死にたくないから、ヒロインたちを殺すことにした

製作する黒猫

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9 悪役令嬢のはじまり

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 怖い、死にたくない。誰か、誰でもいいから助けて。

 エン様、お兄様、デュオ様、テッセラ・・・トゥリア・・・ソーニャ・・・



 助けて、私のこと好きなはずだよね?なんで、助けてくれないの?私はあなたたちが心に傷を負わないように立ちまわって、間に合わないときは傷を癒すのを手伝った。



 なのに、誰も私を救えない。優しい言葉に、向けられる好意が本物なのはわかっているし、それは私を慰めた。でも、本当の意味で救うことはなかった。



 青い空。すがすがしいほど、憎らしいほど、綺麗な青空。

 当然だ。ゲームでは悪役が倒されてハッピーエンドを迎える良き日なのだから。たとえそれが、私が死ぬ日だとしても、世界には吉日なのだ。







 自室の窓から見上げる空は曇天。今にも雨が降り出しそうな湿った空気は、今日が凶日であることを示していた。私が死ぬことが吉日で、なぜ今日は凶日なのかと世界の理不尽を嗤う。



 世界は間違っていない。私はそれを認めることにした。



 だって、私は悪役令嬢・・・ミデン・プロートンなのだから。



 ドンドンと激しいノック。普段ではあり得ない慌ただしさに、私の口角は上がった。入室許可を出して、戸惑った表情に変える。入ってきたのは執事だった。



「大変です、お嬢様。デュオ様が・・・意識不明の重体です。」

「!・・・一体どういうことですか?」

 内心舌打ちをして、わかり切ったことだが執事に話を聞く。



 これは、ゲームのイベントにある、デュオが魔道具に興味を持つきっかけを作った誘拐事件だ。誘拐された理由は、「イリアコ・フォース」を名乗るほどの光魔法の使い手だったからだと、作中でデュオが言っていた。

 捜索隊が出されたが、デュオは自力で捕まっていた廃屋から脱出する。そして、追手を自身の魔法で次々と倒し、脅威は去ったかのように見えた。しかし、廃屋は奥深い森にあって、帰り道もわからずさ迷い歩き、魔物の群れと遭遇。これも自身の魔法で次々と倒していくが、数が多すぎて倒しきるころには魔力が尽きる。しかも、倒しきったと思って油断したところを、倒し損ねた魔物に襲われるのだ。



 私は、胸元のペンダントをそっとなでた。

 そう、ゲームの中で・・・いや、1週目だって、このペンダントのおかげでデュオは助かったのだ。



 デュオの魔法が込められたペンダントは、魔力がなくても発動できる。もちろん、回数制限はあるが、その時のデュオを救うのには十分な効果を発揮した。



 全く運のいいことだ。私は簡単に命を落とすというのに、攻略対象者はそうではないらしい。不公平だと不満を漏らすが、だからといって決意は揺るがない。



 誰もいなくなった自室で、窓に手をついて空を見上げた。



「死にたくないから・・・だから、私は。」

 10年以上考えて出た決断は、なるほど悪役令嬢にふさわしいものだった。おそらく、私はミデン・プロートンになるべくしてなったのだろう。



 この世界は何のためにある?ヒロインが恋するためだ。

 婚約破棄されるのはなぜ?ヒロインの恋を成就させるためだ。

 悪役令嬢はなぜ死ぬのか?ヒロインの恋に彩りを添えるためだ。



「世界がヒロインのためにあって、ヒロインのために私が死ぬというのなら・・・そんな理を根本から崩す。」

 これは、不当に殺される運命の悪役令嬢が、復讐する物語だ。いや、そういう世界に私がしてみせる。



 平和で穏やかな世界に生きていたエン様、デュオ、トゥリア・・・兄だって、もう私と同じ。未来なんて望めないの。

 平和な時間のスパイスは、今回の件のように命の危険がある出来事に。そして、死ぬ選択があるものには、死の選択を。



「せいぜい、残りの時間を呑気に暮らせばいい。次に動けるのは、ゲームが始まってからだから。」

 暖かだった思い出が色あせて、心の奥深くに沈む。そうすれば残ったのは、ゲーム機に映る2次元の光景だけ。



 しょせん、私が悪役令嬢だというのなら、しょせん、すべてはゲームの世界とゲームのキャラでしかない。



 そんなのは許さない。

 だって、私は生きているんだから。







 しばらく、お妃教育が中止になって、エン様とのお茶会もできなくなった。どうやら、城の警備を見直すということで、運営にかかわること以外人の出入りを禁じているようだ。

 気にしていなかったけど、デュオは城にいたにもかかわらず誘拐されたらしい。犯人側も大胆なことをすると感心したが、そういえばみんな死んだからたんなるバカだったかとそれ以上考えるのをやめた。



 気分転換にと、屋敷内の庭に連れていかれた私は、ふと大きな薔薇に目を止める。



「・・・」

 初日に見た薔薇もこのあたりにあった。流石に何年も前の話だから、同じ薔薇ではないだろうけど懐かしく感じる。

 あのとき、どうすればいいのかわからなくて、不安に押しつぶされそうだった。



「こんにちは、ミデン。」

 初日のことを考えていたせいか、まさかの兄まで登場してあの時の再現となった。でも、私も兄も成長したし、薔薇はあの時の薔薇ではない。これは、どこまでも似ている光景に過ぎない。



「お兄様、お散歩ですか?」

「そうだよ。部屋にこもっていたら気分が滅入るからね。」

 本来なら、もう学園に通っているはずの年齢の兄は、すでに学園で習う範囲の勉強を終えて、領地について学んでいる。ゲームの都合上仕方がないのかもしれないが、入学する時期をずらしたのは本当に無駄なことだ。

 しかも、現時点では来年入学する予定の兄だが、再び誘拐されてまた2年入学が遅れることになる。この分だと、あと2、3回は人生で誘拐されるのではないかと思うが、その後の人生は不明なので知らない。



 悪役令嬢のドキドキお宅訪問を何度も行うわけにはいかなかったとしても、もう少し何か方法はなかったのだろうか?たとえば、先生にするだとか、息抜きで下町の食堂で働いているだとか・・・いや、それはないか。



「大きな薔薇だね。うちの庭師は、薔薇を大きくするのが上手のようだ。」

「そうですね。」

「・・・」

「・・・」

 特に話すことがないせいか間が空く。ふと視線を感じて見あげれば、私と同じ金の目が探るような視線を向けていた。



「何か?」

「心配・・・していたんだけど、もう大丈夫そうだね。」

「・・・心配ですか?あぁ、デュオ様のことでしょうか?」

「いや、もっと前から・・・そうだね、ちょうどここでミデンを見た時、6才にしては深刻な顔をしていたし、人が変わったかのような様子を感じて、ね。」

 初日の話だ。私と同じで、兄もその時のことを思い出したようだ。



「ミデンの優しいところ、私は嫌いではないよ。でも・・・その優しさがミデンを苦しめるなら、そんなものは捨てて欲しいって思っていた。」

 兄は、優しく私の頭に手を置いて、髪の流れに沿って撫でた。



「捨てたんだね。でも、それでも私はミデンを守ってあげるよ。大切な妹だからね。」

 見透かされたような物言いに驚き、兄の言葉に兄の正気を疑って、私はまじまじと兄の瞳を見た。

 でも、兄が何を思っているのかはわからない。正気なのか、狂っているのかさえも。





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