死にたくないから、ヒロインたちを殺すことにした

製作する黒猫

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20 衝動

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 初めてのキスは、私の心の奥底にあった感情を呼び覚ました。ずっと、1週目からずっと、忘れようとして忘れきれなくて、こころの奥底に沈めた感情があふれ出す。



 感情のまま体が動いて、私はスカートの中に手を入れる。そこになぜあるのかは知らないが、そこにあるのは知っていた。

 柄を握り締めて、再び私に口づけを落としたエンに向かって、ナイフを突き刺す。



「ぐぅはっ・・・!?」

 私の怒りを呼び覚ました唇から、血がしたたり落ちた。ぽたぽたと生暖かい血が私の顔に落ちて、鉄の匂いが鼻につく。



 好きだった。でも、1番じゃなかった。

 輝く金の髪に、勝気な青い瞳。目の保養になる美形で、王子という権力があって、周囲を引き付ける魅力がある。こんな人と結婚出来れば幸せだろうって、思っていた。



 実際、幸せなのだと思う。1番がいなければ、私はエンと結婚することを悩みはしなかったし、これだけ私に好意を抱いてくれるエンを殺してしまおうだなんて思わなかった。



 ずっと不満だった。1週目から不満で、もしかしたらあの時から私はエンを殺すことを考えていたのかもしれない。

 エンに好かれるために、勉強を頑張って、エンが望むような存在であろうと頑張って、好意を向けられるようになった。



 1週目の時、あれはそう学園に魔獣が侵入したときの話だ。ゲームのシナリオにもある魔獣の侵入は交友会と並ぶ大イベントで、これまでの選択で好感度を上げたキャラの中で最も高感度が高いキャラとのイベントが発生する。



 学園に魔獣が侵入し、学生は避難することになったが、その避難する時間を稼ぐために、魔法が使えるものは侵入してきた魔物と戦うのだ。光の魔法の使い手であるヒロインももちろん戦うことになって、その時に好感度が最も高いキャラと組むことになる。

 うまくいけば好感度が一気に上がって、失敗しても多少好感度が上がるおいしいイベントだった・・・と話がそれた。



 1週目の時、私のところにエンが来て、兄も来た。ついでに魔獣も来て、エンが倒してくれた。騒ぎがおさまってひと段落し、外の空気が吸いたいからとエンに屋上に誘われて出行った時のことだ。



「魔獣を相手にするなんて初めてだから、流石に疲れた。」

「お疲れ様です、エン様。とてもかっこよかったですよ。魔獣と対峙するエン様の背中を見ていたら、不安に思うことなんてありませんでした。」

 ゲームの知識で誰も死なないことを知っていたので、全く不安はなかったが、エンの雄姿を見て不安がなかったのだと話した。



 勝気な表情で、当り前だとか、僕がそばにいて不安に思うことなどさせないとかいうのかと思っていたが、エンの表情は思い詰めたものだった。



「僕は、怖かった。」

「え?」

「初めてだったからな・・・僕一人ならどうにでもなるが、学園のみんなを守れるか・・・わからなかった。」

「そう、ですね。魔獣がもっと強かったら、このようにお話などできなかったかもしれませんね。」

「嫌だ。」

 エンの手が伸びて、私の肩を掴む。その力は痛いくらいの力で、私は思わず顔をしかめた。すると力はすぐに緩められる。



「悪い・・・でも、ミデンが・・・もしもミデンを守り切れなかったらって思うと、怖くて。僕は、ミデンを失うかもしれないって思って、気づいたよ。」

「気づいたって、何をですか?」

 キッと睨まれて、私は本能的に離れたかったのだが肩を掴まれていたのでエンから離れることができない。何か怒らせるようなことをしたかと思ったのは一瞬で、はっきりものをいうエンに珍しく、かすれたような声で好きだと言われた。



 好きだと。



「親の決めた・・・ミデンには言っていなかったかもしれないが、ミデンを婚約者にと選んだのは、父だ。僕が決めたことにはなっていたけど・・・実際、意見は聞かれたけどどうでもよくて・・・最初から君に惹かれたわけではなかったんだ。」

 そうだろうとは思った。

 そうだ、この時ちゃんエンの口からきいていた。私たちの婚約が両親によって決められたと。つまり、エンと婚約することはやはり運命だったのだ。



 この時の私も、そんなことだろうとは思っていたが、はっきり聞くと勉強頑張ってよかったという感想が浮かんだ。



「でも、今は違う。僕は君のことが好きだ。頑張りすぎてしまう、勉強も礼儀作法も完璧なのに、ちょっと抜けている君が好きだ。ずっとそばにいて欲しい、ミデン。」

 告白だ。

 私は今告白をされているのだと気づいた。そして、エンが自分を好きだと知って、エンに嫉妬した。



 好きな人と婚約者だなんて、攻略対象者はやはり違う。悪役令嬢なんていう盛り立て役とは違うのだ。

 私は一番との未来を諦めないといけないのに、私の婚約者は一番を諦めなくていい。何という不公平。



「もちろんです、エン様。私は、エン様を幸せにするために、ずっとそばにいます。」

 そう、エンの幸せのために。



 そこに私の幸せはない。



 彼と結ばれない私は、死を乗り越えたとしてもエンを幸せにしなければならない。ただそれだけの人生・・・か。







 でも、彼を殺した今・・・私の人生はそれすらない。



 ナイフに毒でも塗ってあったのか、エンは一突きしただけで息絶えた。血は流れているが、致死量とは思えない。

 このナイフ・・・なんでスカートの中にあったのだろう?



 どうでもいいか。







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