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24 魔獣侵入
しおりを挟むパシャという水音が聞こえたのは、渡り廊下を歩いている時だ。気になってそっと中庭の方に目を向けると、大きな木の陰に複数人の気配があった。
嫌な笑い声が聞こえる。
思い出したのは1週目の記憶だ。
複数人の女生徒から囲まれて、水浸しになっているトゥリア。それを見て、私は助けに入った。このころにはトゥリアと話をする仲で、私がトゥリアを助けたことによって、さらに仲良くなったのだが・・・
私はそのまま身をひそめる。
もしかしたら1週目の記憶がトゥリアにあるかもしれないと期待しているが、もしそうでなかった場合は?キャラクターのようなトゥリアだった場合、私は魔獣が学園に侵入してきた際に、トゥリアが死ぬように仕向けるつもりだ。なら、出会わない方がいい。
目を見ればわかるのだから、遠くから一度トゥリアの様子を見ることに決めた。
3人まとまって女生徒が木の影から出てきた。上機嫌な彼女たちが校舎の中に入っていくのを確認し、私は気の影の向こう側を息を殺してのぞき込む。
「馬鹿な奴ら。」
嘲笑が聞こえて、まだトゥリアを囲っていた人間が残っていたのかと身を隠すが、その声がトゥリアのものだと気づいて体が動かなくなった。
あんなことをいう子だったか?
お馬鹿さんとかならトゥリアも言う気がするが、馬鹿な奴らなんてトゥリアが言いそうな言葉ではない。それは1週目でもゲームキャラとしてでもだ。
どういうことか?
訳が分からなかったが、わかることは一つだけだ。今水浸しでいるトゥリアも、私の知っているトゥリアではない。
スッと心が冷めて、私は音をたてないようにその場を後にした。
もう、どうでもいい。トゥリアの目を見て、どちらかなんて判断する必要もない。だって、あれはトゥリアではないのだから。私の求めるトゥリアでないのなら、後は彼女が死ぬように仕向けるだけだ。
魔獣侵入イベントの日がやってきた。
ゲームでは大イベントという区別だが、現実では事件だ。学園内に侵入した魔獣は複数で、それぞれ魔法使いが倒した。魔法使いは教師にもいるし、生徒にも6人いる。
エン、デュオ、テッセラ、兄、生徒会長、トゥリア・・・生徒の魔法使いはこの6人で、ヒロインであるトゥリアはこの中の攻略対象者エン、デュオ、テッセラ、兄の中からペアを組むことになる。しかし、すでにこの学園にいないものが多く、選択肢は兄しかいない。
ゲームだと、エンとペアの場合ミデンが付いてきて、そのエンと一緒に戦う。デュオも同じだ。テッセラの場合はトゥリアが主に戦い、テッセラが支援をするという形。兄は逆で、兄が主に戦って、トゥリアが兄の支援に回っていた。
1週目は、全員集合になったんだよな・・・主に私のせいだと思うけど。
婚約者なのだからと、ゲーム通りにエンと合流する前に、兄が来た。エンと合流してからデュオとテッセラが来て、そこにトゥリアまで来たのだ。その時は、兄が私と会う前に魔獣を一匹倒し、デュオとテッセラも一匹、全員の時に3匹倒した。他の魔獣は、生徒会長と先生が倒したのだと聞いたが、一体何匹いたのだろうか?
何匹いようと、私のすることは変わらない。
遠くから聞こえた生徒の悲鳴が聞こえ、大イベントが始まったことを確認する。私がするのはここで待つことだ。よくよく考えれば、兄は私のもとに来たのだから、ここで待っていればいいのだ。1週目の時も、エンの予定を把握していた兄が、私がエンのもとに向かうだろうと予測してエンのもとに向かう途中で合流したのだ。
なら、私はここにいるのが普通だろうと思い待つことにした。
そして、その考えは正解だ。
「ミデン、無事かい!?」
「お兄様!一体何があったのですか?」
「魔獣が侵入したようだ。危険だから、私の傍を離れないようにね。」
「魔獣?そんな、ここは学園ですよ?」
「信じられないかもしれないが、確かだ。私も一匹倒した。他にもいないか確認するから、ミデンは私に付いてきてくれるか?」
「・・・」
さて、ここからが問題だ。私はトゥリアを一人にしたいと思っている。なぜなら、トゥリア一人の場合、一般生徒を守るのに必死で、自分の守りがおろそかになるからだ。ここから導き出される結論は、攻略対象者がトゥリアのピンチに駆け付けられない場合、トゥリアは死ぬ。もしくは大怪我。どちらでもいい。
死んでくれればその後の手間が減るし、死ななかったとしても大けがを負えばあとで殺しやすくなるだろう。
そのためには、トゥリアに攻略対象者を近づけてはいけない。エン、デュオ、テッセラはもう脱落しているのでいいが、まだここには兄が残っている。この兄さえ引き離せば、トゥリアは一人だ。
ここに残るように誘導するか、トゥリアが来ないだろう場所に行くか・・・考えて、ここに残ることにした。
ゲームのトゥリアは、騒ぎの起きたほうへと向かう。この教室では騒ぎは起こらない。ここには来ないだろう。
「お兄様、私怖くて・・・足が震えて動けません。」
「大丈夫だよ、ミデン。私が必ずミデンを守るから、もう怖がることはない。いざとなったら抱えて逃げるから、心配しないで。」
「その時はお願いします・・・ごめんなさい、無力で。」
「ミデンはここにいてくれるだけでいい。私に守られてくれるだけで、私の気持ちを落ち着かせてくれるから、気にしないで。」
優しく頭をなでられて、罪悪感が胸の中で渦を巻く。
守ってくれるのはうれしいし、狙い通りだ。でも、そんなことを思う自分がとても汚く感じて、すごく嫌だ。いまさらだというのに、すごく嫌だ。
すでに、3人も殺そうとした。2人は殺したし、もう1人もいずれとどめを刺すつもりだ。そして、今はトゥリアを殺すためにおびえたふりをしている。
「お兄様・・・」
「ここは安全だから、安心してミデン。」
「はい。」
ここが安全なのは知っている。だって、ここに魔獣は現れなかったから。
でも、ここ以外は安全じゃない。きっと、今回は多くの生徒が命を落とすだろう。
ゲームでも1週目でも、怪我をする者はいたが命を落とす者はいなかった。でも、今回は4人も魔法使いが少ないのだ。3人は学園にいないし、1人はここにくぎ付け状態。一匹は倒したと思うが、残りは少なくても6匹はいるだろう。それをトゥリアと生徒会長、先生が倒して回る・・・その間にいったい何人が死ぬのか?
だとしても、私は動かない。
トゥリアには死んでもらわないといけないのだから。
この世界はヒロインであるトゥリアのためにある。トゥリアのために私は死ぬ。トゥリアの恋に彩りを添えるために・・・だから、トゥリアには死んでもらわなければ。
トゥリアがいない世界で、私が死ぬ意味などないのだから。きっと運命は変えられる。
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