死にたくないから、ヒロインたちを殺すことにした

製作する黒猫

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28 腹黒

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 緊張感のあるBGMが流れ始める。先ほどまでの日常BGMとがらりと変わった曲調は、魔獣侵入の時も使われたもの。







 突き落とされたと理解したのは、私を抱き留めたエン様が私の無事を確認した後階上に向かって怒鳴った時だった。

 いつものように階段を上がっていただけなのに、突然私は突き飛ばされたのだ。一瞬見えた色は緑・・・力強く押された私は、何かを考える暇もなく落ちた。

 そこに、偶然エン様が現れて私を受け止めてくれたのだ。



「逃げるな!卑怯者!・・・大丈夫か、トゥリア。」

「だ、大丈夫です!あの、ありがとうございます!」

「当然のことをしたまでだ。無事でよかった・・・立てるか?」

「はい、それはもちろん!その、エン様も大丈夫ですか?落ちてきた人を受け止めるなんて。」

「受け止めなければ命を落としていたかもしれない。気にしなくていい。」

 少しだけ苦しそうな顔をしたエン様だったが、私を放すとゆっくりと立ち上がって、階上を険しい顔つきで見る。



「誰が突き落としたのか、わかるか?」

「すみません、はっきり顔は・・・ただ・・・その、おそらく緑の髪の・・・それだけしかわかりませんでした。」

「・・・そうか。一人で戻れるか?」

「はい。本当にありがとうございました!」

「気にするな。本当は送っていきたいが、少し用事があってな・・・すまない。」

「いえいえ!一人で帰れるのでご心配なく!それでは、また。」

「あぁ、またな。」

 ふっと微笑んだエン様を見て、ぶわっと顔が赤くなる。恥ずかしくなって、そそくさとその場を後にした。







 そんなイベントを引き起こしたわけだが、ゲームとは違ってエンは現れないし、ヒロインは私が突き倒したことをしっかりと理解しているし、私はヒロインの状態を見るためにすぐには逃げずに、その場を動かず様子を見ている。



 むくりと起き上がるヒロインを見て、やはり殺すことはできなかったと落胆する。攻略対象者の、エンのお墨付きをもらっていたが・・・どうやらエンの心配のし過ぎだったようだ。

 痛みで顔はしかめているが、ヒロインは命に別状がなさそうに見える。



「あんた、馬鹿じゃないの!本当に突き落とすなんて、何を考えているのよ!」

「・・・」

 ここにいても仕方がない。私はヒロインを無視して踵を返す。背後で何やらわめいているが、追いかけてくる様子はないので走り出すこともなく階段を上がって、角を曲がった。



「ミデン。」

「!お、兄様!?」

「駄目だよミデン、いい子で待っていなくちゃ・・・君はもう十分頑張ったんだから、あとは兄さんに任せてね。」

 見られた?いや、見られたにしても、兄は困った子を見るように私を見ている。見られたのならこの反応はおかしい。とにかく、この場を去らないと。ヒロインが余計なことを言う前に!



「お兄様、会長とお話は終わったのですか?なら、私とお茶にしませんか。会長と話したこと、私にも聞かせてください。」

「たいしたことではないけど、ミデンとお茶はしたいかな。ならもう、帰るとしよう。」

「はい!」

 力強く返事をする私に向かって、兄は微笑んでから魔法を使う。



「え?」

 保健室に戻ってからではないかと疑問に思ったが、それどころではない。



「おい!悪役令嬢―――!謝罪ぐらいしろ、馬鹿!」

「うるさいな。」

 元気そうなヒロインの声と、ぞっとするように冷たい兄の声・・・まずい、このまま眠ったらごまかせない・・・



 そうは思ったが、兄の魔法に抗うことなんてできずに、私の意識は深く深く沈んでいった。







 あたたかい。ほっとするような、ここなら絶対安全だと安心できる・・・あぁ、誰かが私を守ってくれているんだ。



 目を開ける。そこには、同じ色を持った男性・・・兄がいた。



「おはよう、ミデン。寝顔もかわいいけど、目を開けた君が一番だよ。」

「はぅ・・・お、驚かせないでください・・・え、え?」

 目が覚めると、至近距離に兄の顔があるのはいつものこと。でも、こんな・・・抱きしめられることなんて、今までなかった。



「ミデン、ここはあの世界と違うんだよ。だから、あれはエナトン嬢であってエナトン嬢ではない・・・エナトン嬢の皮を被った何かなんだ。みだりに近づいてはいけないよ。」

「エナトン嬢・・・ひ、トゥリアのこと、知っていたのですか?」

「もちろん。だって、エナトン嬢はこの世界に来ていないからね。ここにいるのは、私と愛しいミデンと、夜の王だけだよ。」

「この世界・・・」

 気づいていた。この世界にいるほとんどの人が、ゲームのキャラのようだと。そして、例外が私、兄、生徒会長、ヒロインだということを。取り巻きも、他の攻略対象者たちも、クラスメイトも、先生だって・・・意思がないって気づいていた。



 最初は、私が態度を変えたからエンたちがおかしいのだと思ったけど、落ち着いて目を見れば、そこに感情がないってことが分かった。



「そう、この世界・・・夜の王から聞いたよね?夜の王は、気に入った人間を自分の世界に連れて行くという話。」

「はい・・・え、まさかここは!?」

「夜の王の世界だよ。君はさらわれたんだ、夜の王に。私と間違われて。」

 夜の王にさらわれた・・・私が?なら、もしかして私は・・・1週目の延長にいる?ここは2週目ではなく、1週目の世界の私が夜の王の世界に連れていかれた世界?2週目の私なんてどこにもいなかった?



 ここが夜の王の世界で、私が連れ去らわれたのなら。



 勝気な顔で笑い、私が一番で私の一番になると言っていたエン。

 テッセラと共に笑い合うデュオ。

 デュオが好きと言いながら、私に熱い視線を向けるテッセラ。

 私の親友でちょっと抜けたところがあるが、そこがかわいいトゥリア。



 そして、目の前にいる兄は・・・

 そうだ、兄だけは・・・ずっと変わらなかった。1週目から変わらない兄・・・意思の宿る瞳をしたこの兄は・・・



「だから、私は君を追いかけてこの世界に来た。ミデン、帰ろう・・・君が大好きで、君を大好きな人たちがいる世界へ。」





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