1 / 41
1 望まぬ転移
しおりを挟む「最初から、こうしておけばよかった。」
無表情に呟いた後悔。
学校の屋上、さびた手すりに身を預けて、月神完利つきがみかんりは夕日を眺めている。鉄のにおいが鼻につき、カンリは手すりから体を離して目を閉じる。
キーンコーンカーンコーン・・・帰りの時間を知らせるチャイム。
頭によぎるのは、これまでの生活。モノクロの世界から、目が痛くなるような、胸が痛くなるほどの鼓動を教えてくれた彩の日々。
今目を開けたとして、カンリの前に広がる世界はモノクロだ。
「そこで何をしている!」
バンと音を立てて、背後の扉が開かれた。次いで聞こえる無能な教師の声から逃げるように、カンリは前に一歩進んで目を開ける。
夕日が、赤く空を染めている。
何もない一歩先へと重心を置く前に、少女は背後を振り返って教師をあざ笑った。
「やめろっ!」
もう、お前も終わりだよ。
カンリは教師の前から姿を消した。
いつまでたっても来ない衝撃に、落ちたと認識したときにつぶっていた目を開けるカンリ。目を開けた瞬間、聞こえていた風の音は消え、目は白い天井を移した。高い天井、グラグラと揺れている感覚が収まってから、カンリは起き上がる。手をついた床も白で、冷たい石の感触を感じた。
そこへ、クラリとする香水の香りと共に、綺麗な手が差し出された。
「大丈夫ですか?」
「・・・ここは?」
手を差し出す相手を見上げると、そこにはクラスのイケメンともてはやされていた山本君もかすむような、美男子がいた。長い金の束ねられた髪がはらりと落ちて、青い瞳がカンリを見下ろす様子に、何かが起こったのだということをカンリは理解した。
「床は冷えます。お手を。」
お手?
手を取るという方ではなく、犬の芸を浮かべたカンリは一瞬戸惑ったが、その手を取って立ち上がった。
美男子は立ち上がったカンリに微笑みかける。
「危ないところでしたね。あなたはあと一歩で命を落とすところでした。こんなにかわいいお嬢さんの命が儚く散ってしまうのは耐えられませんから、良かったです。」
「・・・」
「申し遅れました。私はケイレンス・パグラント。パグラント王国の第一王子です。ようこそ、我が国へ。」
聞いたこともない国だ。
「あなたは?」
「・・・月神」
カンリは、名字だけを名乗ってケイレンスに対して警戒する視線を向ける。そのことにケイレンスは驚いて、若干目を見開いたがすぐに笑顔をとりつくろう。
ケイレンスは王族で容姿も整っている。初対面でも女性に警戒されることなどなく、いくら特殊な状況とはいえケイレンスに対して警戒するカンリに驚いた。
「ツキガミさん、私のことはケイとでもお呼びください。」
「ならケイ、ここはどこなの?パグラントという国ということはわかったけど。」
またもケイレンスは驚いた。まさかケイと呼べと言って、本当に王族を呼び捨てで呼ぶとは思わなかったのだ。ケイ様かケイ王子などと呼んでくると思うのが普通だろう。
「えぇ。ここはパグラント王国。王都にある城の地下です。ツキガミさんは、命を落とす前に我が国で保護いたしました。どのようにして命を落とすことになったのかは存じませんが、今日は色々あって混乱しているでしょう。部屋を用意いたしましたので、今日はおくつろぎください。」
王子から視線を離して、カンリは周囲をうかがった。近くにいるのはケイレンスともう一人、同い年くらいの少女。あとは、10名ほど少し離れた場所にいてこちらの様子をうかがっている。扉の前や部屋の隅には10人、兵士らしき男が立っている。
兵士のような服装、鎧にも驚いたが、ケイレンスやその他の豪華な服を着た人々にも驚かせられた。服ではなく、主に髪色だ。
近くにいるケイレンスたちは金の髪だが、離れた場所にいる人々の中には、赤や青と言った髪色が見られ、どう見ても染めたように見えない地毛の髪なのだ。
国が違うなんて問題でも、時代が違うという問題でもない。世界が違う。
SFではなく、ファンタジーというジャンルが似合うような状況だと理解し、カンリは頭抱える。
馬鹿な。精神に異常をきたしたという方が現実的だ。それほどまでに自分が追い詰められていた自覚はあるし、実際意味の分からないこと続きなのは自分がおかしくなったからだろう。
「怪我をしているのか?」
ケイレンスは、カンリの手に血がついているのに気づき、声をかける。
「回復魔法をかけよう。」
「結構!」
カンリはケイレンスに捕まれたてを振り払って、ケイレンスから距離を取った。
「大丈夫だ、傷を治すだけだから・・・」
「・・・傷なんてない。」
カンリは、血に汚れた手をケイレンスに見せる。確かに、そこには傷がなかった。
「いつの間に回復を・・・まぁ、明日にはアスレーンに見てもらうか。」
「お兄様・・・」
「ん、あぁ。プレイナも明日紹介しよう。ツキガミさん、部屋を案内させます。今日はそこで休んでください。」
「・・・」
「ツキガミ様、お部屋にご案内いたします。」
さっと、執事服の男がカンリに声をかけたので、カンリはその男に付いて行く。
「また明日、ツキガミさん」
「・・・さようなら。」
突き放したような言い方に、ケイレンスは苦笑してカンリを見送った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
転生騎士団長の歩き方
Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】
たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。
【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。
【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?
※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる