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第十四話 音羽
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祭りの当日はよく晴れた。
獅子の宮入の時間帯に目が覚めてしまった俺は、急いで支度をして家を出た。
「健人!遅かったじゃん」
神社の鳥居をくぐると、腰に二本の笛をさした森くんが、俺のもとにやってきた。
「ねぼーした」
「いよいよサツにしょっぴかれたかと思ったよ」
「ええ?あははっ。健人くん何したの?」
すぐそばにいた太鼓方の夏目さんが、俺たちの会話に入ってきた。
「お。夏目さん。久しぶりじゃん」
「久しぶり。相変わらずイケメンやけどちょっと老けたね」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
俺の冗談に夏目さんは上機嫌に笑った。
すると、参道を挟んで向こう側にある手水舎から、叶絵がこちらに歩いてきた。
笛方の衣装である、牡丹柄の紺の法被を着ていた。
よく似合っている。
「健人」
大きな目が、俺を見た。
俺は思わず下を向いて、地面の砂利を見た。
なんとなく、彼女をまっすぐに見れなかったのだ。
「ねえ。目が充血してない?昨日はよく眠れたの?」
叶絵はより近づいてきて、俺の顔を覗き込んだ。
ちけえな、おい。
「寝すぎてこうなったんだよ」
俺は顔をふせて、獅子方連中のほうに向かった。
宮入が終わり、家や店を何軒か回り、十一時くらいに駅前のコンビ二に着いた。
俺は獅子には入らない順番となったので、森くんと雑談をしながら、駐車場の車止めに腰かけて休憩をしていた。
すると、いつの間にか俺らの近くに停められた紺色のパッソから、見覚えのある女性が降りる姿が見えた。
音羽だ。
俺より先に、森くんが反応した。
「あれ?音羽じゃん」
「おっす。今日本番じゃん!って思って、買い物ついでに寄ってみたの。今どこにいるかラインしようとしたけど、この辺を車で走ってたらたまたますぐに見つかったわ。太鼓台とか百足獅子とか目立つから楽だよね!」
音羽は嬉しそうに森くんに言った。
それから、隣にいる俺に向かって「健人も久しぶり」と言った。
「お前妊娠したんだって?つわりとか大丈夫なん?」
俺は挨拶よりも先にこの言葉が出た。
「いややばいよ。今日は比較的まし。普段は引きこもってほぼ死んでる」
「へえー。つらそうだな。何?買い物ついでってことはすぐに帰んの?」
「うん。午後からお母さんが家に来るからさ。ちょっとだけ見て帰るね」
「そっか」
「一曲ぐらい吹いていけば?音羽。太鼓台に予備の笛が入ってるよ」
森くんが太鼓台を指さして言った。
「えー。いいよいいよ」
音羽は恥ずかしそうに笑った。
あの懐かしい三日月目だ。
俺はぼんやりとその顔を見つめていると、後ろから服の裾を引っ張られた。
「健人」
「ん?」
振り向くと、叶絵だった。
俺の服の裾を握ったままで、唇を固く結んで俺を見ていた。
「ん?なんだよ?」
「・・・喉乾いた。飲み物買って」
「は?自分で買えよ」
「小銭持ってない」
「じゃあ五百円やるから適当に買ってこいよ。あ、俺コーラでいいわ」
俺からお金を受け取った叶絵は不満そうな表情を浮かべたままで、コンビニの入り口に向かって歩いて行った。
「今の子だれ?うちの町内の子?」
音羽が森くんに訊いた。
「伊丹さんのところのお孫さんだよ。今年から参加してるんだ」
「へえ~。良かった!笛方が増えて!それになんか、ずいぶんと健人に懐いているみたいだね」
「そうみたいだな」
俺が答えたところで、店に入ったはずの叶絵がこちらに戻ってきた。
そして、もう一度俺の服の裾を掴んだ。
「ねえ。コーラ?ゼロコーラ?それとも、もしかしてペプシ派?」
「はあ?コーラはコーラだろ?」
「わかんない。コーラにも期間限定のチェリー味があって」
「だからあ、普通のコーラでいいって。ペットボトルのやつ。な?」
呆れて俺が笑うと、叶絵は一度だけ頷いた。
そのあとにチラッと森くんと音羽の方を見て、また店に戻って行った。
コンビニに獅子を二曲ほど回したところで、音羽は「帰るね」と言って、再び車に乗り込んだ。
俺と森くんで、パッソを運転しながら片手をあげた音羽に、大きく手を振った。
久しぶりに彼女の姿を見ると、もっと複雑な心境になるか思ったが、意外とそうでもなかった。
むしろ晴れやかな気分だ。
素直に、彼女のこれから歩む道の幸せを願う気持ちが大きかった。
何が俺をそうさせたのか。
心の中で自らのその答えにたどり着くまでに、それほど時間はかからなかった。
景色に溶け込んでいく紺色のパッソが、ほとんど見えなくなった。
獅子の宮入の時間帯に目が覚めてしまった俺は、急いで支度をして家を出た。
「健人!遅かったじゃん」
神社の鳥居をくぐると、腰に二本の笛をさした森くんが、俺のもとにやってきた。
「ねぼーした」
「いよいよサツにしょっぴかれたかと思ったよ」
「ええ?あははっ。健人くん何したの?」
すぐそばにいた太鼓方の夏目さんが、俺たちの会話に入ってきた。
「お。夏目さん。久しぶりじゃん」
「久しぶり。相変わらずイケメンやけどちょっと老けたね」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」
俺の冗談に夏目さんは上機嫌に笑った。
すると、参道を挟んで向こう側にある手水舎から、叶絵がこちらに歩いてきた。
笛方の衣装である、牡丹柄の紺の法被を着ていた。
よく似合っている。
「健人」
大きな目が、俺を見た。
俺は思わず下を向いて、地面の砂利を見た。
なんとなく、彼女をまっすぐに見れなかったのだ。
「ねえ。目が充血してない?昨日はよく眠れたの?」
叶絵はより近づいてきて、俺の顔を覗き込んだ。
ちけえな、おい。
「寝すぎてこうなったんだよ」
俺は顔をふせて、獅子方連中のほうに向かった。
宮入が終わり、家や店を何軒か回り、十一時くらいに駅前のコンビ二に着いた。
俺は獅子には入らない順番となったので、森くんと雑談をしながら、駐車場の車止めに腰かけて休憩をしていた。
すると、いつの間にか俺らの近くに停められた紺色のパッソから、見覚えのある女性が降りる姿が見えた。
音羽だ。
俺より先に、森くんが反応した。
「あれ?音羽じゃん」
「おっす。今日本番じゃん!って思って、買い物ついでに寄ってみたの。今どこにいるかラインしようとしたけど、この辺を車で走ってたらたまたますぐに見つかったわ。太鼓台とか百足獅子とか目立つから楽だよね!」
音羽は嬉しそうに森くんに言った。
それから、隣にいる俺に向かって「健人も久しぶり」と言った。
「お前妊娠したんだって?つわりとか大丈夫なん?」
俺は挨拶よりも先にこの言葉が出た。
「いややばいよ。今日は比較的まし。普段は引きこもってほぼ死んでる」
「へえー。つらそうだな。何?買い物ついでってことはすぐに帰んの?」
「うん。午後からお母さんが家に来るからさ。ちょっとだけ見て帰るね」
「そっか」
「一曲ぐらい吹いていけば?音羽。太鼓台に予備の笛が入ってるよ」
森くんが太鼓台を指さして言った。
「えー。いいよいいよ」
音羽は恥ずかしそうに笑った。
あの懐かしい三日月目だ。
俺はぼんやりとその顔を見つめていると、後ろから服の裾を引っ張られた。
「健人」
「ん?」
振り向くと、叶絵だった。
俺の服の裾を握ったままで、唇を固く結んで俺を見ていた。
「ん?なんだよ?」
「・・・喉乾いた。飲み物買って」
「は?自分で買えよ」
「小銭持ってない」
「じゃあ五百円やるから適当に買ってこいよ。あ、俺コーラでいいわ」
俺からお金を受け取った叶絵は不満そうな表情を浮かべたままで、コンビニの入り口に向かって歩いて行った。
「今の子だれ?うちの町内の子?」
音羽が森くんに訊いた。
「伊丹さんのところのお孫さんだよ。今年から参加してるんだ」
「へえ~。良かった!笛方が増えて!それになんか、ずいぶんと健人に懐いているみたいだね」
「そうみたいだな」
俺が答えたところで、店に入ったはずの叶絵がこちらに戻ってきた。
そして、もう一度俺の服の裾を掴んだ。
「ねえ。コーラ?ゼロコーラ?それとも、もしかしてペプシ派?」
「はあ?コーラはコーラだろ?」
「わかんない。コーラにも期間限定のチェリー味があって」
「だからあ、普通のコーラでいいって。ペットボトルのやつ。な?」
呆れて俺が笑うと、叶絵は一度だけ頷いた。
そのあとにチラッと森くんと音羽の方を見て、また店に戻って行った。
コンビニに獅子を二曲ほど回したところで、音羽は「帰るね」と言って、再び車に乗り込んだ。
俺と森くんで、パッソを運転しながら片手をあげた音羽に、大きく手を振った。
久しぶりに彼女の姿を見ると、もっと複雑な心境になるか思ったが、意外とそうでもなかった。
むしろ晴れやかな気分だ。
素直に、彼女のこれから歩む道の幸せを願う気持ちが大きかった。
何が俺をそうさせたのか。
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