く貴方を私だけのものにしたい」
「え? はい?」

 何時の間にか抱き上げられて、オーバン様は神殿の中を堂々と歩いて行った。神官長達の引き止める声も聞かず、立派な馬車に乗って扉を閉めると、馬車は動き出してしまった。

「もう大丈夫です。クウ。これからはずっと一緒です。悲しい思いなんてさせません」

 馬車の中でも抱きしめられて、優しく頭を撫でられて、僕は自然と涙が溢れた。ずっと選ばれないと諦めていた。仕方ないことだと反論しなかった。神官達の嘲笑も、陰口も、小さな悪意も、黙って聞き流していた。そうするしか方法がなかったから。でも、オーバン様に選ばれて、僕は初めて辛かったのだと、悲しかったのだと気付いた。いいや、傷付かないフリをしていた。知らないフリをしていただけで、ずっと、ずっと寂しかった。諦めていても、期待せずにはいられなかった。でも、結局誰も選んではくれなくて、何度も何度も繰り返して十回目。

「オーバン様は、僕を、捨てませんか?」
「当たり前です! やっと好きな人を手に入れたのに、捨てるなんてあり得ない!」

 あぁ、この人は大丈夫だ。何故か、確信した。今迄我慢していた反動なのか、僕はオーバン様に抱きついて子どものように泣きじゃくった。オーバン様は泣きじゃくる僕の頭を優しく撫でて「辛かったですね」と慰めてくれた。辛かった。悲しかった。寂しかった。こんな風に優しくされたのは初めてで、何度も何度も「捨てないで」とオーバン様に懇願した。彼にまで捨てられたら、僕はきっと立ち直れない。フェリシアン様のように、他に好きな人ができたと言われて捨てられたら。考えるだけで恐ろしかったけど、オーバン様は「私は貴方を絶対に捨てません」と言ってくれた。それだけで、僕の心は満たされて、安心してオーバン様に身を委ねた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...