34 / 65
34 温泉町
しおりを挟む王都を出た私たちは、いくつかの町や村を通って、温泉町にたどり着いた。
温泉町はその名の通り、温泉が名物で温泉を中心とした町づくりをしている。宿屋には必ず露天風呂があって、その影響だろう景観を保つ努力がなされていて、町はどこを見ても美しかった。
温泉町とはいっても、ここは異世界。立ち並ぶのは和風の建物などではないが、クリーム色の石造りの建物で統一されて作られていて、とても美しく感じた。
料理も温泉水を使ったものが多く、流石に温泉まんじゅうなどはなかったが、温泉蒸しパンがあった・・・おいしい。
もぐもぐと蒸しパンを食べながら歩いていると、前方から駆け寄ってきたアーマスが、宿屋を取ったというのでそちらに向かうことにした。
毎回先行して村や町に行くアーマスは、こうやって私たちが観光している間に宿屋を見つけて部屋を確保してくれるのだ。
雇われの身は大変である。
龍の宿木での役割が最近分かってきた。
ユズフェルトとナガミは、基本戦闘だ。ただ、ユズフェルトについては、私のお世話をするということで、付き添い、買い物、財布、家事なども担当している。
ナガミは、本当に何もしない。
アーマスは、宿をとったり、ギルドで適当な依頼を見繕ってきたりと、チームの交渉役と言ったところか・・・心の中で雑用係と言っていたことは、忘れる。
いいように使われているのではないかと思ってはいても、それを指摘するつもりはない。
アムは、荷物持ちだ。
それにしても楽しみだな。異世界に来て露天風呂が楽しめるとは思わなかったので、話を聞いた時からずっと楽しみにしていた。
もしかしたら、温泉まんじゅうや瓶の牛乳があるかもしれないと期待したが、温泉まんじゅうは蒸しパンで、瓶の牛乳は見当たらなかったので、そういうたぐいのものはなさそうだ。
残念。
「アーマス、少し頼めるか?」
「別にいいけど?」
「ユズフェルト、どこか行くの?」
「あぁ、少し用があってな。すぐに戻るから、アーマスから離れないように。シーナをしっかり守ってくれ、アーマス。」
「任せてくれ。」
ユズフェルトは、私の頭にそっと手を置いてから、全速力で何処かへと行ってしまった。そう、全速力だ・・・瞬間移動としか思えない速度で、私から見たら唐突にユズフェルトが消えたのだ。
前、身体能力の高さを称賛して、できないことはあるのかと聞いたことがある。そうして出した答えが、瞬間移動はできない、だった。
それ以外ならできるということだろう・・・怖いな。
それにしても、辺りは薄暗くなっている。もうすぐ夜だというのに、一体何の用があるのだろうか?すぐに戻ってくると言っていたから、町の外には出ないと思う。ここまで通ってきた道にある店で、何か気になる物でもあったのだろうか?
「さて、シーナちゃんはこれからどうする?まだ散策する?それとも、宿屋に行くかい?俺は特に用事もないから、どちらでもいいけど。」
「・・・宿に行く。」
「りょーかい。」
私の肩を抱くようにして、アーマスは笑顔を浮かべた。
黒い髪の隙間からのぞく赤い目。たれ目なので、どのような表情をしていても優しく感じるが、笑顔は一番その目に合っている。この笑顔で、何人かの女性が騒いでいたのを見たことがあるが・・・
最近気づいたことがある。アーマスは、優しげな表情をするが、目だけは冷徹なまま変わらないのだ。
女性を口説くときも、その目は冷たく・・・本気で口説いているようには見えない。しかし、相手の女性は本気にして夜の町に消えていく2人を何度か目にしたことがあった。
よく女性を口説いているが、全く楽しんでいる様子はない。それがどうも不思議で、考えていることがよくわからず、アーマスのことは避けるようにしていた。
下手をしたら、ナガミよりも得体が知れない。話しやすさは圧倒的にアーマスの方が上だと思える外見なのに、実際過ごしてみればナガミの方が話しやすい人間だった・・・いや、エルフだった。
「ここってさ、宿が取りにくいって聞いていたんだけど、本当に取りにくくてさ・・・まぁ、あそこしか取れなかったんだよね。」
「あそこ?」
アーマスが指さす先を見れば、ひときわ豪華な白い建物が建っている。貴族の別荘かと思っていたが、どうやら宿屋のようだ。
あの大きい建物なら、露天風呂もさぞかし広いだろう。
人がいなかったら、泳ごうかな?
「あー・・・たぶん、見ている方が違うよ。あの大きな立派な建物ではなくって、その先にある、少しくすんだ建物だよ。」
「え?」
白い建物が立ち並ぶだけで、くすんだ建物というものが目に入らない。あの建物の先にそんな建物があるだろうか?
よーく目を凝らして見るが・・・立派な建物の濃い陰が降りていてよく見えない。
やっとその建物、今日泊まる宿屋へと着いた私は、さっと血の気が引いた。
薄汚れた、明らかに場違いな宿屋は、隣の立派な建物の半分もない大きさで、おそらくそのせいでいつも日陰にいることになるのだろう。建物は苔むしていて、辛気臭い雰囲気が漂っていた。
お化け屋敷・・・唐突に浮かんだ言葉に、ゾクリと寒気がした。
「本当に、ここに泊まるの?」
「ここしか空いていなかったからね。少し・・・あれだけど、野宿よりはいいでしょ?」
この宿をとるまでに、町を駆けずり回っていたであろうアーマスに、野宿の方がいいとは、流石に言えなかった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる