英雄冒険者のお荷物は、切り札です

製作する黒猫

文字の大きさ
上 下
9 / 65

9 次のページへ

しおりを挟む


 それが起きたのは、何の変哲もない日で、いつものように通学している時だった。高校は、割と近いところにあって、徒歩で通学ができた。
 毎日電車に押しずし状態になって通学するのは嫌だったし、自転車も持っていなかったので、徒歩で行ける距離に高校があったことは幸運だと思った。

 毎日同じ時間、同じ道を通れば顔なじみというものはできるもので、挨拶すら交わさないが親近感を勝手に持ってしまう。逆に、憎しみを抱く場合もあるが。

 信号待ちをしている俺の前にいるのは、バカップル。名前は知らないが、毎日イチャイチャと見せつけてくれる・・・控えめに言って殺したい。

 いまだかつて彼女なんていなかった俺をあざ笑うかのように、仲睦まじい姿を朝から見せつけやがって。

 一度痛い目を見ればいいのに。

 そんなことを願った罰だろうか?この後俺は、青信号を渡っている最中に、信号無視をしたトラックにはねられた。


次のページへ→



「トラックにはねられるパターンか。この部分いらないよね、別に主人公の前世事情とかどうでもいいし。」

 本日3本目のネット小説に文句を垂れる。
 私が小説に求めるものは、非日常。想像もつかない展開の物語、魅力的なキャラクターと無双する主人公。

 私が好きなジャンルは、異世界モノ。転生でも転移でもいいし、そのままファンタジー世界に生きる人々の物語でもよかった。

「まぁ、次のページから異世界編だと思うし、文句言わずにさっさと読もう。」

 そして、私は次のページへをクリックした。



「あー・・・頭痛い。寝すぎたかな?」

 目を覚ましたのは、天蓋付きのベッドの上。
 外は夕焼け・・・これは完全に寝すぎだ。今夜は間違いなく眠れないだろうと、げんなりとして起き上がる。

「それにしても、前の世界の夢を見るなんて・・・」

 この世界に来てから、昨日を除いて野宿続きだった。夢を見るとしたら、魔物に食われていたり、普通に襲われて殺されたりするものばかりだった。

 それだけ、心にゆとりができたのかもしれない。

 衣食住が確保された。差し迫った命の危険はなく、気を張る必要はなくなったので、そんな夢を見たのだろう。
 あの夢は、この世界に来る直前の出来事。

「なんて締まらない転移・・・転生よりはいいけど・・・」

 もしも異世界に行けるのだとしたら、私は転移がいいと常日頃思っていた。それは、死ぬのは怖いだろうし、痛いからだ。
 念願かなって転移をしたわけだが、結局死んでいるので転生と変わりがないように思える。

「もしかしたら、死にたくないって思いが強すぎて・・・こんなチート能力を。」

 不死の能力は正直ありがたいが、どうせなら攻撃できる術や防御できる術・・・無痛とか、そういうのも欲しかった。

「切実に無痛が欲しい・・・」

 痛いのは本当に嫌だ。
 それは、死ぬたびに思ったことだ。



 私が目覚めてから1時間も経たずに、ユズフェルトが帰ってきた。

「シーナ、戻ったぞ。」
「おかえり、ユズフェルト。守護者はどうだった?」
「守護者自体は簡単に倒せたが、罠にてこずってこんな時間になってしまった。すぐに夕食の準備をしよう。」
「え、いいよ。疲れているでしょ?」
「全然平気だ。けど、気にするなら外で食べよう。」

 外食・・・この世界では初めてだ。
 ちょっと楽しみになったのが伝わったのか、ユズフェルトは私に微笑みかけながら着替えるよう促した。

「俺も腹が減った。」
「なら、すぐに準備するね。ユズフェルトも着替えたら?」
「?」
「楽な格好の方が、食事がさらにおいしくなるかなって?」

 ユズフェルトの格好は、戦ったり旅をするときの服装だ。皮のベストを着ていたり、マントを付けていたりと、食事をするには邪魔そうだと思ったので、着替えることを勧めた。

「そうなのか。なら俺も着替えてくる。」

 素直だな。



 着替えた私たちは、冒険者ギルドに併設されている酒場に来た。
 熱気と喧噪は慣れないが、マナーなどを気にする必要が全くないのと、一度こういうところに来てみたかったというのがあって、ここを希望した。

「すごい人だね。」
「王都だからな。依頼には事欠かないから、生活する金に困ることはない。たとえ戦う能力がなかったとしても、店番などの依頼もあるからな。他の町ではこうはいかない。」
「店番・・・なら私もできるかな?あーでも、お金が分からないか。」
「・・・わからないことがあれば俺が教える。だが、働く必要はないからな?」
「これがあるから?」

 首にかけているネックレスをつまんで見せれば、ユズフェルトは大きく頷いた。

「俺がすべての面倒を見る。それを付けている限りな。」
「・・・なくさないように気を付けるよ。」

 ちょうど席が空いたので、私達はそこへ腰かける。メニューは何があるかわからなかったので、ユズフェルトと同じものを注文した。

「そういえば、神殿の罠ってどんな感じだったの?」
「ん?あー・・・たぶん、守護者を攻撃したものをターゲットにする罠だ。炎爆弾を投げつけたアムが罠にかけられたんだが、それを俺が代わりにかかった。」
「え、ユズフェルト、アムを助けたの?」
「当然だ。」

 死にたくないから代わりに死んでほしいというわりには、人がかけられそうな罠に自分が代わりにかかりに行くということをする。不思議な人だ。

「罠自体は、生き埋めにするというものだった。」
「・・・え。生き埋め!?」
「あぁ。」
「そ、それで?ナガミとかが助けてくれたの?」
「自力で脱出した。」
「生き埋めにされていたのよね?」
「されたけど、別に地中深くにされたわけじゃない。せいぜい2,300メートルだ。」
「・・・十分深いと思うけど。」
「そうか?」

 超人という言葉が頭によぎった。
 ユズフェルトは、机に置かれたパンをちぎって口に放り込む。少し前まで生き埋めにされていたとは思えない。

「ち、ちなみに・・・どうやって脱出したの?」
「それは、体を回転させて・・・それよりも、さっさと食べたらどうだ?スープが冷めるぞ。」
「回転・・・ドリルってこと?」

 信じられないが、もしかしたらそういう魔法か何かがあるのかもしれないと思って納得し、私は温かいスープを口に運ぶ。

「おいしい。」
「それはよかった。」

 よかった、異世界メシマズのイメージがあったから。普通においしい食事で、ものすごくうれしい。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...