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第十一話 芽生

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今日は祭りの前日で、準備に費やす一日だ。

団長代理として一番乗りで寺に入り、中で作業をしていると、十五分後くらいに森くんがやってきた。

「うっす森くん」

畳の上であぐらをかき、『やることリスト』が記載されているノートのページを見ていたら、彼が俺のすぐ傍に立った。

「健人。昨日のことなんだけど」

「ああ。叶絵なら大丈夫だったよ」

ノートから目線を離さずに俺は答えた。

「いや、なんか。僕も今まで悪かったなって思って」

「んだよ!いきなり」

俺は森くんを見上げた。

「昨日の叶絵ちゃんの言葉で、僕も健人の気持ちを深く考えてなかったことに気づいたよ。つつかれたくないことだっただろうに、僕が何を言っても健人がへらへらとかわしてくれてたから、僕もそれに甘えちゃってさ」

「別にいいよ。もともと俺とお前の共通の話題なんて獅子舞と音羽のことくらいしかねえだろ」

「まあ、そうなんだけどさ。え?それだけ?」

森くんは目を丸くしていた。

「おう。むしろそれがなければ、もともと俺ら交わるタイプじゃねえしな」

「そうだけど。あれ?僕はもうちょっと健人と仲良いと思ってたんだけどなあ」

「いやそもそもお前ずりいんだよ。俺とも仲良くして、あっちとも仲良いし、なんなら通とだって仲良いだろ。つうかお前さ、最終的には通の方の肩持ってたよな?」

「一番は音羽の味方だよ。その音羽が最後に通くんがいいって言ったから協力しただけだよ。恨まれる筋合いないね」

「べつに恨んではねえよ。ただ八方美人の薄情者だってつってんの!」

「健人って意外と根に持つタイプだよね。やっぱり僕、最初から通くん派でしたわ」

「お前ぜんぜん反省してねえじゃねえかよ!!!!」

俺はノートを放り投げて立ち上がり、森くんを軽くどついた。

森くんはげらげら笑いながら俺の攻撃を受けている。

そんなじゃれあいをしていると、玄関から尾端さんがやってきた。

「おはよーござます!」

「ああ、健人。昨日はすまんかったの」

「尾端さんもかよ!ついさっきコイツから謝罪受けたばっかなのに」

俺は森くんを親指でさした。

森くんは「へへ」と言って、軽く頭を下げた。

「いや酔っとったからって良くなかったちゃ。お前嫌な顔しとったん分かっとったがに俺らもやめんだしの。ほんまに悪かったわ」

尾端さんは丁寧に頭を下げてきた。

「別にいいって」

俺はちょっと面食い、肩に手を置いてそれを制した。

酒が入っていなかれば、元来かなり真面目な人なのだ。

「ほんで叶絵ちゃん、大丈夫やったか?今日まだ来とらんの」

「あー。なんか機嫌悪かったけど、もし来なかったら、あとから買い出しの時に家寄ってみるわ。誘ったら来るかもしれねえし」

「頼んちゃ。にしても、よっぽどお前に懐いとんがいの。最初のほうとかツンとした顔してあんま誰とも喋らんだがに」

「そうですよねえ。しかも健人は獅子方で、一緒に笛やってる僕より接する時間が短かったのにね」

森くんも感心したように言った。

「まー、皆でラーメン食い行ったり、二人でコンビニにアイス買いに行ったりもしたしな。それでなくても、俺、女子受けいいからさ。誰かさんと違って」

「ふんっ。あと何年持つかね。あと数年後には、僕も健人もそれほど変わんなくなるよ!」

「いやそりゃないわ。死ぬまで森くんと健人は別モンやちゃ」

尾端さんの言葉に、森くんは悔しそうに地団太を踏み始めた。

それを二人で笑っていると、原さんや良司さんもやってきて、同じように昨日の件の謝罪を受け、俺が恐縮するという一通りの流れを経た。

そのうちに町内の学生の子たちもやって来て、一緒に祭りで使う道具の準備をしていると、お昼を迎えた。

昼食を終えても、叶絵はなかなか来なかった。

しかしいざ買い出しに行こうとしたところで、寺の玄関に彼女が姿を現した。

目が合った。

昨日のことを気にしているのか、大きな目が今にも崖から落ちそうな岩のように小刻みに揺れていて、不安げな表情を浮かべている。

しかし、俺は彼女が着ている黒の半袖のデニムワンピースが、褐色の肌によく似合っていて良いな、なんてことを考えている。

何よりも先に、昨日の件について、労わるような言葉を投げかけてあげるべきなのに、俺は我の浅はかさを自覚して、少し恥ずかしくなった。

「叶絵。俺ら今から買い出しに行くけど一緒に行く?」

やっと出てきた声は、自分でも驚くほどに穏やかで落ち着いていた。

だてに二十八年間も人生をやってきただけのことはある。

「うん」

彼女は笑った。

大きな目は不安定な動きを止め、俺を映していた。

目尻と鼻に、小さな皺が寄っている。

あ。この皺。

俺これ、何回でも見たい。

嘘だろ。

え?

俺って、まだこういう感情残ってんの?

とっくに消えた、もしくは最初からないと思ってたのに。

「あ、叶絵ちゃん!そのワンピース可愛いね!僕もお揃いのを買おうかな!」

「なんでよ?買ってどうするの。てか森さんさあ、私のインスタにちょいちょいイイねつけるのなんなの?」

二人が話をしながら、玄関から出て行った。

俺は車の鍵がズボンのポケットの中にあることを何度も確認して、サンダルを履いた。

左右を間違えていたけれど、気にせず外に出た。
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