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残り、一週間
しおりを挟む闇夜に虫の音が響き渡る、森にある小さな小屋。
そこに一人の少女が住んでいた。
彼女は、町の誰からも愛され、一人暮らしながらも満ち足りた日々を過ごしていた。
そんな彼女のもとを訪れたのは、異形の存在。
ランタンの火によって、机に濃い影が伸びていて、その陰からぬっとその存在は姿を現した。
長身の男で、髪は黒く腰のあたりまである。目は血のような赤い色をしていた。
「悪魔。」
彼の姿に気づいた少女は、彼の存在を言い当てた。そう、彼は悪魔だ。
人の願いを叶える代わりに、死後その魂を頂くという、悪魔だった。
「今日は悪い知らせを持ってきた。」
にたりと笑った悪魔に、少女は後退する。
「怯えるな。何、たいしたことではない。いずれすべての人間に平等に訪れる出来事だ。」
機嫌がよさそうな悪魔とその言葉に、彼女は顔を青ざめさせた。悪魔の機嫌がいいことなど、ろくなことがないだろう。
「お前、一週間後に死ぬぞ。」
「え?」
さらりと言われた出来事は、彼女にとって大きすぎる出来事で、数秒間をおいて理解した彼女は、涙をこぼした。
それは、彼女が生きたいという証拠だった。
町の片隅。人が住んでいるかもわからないボロ屋で、一人の少年がうずくまっていた。
いつ出て行ってもいい。暴言と共に与えられる暴力を受けた彼の顔は腫れあがっていた。
少年が幸せだったのは、だいぶ昔のこと。
彼の母と兄が生きていた時だった。
彼らが流行り病で亡くなり、父が酒におぼれたのが、彼の不幸の始まりだった。
酒におぼれた父は、仕事にも行かず、自分の息子が汗水流して得た金で、酒を買い飲んでいた。
「フォグ。」
優しい声がうずくまる少年に降ってきた。フォグとは、少年の名だ。降ってきた声は、父の声ではない。懐かしい、兄の声だった。
「兄さん?」
「フォグ、俺の声が聞こえるんだね?嬉しいよ。でも、事態は深刻ととらえるべきかな。」
「兄さん、どうして?兄さんは、死んだはずじゃ・・・」
「うん、死んだよ。でも、フォグのことが心配で、ずっとそばにいたんだよ。辛かっただろ。助けてやれなくてごめんな。」
そう言って、兄はフォグを抱きしめたが、兄の感触はなく、彼の実態がないことが理解できた。それでも、彼がそこにいるという暖かさが、フォグを癒した。
「行こう、フォグ。」
「行こうって、どこへ?僕はここしか行くところがないよ。けほっ。」
「あぁ。でも、行こう。そうだな、この町にいても父に捕まるだけだ。隣町まで行こう。大丈夫、フォグは今まで頑張って働いてきたんだ。隣町で住み込みの仕事でも見つければ、今よりまともな暮らしができる。」
「そうかな。」
「・・・ここにいるよりは、ましなはずだ。」
「それは、そうだね。」
おなかがすいた。働いても働いても、もらったお金はすべて父の酒に使われる。残飯をあさってしのいでいたが、もう限界だ。
「うん、行こう。」
フォグは決意して、隣町へと向かった。
「スノーちゃん、こんにちは。」
「おばさん、こんにちは。」
町はずれにある小さな小屋に住む、愛された少女はスノーと呼ばれていた。
金の太陽を反射して輝く髪に、空色の瞳。いつも笑顔を振りまく彼女だったが、今日は少し元気がない様子。
「顔色が悪いわ。大丈夫?」
「はい。ちょっと風邪を引いたみたいで。」
「ま、大変!だれか、お医者様を!」
「お、おばさん!おおげさですよ!寝ていれば治ります。」
「なら、今日はお家で大人しくしていなさい!そうだ、野菜もたくさんとるのよ。」
そう言って、スノーの買い物かごに野菜を入れ始める。
「あぁ、でもそんなにお金が・・・」
「何言ってんの!困ったときはお互い様。お金なんて気にしないで。」
「ありがとうございます、おばさん。いつもよくしていただいて。」
上目遣いで彼女がお礼を言えば、おばさんは優しい顔つきでため息をついた。
「スノーちゃんは本当にかわいいわね。」
「え、あ、ありがとうございます。」
赤くなって下を向くスノーに、様子を見ていた町の人たちは身もだえた。
「スノー、荷物重いだろ。俺が家まで持っててやるよ。」
「スノーちゃん、うちの肉も持っていきな!」
「これ、薬草・・・早く元気になってね。」
「そんな恰好じゃ寒いだろう。ほら、これを着て行きな。」
次々と声を掛けられ、荷物が増えるスノーだったが、荷物持ちがいたので安心だ。街の人からスノー、荷物持ちへと渡った贈り物を見て、スノーは笑う。
「みんな、ありがとう。」
にっこり微笑めば、町の人たちは幸せに包まれ、歓声を上げた。
家に帰り、荷物持ちも去った頃、スノーはため息をついた。
「あと、6日・・・」
あまりの理不尽さに、じわりと涙を浮かべる。
「私、まだ15だよ。こんなのってないよ。」
机にうつぶせになり、彼女は泣いた。
余命1週間。それが、彼女の小さな肩にのしかかる。
「どうやって、死ぬのかな。」
疑問に思ったが、彼女は頭を振って立ち上がった。
「今はやるべきことをやるしかないわ。とりあえず、昼食を作りましょう。」
そう言って、彼女はもらってきた野菜やら肉を買い物かごから出した。
さく・・・さく。
土を踏みしめる音。はぁはぁと、荒い息遣い。汗が流れ落ちる。
フォグは森の中を歩いていた。
昨日見た兄の姿はもう見えない。朝日が昇ると同時に見えなくなってしまった。
夢だったのか?そう感じるも、引き返すことはしない。
お腹はすいたし、暑い。こんな状態でよくここまで来たと、誰もが感心するだろう。獣に襲われなかったのは幸運だった。
さく・・・さく。
のろのろと、しかし確実に先に進む。もうすぐ、もう少し歩けば、町が見えるはずだ。
腹が鳴った。
突然ふわりと、鼻がおいしそうなにおいを認識し、同時に腹の虫が鳴ったのだ。
「なんだろう。」
顔を上げれば、小屋が見えた。森の中にある小さな小屋。
森とは言っても、先ほどと比べればひらけた森で、暖かな光が降り注いでいる。
さくさく。
町ではないが、あの小屋を訪ねることにしたフォグの歩く速さは、若干速くなった。
おいしそうなにおいが、だんだん濃くなる。
食べたい。
それから数十分後、やっと小屋の前にたどり着いたフォグは、のろのろと扉の前まで来て、扉を一度だけたたいた。
急いだせいで、息が苦しい。そんな息を整える余裕もなく、彼は小屋の扉を叩いた。
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