2 / 13
2 ネックレス
しおりを挟むドカっと大きな音を立てて、執務室の椅子に腰を掛けるケント。そんなケントに呆れたように声をかけるのは、ケントの補佐を職務とする騎士、ギカントス。
早朝、仕事始めにこのような不機嫌な態度でいられれば、面倒だと思うし毎日のことならば呆れる。
「何だケント、また愛犬と喧嘩したのか?」
「ケンカなんてしていない。それと、あの女は犬じゃない。それも、愛なんて・・・」
「なら、なんで離宮に置いているんだ?」
ケントの口癖は、あんな女好きじゃない。あんなニート、さっさと追い出したいだ。それなのになぜ離宮に置いているのか?何度も交わされた会話に苛立ちながらケントは答える。
「あいつが、回復魔法しか使えない、自分の身を守れない奴だから仕方なく・・・だ。だが・・・」
もう限界だ。そんな言葉がギカントスには聞こえた。
「勝手な奴だな。あれだけチカチカとうるさかったのに。前は、好きだったのだろう?」
「・・・黒歴史だ。あんな奴のことが好きだったなんて、思い出したくもない。」
「ケント・・・さすがにそれはないだろう。首輪まで付けておいて、いらないなんて。」
首輪とは、チカを愛犬とたとえたからの表現で、実際はネックレスだ。いつもチカが見せつけるように・・・とケントは思っている・・・・つけているネックレスのことだ。
もちろん、それはただのネックレスではない。
ちょうどその頃、離宮でそのネックレスの話題が出た。
チカがいつものようにそのネックレスを身に着けて、窓の外を眺めている。特に景色が変わるわけでもないが、毎日毎日ぼーと外を眺める姿は、哀れだという人もいれば鼻で笑う人もいる。
休憩の時間がきて、交代のメイドと入れ替わるようにチカから離れる侍女は、後者である。チカが最も側において信頼厚い侍女であるが、それを裏切っている。
「はぁ~疲れた。毎日毎日飽きもせず外を眺めて、老人にでも仕えている気分だわ。」
「あんたは本当に変わらないわね。うまく取り入ってお気に入りになっていい思いしているのに、聖女様のことが嫌いなの?」
「別に嫌ってないわよ。可哀そうだって同情もしているし、馬鹿だなとは思っているけど。そうね、馬鹿にしているが正しいかな?」
「ひどい子ね。おさがりだって優先的にいいのをもらっているのに、そんな主人を馬鹿にするなんて。」
「私の主人はケント様よ。ケント様に命じられているから、あの捨てられた聖女様の世話をしているの。あーあ、本当は私がケント様の奥さんになる予定だったのに、誤算だったのは王女様がケント様の心を奪ってしまうとはね。」
「最近はその話題で持ちきりだね。まぁ、あんたは分不相応なことは考えないで、そのまま順調に仕えて次は勇者様の奥方のお気に入りになればいい。」
「そのつもりよ。まぁ、侍女としてやっていくのなら、聖女様には頑張ってもらいたかったけど、もう手遅れね。」
勝手なことを言う侍女に苦笑いを返す同僚だが、手遅れというのには同意見だ。
「あのネックレスをもらったとき、婚約でもするべきだったね。」
「本当に。欲を言えば、そのまま結婚すれば・・・まぁ、過ぎたことだね。」
ケントがチカに与えたネックレスは、求婚のネックレスというもので、石が付いていないネックレスだ。石が付いていないネックレスは、求婚最中という意味で、それを身に着けている女性に求婚するには求婚している者より地位が高い必要があるというものだ。
そんなネックレスを、勇者は聖女に与えたが、聖女はそれに応えなかった。
それを、石の付いていないネックレスがあらわしている。
聖女が勇者の愛に応えれば、石をつけた婚約のネックレスになるが、応じなければ石のない求婚のネックレスのままだ。
求婚のネックレスは、石をつけて婚約のネックレスにするか、求婚者が返還を求めた場合や求婚されている者が結婚して外すという選択肢がある。
つまり、聖女がしているネックレスは、勇者の気が変わればいつでも取り上げられてしまうという・・・
「今から石をねだるにしても、遅すぎね。逆にネックレスを取り上げられそう。」
「勇者様の気があるうちに受け入れていればよかったのに。」
「あなたも聖女様のことを馬鹿にしているじゃない?いくら私のことをねたんでいるからって、悪者にしないで欲しいわ。」
そういって、侍女は下げ渡された高級菓子を同僚にそっと渡した。世渡り上手めと軽く小突いて、同僚はそれを受け取って笑い合う。
「まぁ、あんたには期待しているからさ。未来の奥さんにも上手に取り入って、私にも少しおいしい思いをさせてくれよ。」
「それはあなたの働き次第かな?しっかりと私をサポートしてよね。さ、休憩ももう終わり、介護に行ってくるわ。」
「王女様が勇者様と結ばれるまでの辛抱よ。でも、可哀そうよね・・・外のことは何も知らないのだから、勇者様の心がなぜ離れているのかもわからないのでしょうね。」
「そうね。・・・今日は一層優しくしてあげましょう。」
「昨日も見ていられなかったものね。」
手を軽く振って同僚と別れた侍女は、聖女がいる部屋にノックをして入る。中にいたメイドと目配せで交代していると、バサバサと鳥の羽音が部屋に響いた。
「律義ね・・・」
「いかがなさいましたか、聖女様。」
「なんでもないわ、マレーヌ。あなたが戻るのを待っていたの。」
「光栄ですわ。何をいたしましょう?」
「お茶の用意を、あなたがいれてくれたお茶が一番おいしいから。」
「ありがとうございます。心を込めてお入れしますね。」
ちらりと、侍女は聖女の首元にある石のないネックレスを見て、心の中で馬鹿にする。
すでに価値のない物にすがる姿は滑稽だと。
意識を切り替えてお茶を入れる侍女の視線がチカから離れると、チカは先ほど鳥が飛び去った方向へ目を向けて微笑んだ。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる