死にたくないから、ヒロインたちを殺すことにした

製作する黒猫

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29 デュオ脱落

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 おかしくなりそう。兄の体温、香り、愛おしいと伝えてくる金の瞳。守られている、愛されていると感じられる抱擁。

 無理、無理・・・!



 目が覚めて私が驚けば、いつもスッと離れてくれるのに、今日の兄は離れる様子がない。こんな状態でいるなんて私には無理だ。

 自分から離れようとしたが、兄の腕は私を放さない。



「お兄様・・・」

「やっと、元の世界にミデンを帰せる方法が分かったんだ。ずっとわからなかった。でも、あと少しだけ辛抱してくれれば、元の世界に帰れるよ。」

「・・・本当ですか?本当に、元の世界に帰れるのですか?」

 ドキドキと苦しいくらいの鼓動をうつ心臓をなだめて、兄に詳しい話を聞くことにする。欲を言えば、座って話をしたいのだが、兄は私と横になったまま話すことを選んだようで、そのまま話は続く。



「そうだよ。ミデンは帰れる。それは、ミデンが頑張ってくれたからわかったことなんだ。いい子だね、いい子だよ・・・」

 私が頑張ったことについては話したくなさそうに、兄は私の頭をなでて口を閉ざす。でも、私が頑張ったことなど、聞かなくても何かわかってしまう。



 きっと、兄にはわかっているのだろう。あの馬鹿そうなヒロインだって気づいたのだから、兄が気付かないはずがない。

 兄は、私が大切な人たちを殺したことを知っている。そうだ、兄は私がエンを殺したことを知っている。なぜか誘拐事件として処理された、エンを私が衝動的に殺したことは、兄が手を回してくれたのだろう。そうでなければ、誘拐事件とされるなんて無理がある話だ。



「お兄様、私は・・・」

「帰れるよ。ここのことは悪い夢だと思って忘れればいい。実際、ここで起きたことなんて、元の世界では関係のないことなのだから。」

「・・・でも、私は・・・」

 ここにいるのが、本当に大切な人たちでないにしても、兄が言う悪い夢の世界だとしても、私は私・・・大切な人を殺したことに変わりはない。



「ミデン・・・」

「お兄様?」

 私と同じ金色の瞳と目を合わせると、今まで何を思っていたのか、考えていたのかが不鮮明になって、帰りたいという思いだけが強くなった。



 そうだ、私は憎みたいわけじゃなかった。ただ、死にたくないから、殺すために憎んで復讐をしようとしていた。だって、そうでもしなければ大切な人を殺すことなんて・・・



 いや、実際に何も思わなかったわけではない。私はできた人間ではないし、大切な人たちとは言うが、助けてくれなかったことに対して何も思わなかったわけではない。でも、それでも殺すところまでは憎めなかった。

 だから、直接手を下せなかったんだ・・・衝動で殺したエン以外は。



 でも、なぜ・・・エンを私は殺したのだろう。確かに、エンがうらやましかった。でも、エンが好きだった。なのになぜ私は・・・



 帰りたいと思う心が強くなって、人を殺したという事実に対しての苦しみが減ると、今度はなぜ人を殺したのかという疑問がわき上がる。



 死にたくないから。

 世界がヒロインと攻略対象者たちのためにあるから、そのために私は殺されるから。

 殺されないように、その理由を殺す。死にたくないから。



「ミデン、余計なことは考えないで。君を待つ、君が望む大切な人たちのところへ戻ることだけを考えて。私が必ずミデンをもとの世界に帰すから。」

「・・・え・・・お兄様は?」

「大好きな婚約者、ちょっと人付き合いの苦手な婚約者の弟と、君を愛す友人。素のミデンを出せる親友・・・新しい家族たちと親友が、君を待っているよ。」

 エン、デュオ、テッセラ、トゥリア・・・みんな私の大切な人。でも、一人足りない。なんで?



 なんで、お兄様が入っていないの?



 ぽつりとわいた疑問は、私の意思とは関係なく沈められた。







 学園の中庭で、私は生徒会長と昼食をとっている。

 意思のない取り巻き達と過ごすのが、むなしく感じたからだ。



「そういえば、会長は兄と何の話をしていたのですか?」

「ん?あ~あの時のね。別に、ただ俺のかわいい妹に手を出すなって、くぎを刺されただけだよ?」

「そんなことをじっくり話していたんですか?」

「お兄さんにとっては大事な話だったってことだよ。それより、月姫は僕と一緒にいていいの?僕のこと聞いたんでしょ?」

「・・・夜の王だって話ですか?」

「うんうん。普通は、自分を攫った相手に近づかないでしょ?それが昼食に誘われたから驚いたよ。」

「・・・わかる気がします、会長の気持ち。」

「僕の気持ち?だから昼食に誘ってくれたの?」

「それもありますけど、色々と聞きたいことがあったので。」

 夜の王は、気に入った人間を自分の世界に連れて行く。そんな夜の王の世界がここだというのなら、確かに人間を攫うのは理解ができた。

 会長、私、兄、ヒロイン・・・それ以外がすべて意思のないキャラクターなのだ、人恋しくなるのは理解ができる。実際私もそうなのだ。



「聞きたいことね、答えられる範囲ならいいよ。」

「・・・私って、生きていますか?」

「うわ、いきなり重いね。何、ここが死後の世界だって言いたいわけ?」

「だって、死んだときの記憶があるので、兄は帰れると言っていましたが、本当に帰る身体があるのかなと疑問で。」

 すがすがしい青空。世界の吉日に死んだときのことがよみがえって、ひそかに体を震わせる。あれは、死んだときの感触だ。



「ここは死後の世界ではないよ。ここは、夜の王を閉じ込める世界。時の止まった、永遠の牢獄なんだよ。そういえば、君はここにきて何年たったと思っている?」

「ここにきて・・・」

 馬車に乗って死んで、目覚めたら15才のソーニャがいて、私は6歳だった。そして、あれからここまで・・・10年近く経った。もうすぐ10年だ。



「元の世界でいうなら、1か月だよ。」

「は・・・?そんなわけない。もう何年もこの世界にいて・・・6才だった私は16歳になって、学園に通っているのに、1か月?」

「そういう世界だからね。君は様々な感覚が狂わされているし、気づいていなくても仕方がないね。・・・あ。」

「?」

「いや、なんで君が僕のところに来ているのか、今理由が分かったよ。」

「理由ですか?いえ、それより感覚が狂わされているって、どういう」

「デュオが死んだよ。」

「・・・!?」

 デュオが死んだ?

 ぎゅっとこぶしを握る。もしかして、私の望み通り衰弱死したのだろうか?何年も延命できていたのに、なぜ唐突に?



「正確には、殺された。君がお兄さんの妨害に合わずに僕と昼食をとれたのには、こういう理由があったんだね。」

「それって、つまり・・・兄が?」

 兄が、デュオを殺した?



 ゆっくりと、けれど確かに生徒会長は頷いて、肯定した。



 握っていた拳を解くと、手の中からいつも首から下げている、デュオのペンダントの破片が零れ落ちる。

 ぱらぱらと、光り輝く破片が落ちて、消える。





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