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8 隣の穏やかな世界
しおりを挟む1周目がなかったとしても、すでに慣れただろうバラ園。エン様が去って、私は兄が来るのを待っていた。そうした空き時間に相手をしてくれるのは、テッセラかソーニャ、たまにデュオだ。今日はテッセラが私の相手をしてくれた。
いつものように差し出された手を取って、テッセラに導かれて薔薇をめでる。護衛やソーニャが遠くで見守る中、彼らに背を向けたテッセラは表情を引き締めた。
「何を悩んでいるのですか?」
「え?」
「ずっと・・・ミデン様は悩んでおられるご様子。殿下たちも心配しておられますよ。」
「・・・」
「殿下たち、殿方には話せないことも多いでしょう・・・よろしければ、我が相談に乗ります。いえ、話を聞きましょう。話すだけでだいぶ楽になることかと思いますよ?」
「・・・ありがとう。でも、どう話せばいいかわからないの。」
婚約破棄されて、追放されて、事故死にならない方法など聞けるわけもないし、どう言ったらいいのかわからなかった。だってどれも、今の私にはありえないこと、心配のし過ぎだと笑われるのがオチの話でしかない。
殿下の関係は良好、プロートン家に魔の手が伸びている気配はない。何もかも、予兆がなくただの私の妄想と片付けられてしまうことばかり。
人生3回目、2回はミデンやってますなんて、正気を疑われるので絶対言えない。
「どのように言っていただいてもいいですよ。そうですね、ただ何か不満や不安があれば、教えていただけませんか?」
不安。悪役令嬢に仕立て上げられないか?皆に嫌われないか?婚約破棄されないか?追放されないか?・・・事故死しないか。
死にたくない。そうだ、私は死にたくないんだ。
悪役令嬢になることも、婚約破棄も、追放も・・・なぜ怖いのかといわれれば、それがすべて死に直結するからに他ならない。婚約破棄されて終わりなら、悲しいだろう。追放されて終わりなら、今後の生活を心配する。事故死したら・・・終わりだ。
「死にたくない。」
「え・・・それは、どういうことですかミデン様?」
「・・・」
「聞き間違いでなければ、死にたくないと、そう我には聞こえたのですが。」
「みんなそうでしょう?」
生き物なら、死にたくないと思うのは当然のことだ。なにもおかしいことはないと、私は苦笑した。
「それだけ。人に相談しても、どうしようもないことでしょ?」
「・・・それは違います、ミデン様。」
「何が違うというの?まさか、不死の秘薬でも探すなんて言い出さないわよね?」
「いいえ・・・ただ、我はあなたを守ると言います。」
すっと跪いたテッセラ。見上げてくる柔らかい茶の瞳は真剣だが、口元は緩んで私を安心させようとしている様子だ。
「もう一度言いましょう。我は、ミデン様を守ります。」
「う・・・」
嘘だ。
「必ず、あなたを守りますから、ご安心ください。」
何かがのどに絡みついて、私は必死にそれをつばと一緒に飲み込む。あぁ、苦しい。もう一度つばを飲み込んで、口角をあげた。
「・・・嬉しいわ、テッセラ。ありがとう。」
きっと、テッセラは気づいている。私が安心していないことに。
しゅんとしたポニーテールを見て、私も悲しくなった。テッセラを信じていないわけじゃないけど・・・?
いや、私はテッセラを信じていない。だって、テッセラは守ってくれようとしてくれたけど・・・結局私は死んだから。
1週間後、短縮された王妃教育を受けた私は、デュオに呼び出されて書庫に向かっていた。王妃教育が私の負担と思われたらしく、時間が3分の2に短縮された。1週目なら、勉強しないと嫌われると慌てていたかもしれないが、今はそういう気持ちがわいてこなかった。
私を嫌うはずがないと、傲慢な心があるのだろうか?自分でもよくわからなかった。
あっという間に書庫に着き、先に来ていたデュオと軽く挨拶をして向かいの席に座った。デュオが使用している机の上は乱雑に本が置かれていて、デュオと私の前だけ空白が開いている。最初はなかった私の空白ができたのはいつだっただろうか?あまりよく覚えていない。
「最近、エンとは・・・どうだ?」
「そうですね、1週間ほど前にバラ園でお茶をして、それから会っていません。」
「エンも忙しいからな、最近時間が取れないって・・・嘆いていた。優秀なエンでも時間が取れないなんて、俺は・・・2番目でよかった。」
何か用事があるのかと思っていたが、ただ単に世間話がしたかっただけのようで安心した。テッセラのように、相談しろといわれても話すことはないからどうしようかと思っていたのだ。
たわいもない話をして、そろそろ帰る頃合いになってきた。
「ミデン、実は今日は・・・渡したいものがある。」
「渡したいものですか?改まって言われると、緊張しますね。」
なぜか既視感を覚える光景に、何だったと頭を巡らせるがすぐに答えは出た。
「これを、受け取って欲しい・・・」
「これは・・・!」
差し出されたのは、いつもデュオが身に着けている魔法が封じ込められたペンダントだ。これは、1周目にも起こったこと。そして、ゲームの知識を持っていた私は、このペンダントを受け取らなかった。
「必ずミデンの助けになる・・・俺も、君を守りたい気持ちはテッセラと変わらないんだ、受け取れ。」
「・・・私の助け・・・」
なるだろうか?私を助けてくれるかはわからないが、少なくても攻略対象者たちよりは希望があるかもしれない。だって、1周目に私はこれを手にしていなかった。
でも・・・これを受け取ってしまったら。
どうなるのか知っているはずなのに、気づけば礼を言って私はペンダントを受け取ってしまった。
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