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1 デッドエンド
しおりを挟む10年だ。ミデン・プロートンとして生きた10年間、私はこの時のための努力を惜しんだことはなかった。
ミデン・プロートンとは、アリスモスの恋という乙女ゲームの悪役令嬢という役割を持つ、プロートン家の令嬢だ。
騎士たちに押さえつけられ、無様に床を這いつくばる悪役令嬢に、私はなってしまった。
ふかふかの絨毯のおかげで押さえつけられたときの衝撃はある程度抑えられたが、騎士たちの無遠慮な力で腕をひねられているために痛かった。心だって痛い。
「なぜ、私がこのような目に。」
「ミデンーーー!放せ、ミデンは何もしていない!」
吠える王子は、私の婚約者のエン様。エン・フォース・ペンプトンだ。
ゲームでは、エン様に引導を渡されるはずだったのだが、私の努力の結果良好な関係を築けたため、今回の件に彼は関係がない。むしろ心配してくれている。
なら、そのエン様を抑える第二王子、デュオ・イリアコ・フォース・ペンプトン?いいえそれも違う。彼もエン様と同様に私を助けたいという表情をしていたが、今の状況では助けることができないと思ったのだろう、悔しい顔をしている。
同様に、私の兄で隠し攻略対象であるエクス・スコティンヤ・プロートンも違う。ゲームの中では穏やかな顔をしながらも妹を嫌っていた兄だが、今の険しい表情を見ればこの状況を仕組んだのは彼ではないと分かる。
なら、誰が?
顔を上げると、エン様を止めるデュオ様の隣に、このゲームのヒロイン、トゥリア・フォース・エナトンが、顔を青ざめさせて涙目になっている。
違う。だって、私と彼女は親友だ。それに、彼女は誰も攻略などしていない。
押さえつけられていた体が引っ張られて、無理やり立たされた。
「学園の秩序を乱すミデン・プロートン。そなたの処罰は決まった。学園を追放する!」
目の前で高らかに宣言したのは、この学園の学園長だ。ゲームだと、この学園長がヒロインに様々な情報を労働を対価に教えてくれるのだが、その時に見せる茶目っ気などなく、厳かに言い渡された。
「連れていけ。」
「ミデン!学園長、何かの間違いです!ミデンが、エナトン嬢に嫌がらせをしていたなんて、ありえません!」
「そうです!ミデンさんは私をいつも助けてくれました!水をかけられた時だって、タオルと着替えを貸してくださって・・・転ばされて怪我をした時だって!保健室に・・・私に優しくしてくれた大切な人です!友達です!意地悪なんてするはずがありません!」
「もし、その嫌がらせが真実として、この対応は学園の対応として間違っていると、誰の目にも明らかです。公衆の面前、しかも何の通達もなく。一体どういうことでしょうか?」
「いくら平等をうたっているにしたって、この扱いはあんまりです。プロートン家からも改めて抗議させていただきましょう。」
エン様、トゥリア、デュオ様、エクスお兄様・・・頑張って育んだ絆が感じられて、私は涙があふれそうだ。でも、そんな抗議など関係なく、私は引きずられるように連れていかれ、馬車の中に押し込められた。
「い、いやだ!やめて!」
「大人しくしろ!」
馬車に乗せられたことで、私の抵抗は大きくなる。だって、悪役令嬢は・・・ミデン・プロートンは・・・
乗っていた馬車が事故にあい死んだ。
嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!死ぬのは怖くて、冷たくて・・・一人になる―――
前世、仕事帰りに車を運転していた私は、わき道から唐突に飛び出してきた高校生の乗る自転車を避けようとして、衝突。慌てて車から降りようとして、扉が開かず焦っていたら、道路に転がっていた高校生が起き上がってほっとしたのもつかの間、車が爆発して吹き飛ばされた。
そして、いまだに意識がある自分がしぶといと思いながら赤みがかった空を見て、動かない体に恐怖した。その時間は長くも短くも感じたけど、私にとってはトラウマの出来事だ。
死ぬのが怖い。体が動かなくなるのが、意識がなくなるのが怖い。自分が失われるのが怖い。
ガタガタと震える私にお構いなしに、馬車が進む。
どうして、誰か助けて。
死にたくないから、攻略対象やヒロインに嫌われないように努力した。苦手な勉強だって頑張って、欲しいものだって我慢して・・・頑張って、良好な関係を築いたのに。
ガタンと馬車が揺れて、私の体もビクンと揺れる。いつ、この馬車が大破するかわからない。もしかしたら、谷底に落ちていくのかも。それとも他の馬車が突っ込んできて?どのような事故に合うかはわからないが、すぐ迫る死におびえることしかできない。
どうして、なんで・・・エン様と良好な関係を築いたが、結局は婚約破棄になった。それはエン様の意思ではなかったけど・・・
トゥリアとも友達になった。それなのに、私が嫌がらせをしたことになって、学園を追放された。
攻略対象者とヒロインがいきなり狂って、私を断罪しないかという心配があって、注意深く見ていたが・・・最後まで彼らは私の味方だった。
でも、それに何の意味があるの?
ガタン、ガタガタガタ。ひときわ大きな揺れが来て、揺れが続いた。それからはよく覚えていない。体があっちこっちにぶつかって、身体が宙に浮いて、気づいたら青空を眺めていた。
「あ・・・あ・・・」
声が出ない。出るけど、話せない。体が動かない。あの時と同じだ。
怖い。2度目だけど、恐怖は変わらない。一回目は、ミデンに転生した。でも、2回目の転生はあるの?あったとして、私は私なの?
嫌だ、怖い、死にたくない。誰か、誰でもいいから―――助けて―――
ぷつん
唐突に、青空が消えた。
意識もなくなった。
「・・・ま・・・さま・・・様・・・ミ・・・さま・・・ミデン様。」
「・・・はっ!」
がばっと起き上がって、目を見開く。何も映していなかった目が、徐々に白いシーツを映して、可愛らしい薄ピンクの壁紙、小さい子供が使うための家具を映した。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
「大丈夫ですか、ミデン様。うなされていたようですけど。」
「・・・ソーニャ?」
「はい、ミデン様。」
目の前には、私の侍女のソーニャがにこやかに立っている。若干違和感を覚えた私はじっとその顔を見て、ソーニャが若いことに気づいた。
「ソーニャ。」
「はい。」
「若返った?」
「・・・ミデン様、私はまだ15ですよ?若返る必要あると思いますか?」
「15・・・え?」
「昨日挨拶申し上げた通り、これからミデン様のお世話をいたしますソーニャ、15才です。」
昨日・・・15・・・確か、ソーニャは25で、私とは10年の付き合いになるはず。いや、それどころではない!私は死んだはずだ!
「私、どうなったの?蘇生魔法でも見つかったの!?」
「まだ寝ぼけていらっしゃるんですね、ふふ。ミデン様、朝ですよ・・・どうぞ、ミデン様の好きなフレーバーだといいのですが。」
爽やかな柑橘系の香りがする紅茶を手渡された。これは、よくソーニャがいれてくれる紅茶だ。名前は・・・
「出会いに感謝を」
「・・・!えへへ。嬉しいですミデン様。ミデン様も私と同じ気持ちでいてくださったのですね・・・その紅茶のフレーバー私が考えたんです。名前は、ミデン様のそのお言葉を頂きますね。」
違う。ソーニャがこの紅茶の名前を教えてくれたんだ。そう、出会って最初の朝に。まさか・・・
「ソーニャ、鏡を。」
「はい。」
すっと出された手鏡に、新緑の髪と太陽の光を反射して輝く金の瞳が映し出される。何度も見た、10年以上の付き合いをしたミデン・プロートンの幼い姿に、私は状況を把握した。
一度目は転生、二度目は逆行・・・やり直せと神に言われているよう。
私は、10年前にさかのぼっていた。
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