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10 モブ登場
しおりを挟む兄が、誘拐された。
1年後には戻ってくることはわかっているので心配はしていないが、一つ問題が起きた。
「どうやって、馬車に乗ればいいのかしら。」
1週目とは違い、私は馬車にトラウマがあって、普通に乗ることができない。今までは、兄に魔法をかけてもらって、寝た状態で馬車に乗って移動していたのだ。それが、兄がいないとできない。
兄は、闇魔法の使い手。闇魔法が使える攻略対象者は兄一人で、他はヒロイン含め光と友情エンドがあるテッセラが影だ。
家族にも、知り合いにも闇魔法の使い手はおらず、どうしようもない状況だった。
「せめて、学園にあがっていれば・・・知っている人位はいたのに。」
後悔してももう遅い。兄が戻らない1年は、自分でどうにかしなければならない。
だけど、そんな悩みはすぐに解決した。
父に紹介されたのは、城の要請で私に魔法をかけることになった、漆黒の髪に月のように輝く金の瞳をした微笑みを浮かべる少年だ。人好きのしそうな笑みで、ほとんど金の瞳を見ることがなかったが、私は1週目の記憶で知っている人物だった。
変な声を出さないようにきゅっと口を閉じて、私はにこにこ笑う少年の挨拶を聞く。
「初めまして、月のお姫様。アンティカトプトリスモス家のペンデ・S・アンティカトプトリスモスです。今日からよろしく。」
Sは、闇魔法の使い手ということを表す。「スコティンヤ」か「S」で表すことが多い。稀に、デュオのように力が強い者は「ランブラ・セレーネ」と名乗ることもある。こちらも「S」で表すので、この場合どちらかはわからない。
デュオも学園では「F」で名乗るので、彼が相当の使い手だということを知る者は少ない。
「私は、ミデン・プロートンと申します。よろしくお願いします、アンティカと・・・トプトリス、モス様。」
「ふっ。一度でそこまで正確に言えるなんて、月姫は利発なんだね。ペンデでいいよ。うちの家名長いでしょ?」
ごめんなさい、1週目の知識です。
一応、この人もゲームに登場するが、立ち絵が影になっているモブで、名前すら出てこない。彼を呼ぶときは「生徒会長」や「会長」と役職で呼んでいるので、名前などなくても困らない存在だ。ちなみに、なぜかジャケットイラストにも描かれている彼は、月をバックにしているところから、月光の生徒会長と呼ばれている。
1週目の時は、長年謎に包まれていた月光の生徒会長の登場に興奮したが、姿を知った今となっては、こんなに早く知り合うことに対しての驚きしかない。
紹介が終わって、忙しい父がその場を後にし私とペンデ、ソーニャがその場に残って、親睦を深めることになった。
「月姫は、僕の2つ下だから、存分に甘えてくれていいからね。ほら、僕の瞳と同じ金色だから、新しく兄ができたと思ってくれていいよ。」
「ありがとうございます。でも、それだと兄の居場所が帰ってきた時に無くなってしまうので・・・お気持ちだけで。」
「優しいなぁ~でも、安心して、その時に僕は別の形でそばにいるようにするから。」
少し無神経だと思える発言もあるが、ペンデは優しくて私も好印象が持てる人物だ。
私を「月姫」と呼ぶのは1週目と同じで、1週目に聞いたとき少し考えた後に、瞳が月のように美しいからといってくれた。私はそれを聞いて、「なら、会長も月姫ですね。」と冗談で言ったら、「なら、ワタクシたち、月姫姉妹ね。」と裏声で言われて、腹がいたくなるほど笑った。
モブだからといって偏見の目で見るわけではないが、なぜここまで濃いキャラなのか不思議だ。正直、攻略対象者よりも濃いと思っている。
「ちょっと気になったんだけど、僕と月姫ってどこかで会ったことがある?」
世間話をしていると、唐突にそのようなことを聞かれて、手汗を少しかいてしまった。もしかして、親しくし過ぎた?いや、そうだとしても怒る人ではないし大丈夫か。
「覚えはありませんけど、どこかで会いましたか?」
「さぁ、どうだろう?」
「なんですか、それは・・・」
「わからない?かわいい月姫を口説いているんだ。」
「・・・からかったんですね。ご存じの通り、私には素敵な王子様の婚約者がおりますので、付け入る隙はありません。」
きっぱりと言って、湯気の立つ紅茶を手に取った。
すると、視線を感じてちらりと前を見れば、月の瞳が怪しく輝いていた。
「本当に?」
「!?」
静かに問われた言葉が、私の心臓のリズムを乱す。
エン様は素敵な婚約者かと問われれば、私は迷いなく頷く。好きかと聞かれても、迷いなくうなずく。
でも、私は私を救えないエン様に期待することはもうしないし、自分を救うためにエン様を殺そうとしている。
きっと、私の前に素敵な人が現れたら、私はエン様を捨てる。だって、エン様はもう死ぬことが決まっているのだから。
ゲーム知識と、1週目の知識を使って、私が殺すことを決めたのだから。
「やっぱり、隙だらけなんだね?」
「たとえ、隙があったとして、ペンデ様に関係はないことでしょう?」
「大ありだよ。さっきも言った通り、僕は月姫を口説くほどには・・・あなたが欲しい。」
同じ色の瞳だというのに、あちらの月の瞳は魔力を帯びたように私の目を惹きつけ、すべてを見透かしているように思えた。
確かに、生徒会長はつかみどころのない人ではあったけど・・・もっと軽い感じではなかったか?
獲物を前にした蛇。舌なめずりさえしそうな気配を醸し出すのは、私の2つ上のまだ子供・・・末恐ろしいというものである。
「あぁ・・・怖がらせちゃったかな?大丈夫だから・・・僕だって、慌てることはないって知っているし、月姫が何をするのか楽しみだから邪魔をするつもりもないよ。」
「・・・何を、知っているの?」
意味深なことを言われた私は、聞くのが怖いと思いながらも問う。だけど、ペンデに答える気はないらしい。いつもの笑顔でごまかされて、話題を変えられた。
この人は、一体何を知っているのだろう。
まさか、私がエン様を殺そうとしていることを・・・いや、そんなはずはない。誰にもこのことは話していないし、殺すために行ったことといえば、デュオがくれると言ったペンダントを受け取ったくらいだ。
そのことで、私がデュオを殺そうとしたことなど思いつかないだろう。
そういえば、デュオはまだ意識が戻らないと言っていた。このままいけば、私が手を下さなくても衰弱死するかもしれないと、期待している。
私だって、手を下すことにはためらいがあるのだ。だから、直接的でなく間接的に殺そうとしている。証拠が残らないからというだけでなく、直接殺すのは気が引けたのだ。
殺したいほど、憎いわけではない。彼らは私を救おうとしたが、救えなかっただけ。ただ私は、死ぬくらいなら殺したいだけだ。
こうして、馬車の問題は解決した。
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