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26 変な子
しおりを挟む兄に抱きしめられて動揺した私だが、次の日にはいつもの自分に戻った。魔法をかけられて眠った後に、目を覚ますと至近距離に兄がいるという状況にはいまだに心臓が慣れないが、殺意にブレはない。
毎日、トゥリアを殺せるタイミングを見計らっている。そのタイミングを見るうえで、兄か生徒会長を見ている必要があって、今は生徒会長を見ていた。
あ、生徒会長がこちらに向かってくる。
「こんにちは、月姫。最近よく顔を見られて嬉しいなぁ。」
「たまたまですよ。この前は大活躍でしたね、いったい何匹の魔獣を倒したのですか?」
「あー何匹だったかな、よく覚えていないけど5匹以上は倒したかな・・・そういえば、あの女の子・・・赤髪の子、覚えてる?」
「あー・・・生徒会長と一緒に魔獣を倒していた子ですよね?」
「うん?あの子、魔法使いなの?なんか付きまとってきて・・・FかSか知ってる?」
「確か、光魔法の使い手だと・・・Fですね。トゥリア・F・エナトン・・・魔法を使わなかったのですか?」
「使わなかったよ?光魔法の使い手なら、積極的に戦って欲しかったけど、まぁどうにかなったからもういいか。」
にこにこといつもの笑みを浮かべる生徒会長だが、ところどころトゥリアに対してとげのある発言が目についた。
戦える力があるのに戦わず、生徒会長に付きまとっていたトゥリアに対して良くない感情があるのだろう。
「それで、トゥリアがどうかしたのですか?」
「あー・・・なんだか、変な子だなって思って・・・」
「変・・・ですか?」
トゥリアは、変な子ではない。1週目では、ゲームに負けず劣らず素直でいい子だった。
でも、今回はどうだろうか?今回のトゥリアは、魔法が使えるのに戦わず、生徒会長に付きまとっていた・・・兄に付きまとって足止めしていた私が言えることではないが、どうかしているだろう。
魔法使いなら対抗できる。騎士なら対抗できる。でも、一般生徒では魔獣に対抗できず、命を落とす可能性だってある。
ゲームでは、自分の身を顧みずに、一般生徒のために危険な目にあったトゥリア。そんなトゥリアでは今回の出来事はあり得ない。
「変・・・だ。」
「だよね。やっぱり、月姫もそう思う?」
今回のトゥリアが変だと思ったら、思わず口からこぼれてしまった。それを拾った生徒会長に同調されて、はっと思考の海に沈んでいた意識が浮上する。
「あの子さ、どこから来たんだろうね。」
「え・・・」
「あ、今のは聞かなかったことに・・・って言っても、これだけじゃわからないか。まぁ、あの子のことはお兄さんに任せて、月姫は自分の思うようにすればいいと思うよ。」
「え、えーと・・・一体どういうことですか?」
トゥリアがどこから来たのか?普通に考えれば、エナトン家がある北の方からだと思うが、そういう意味ではないと思う。それに、トゥリアのことを兄がどうにかするとは?
「あー忘れて、忘れて・・・ほら。」
なでなでと呟きながら、生徒会長は私の頭をなでる。同じなでるにしても兄とは違うのだなと思っていたら、生徒会長の笑顔が固まった。
「?」
「ひぃっ!?いや、これはごまかしというか、出来心というか!そんなに怒らないでよ、お兄さん。」
「あなたに、兄と呼ばれる理由が思い当たらないので、やめていただけますか?」
「お兄様!」
「ミデン、少し・・・いや、ものすごく生徒会長に話があるんだ。悪いけど席を外してもらっていいかな?」
「はい、わかりました。お元気で、生徒会長。」
「ちょっと月姫!?その別れ言葉はきついんだけど!しばらく僕と会うつもりないよね!?というか、見捨てないで、お願い助けてーーー!」
凍えるような空気をまとった兄の言う通りに、私は迅速にその場から離れることにする。これは、兄が怖いからという理由だけではない。
タイミングがいい。
ちょうど、さきほどトゥリアが階段を下りるのを見た。職員室に向かったのだろうと予測し、職員室からトゥリアの教室までの道のりにある階段に向かう。
トゥリアが変だとは思うが、変だとしても一週目の記憶がないのならやることは一つだけ。乙女ゲームからデスゲームになったこの世界でやることは一つ。
殺すだけだ。
呼び止められて罵倒されるイベント。
校舎裏で水をかけられるイベント。
階段から突き落とされるイベント。
ミデンが直接手を下す、代表的なイベントだ。今回は最後の階段から突き落とされるイベント・・・つまり、私がトゥリアを階段から突き落とすイベントを起こすことにする。
攻略対象者たちと程よく好感度を上げてきたヒロイン。そんなヒロインに嫉妬し、遂に身の危険が及ぶようなことをヒロインにするミデン。
人気がいない階段ですれ違いざまにミデンはヒロインを突き落とす。
そこへ、偶然居合わせた攻略対象が、ヒロインをキャッチ。大事に至らずに終わる。
重要なのは最後の部分をなくすこと。
怒る攻略対象者に、怪我がなかったのだからとなだめるヒロイン。そこで攻略対象者たちは言った。
「受け身もとれないトゥリアなら、あのまま地面に落ちていたら死んでいた。」
なんと、攻略対象者たちのお墨付き、助けが入らなければトゥリアは死ぬというイベントなのだ。だから、攻略対象者たちが手を出せない状況、イベント時に居合わせないようにすることが重要だったのだが、今回それが達成された。
兄は、生徒会長とものすごく話している。イベントに居合わせることなどできないだろう。私は、この瞬間をずっと待っていた。
生徒会長は、魔獣侵入の時に前科があるので、兄とセットで動きを封じたかったのだが大成功だ。あとは、トゥリアがこの階段を通り、私がイベント通りにトゥリアを突き落とすことができれば、終わり。
階下から足音が響いてきて、私は口の端を釣り上げた。
階段を降り始める。2段降りたところで、踊り場からトゥリア現れた。
本当に、この高さから落ちて死ぬのかな?
少しだけ不安に思ったが、ここまで来たらやるしかない。ただ、もっと長い階段で、下に尖った石でもあればよかったのにと思うが・・・今更遅い。タイミングを見計らうのだって大変だったのだ、他の準備などしている暇はなかった。
違和感のないように、一定のリズムで階段を降りる。
このままいくと、階段の真ん中あたりで突き落とすことになるが・・・せめて、一番上から突き落としたいな、と欲が出る。
そのまま見送って、上の方までトゥリアが昇ったら、引っ張り落とす?いや、突き落とさなければイベントは成立しないだろう。
ここは、この世界のゲーム性にかけて、イベント通りに進めよう。
なるべく目を合わせないようにと顔を下に向けていたのだが、視線を感じたので少しだけ顔をあげる。
赤い瞳と目が合った。
「まさか、私のこと突き落とす気?」
「・・・え?」
図星を刺されて混乱するが、これだけはわかった。
あ、このイベントはもう駄目だ。
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