死にたくないから、ヒロインたちを殺すことにした

製作する黒猫

文字の大きさ
上 下
1 / 32

1 デッドエンド

しおりを挟む


 10年だ。ミデン・プロートンとして生きた10年間、私はこの時のための努力を惜しんだことはなかった。

 ミデン・プロートンとは、アリスモスの恋という乙女ゲームの悪役令嬢という役割を持つ、プロートン家の令嬢だ。



 騎士たちに押さえつけられ、無様に床を這いつくばる悪役令嬢に、私はなってしまった。



 ふかふかの絨毯のおかげで押さえつけられたときの衝撃はある程度抑えられたが、騎士たちの無遠慮な力で腕をひねられているために痛かった。心だって痛い。



「なぜ、私がこのような目に。」

「ミデンーーー!放せ、ミデンは何もしていない!」

 吠える王子は、私の婚約者のエン様。エン・フォース・ペンプトンだ。

 ゲームでは、エン様に引導を渡されるはずだったのだが、私の努力の結果良好な関係を築けたため、今回の件に彼は関係がない。むしろ心配してくれている。

 なら、そのエン様を抑える第二王子、デュオ・イリアコ・フォース・ペンプトン?いいえそれも違う。彼もエン様と同様に私を助けたいという表情をしていたが、今の状況では助けることができないと思ったのだろう、悔しい顔をしている。



 同様に、私の兄で隠し攻略対象であるエクス・スコティンヤ・プロートンも違う。ゲームの中では穏やかな顔をしながらも妹を嫌っていた兄だが、今の険しい表情を見ればこの状況を仕組んだのは彼ではないと分かる。



 なら、誰が?



 顔を上げると、エン様を止めるデュオ様の隣に、このゲームのヒロイン、トゥリア・フォース・エナトンが、顔を青ざめさせて涙目になっている。

 違う。だって、私と彼女は親友だ。それに、彼女は誰も攻略などしていない。



 押さえつけられていた体が引っ張られて、無理やり立たされた。



「学園の秩序を乱すミデン・プロートン。そなたの処罰は決まった。学園を追放する!」

 目の前で高らかに宣言したのは、この学園の学園長だ。ゲームだと、この学園長がヒロインに様々な情報を労働を対価に教えてくれるのだが、その時に見せる茶目っ気などなく、厳かに言い渡された。



「連れていけ。」

「ミデン!学園長、何かの間違いです!ミデンが、エナトン嬢に嫌がらせをしていたなんて、ありえません!」

「そうです!ミデンさんは私をいつも助けてくれました!水をかけられた時だって、タオルと着替えを貸してくださって・・・転ばされて怪我をした時だって!保健室に・・・私に優しくしてくれた大切な人です!友達です!意地悪なんてするはずがありません!」

「もし、その嫌がらせが真実として、この対応は学園の対応として間違っていると、誰の目にも明らかです。公衆の面前、しかも何の通達もなく。一体どういうことでしょうか?」

「いくら平等をうたっているにしたって、この扱いはあんまりです。プロートン家からも改めて抗議させていただきましょう。」

 エン様、トゥリア、デュオ様、エクスお兄様・・・頑張って育んだ絆が感じられて、私は涙があふれそうだ。でも、そんな抗議など関係なく、私は引きずられるように連れていかれ、馬車の中に押し込められた。



「い、いやだ!やめて!」

「大人しくしろ!」

 馬車に乗せられたことで、私の抵抗は大きくなる。だって、悪役令嬢は・・・ミデン・プロートンは・・・



 乗っていた馬車が事故にあい死んだ。



 嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!死ぬのは怖くて、冷たくて・・・一人になる―――



 前世、仕事帰りに車を運転していた私は、わき道から唐突に飛び出してきた高校生の乗る自転車を避けようとして、衝突。慌てて車から降りようとして、扉が開かず焦っていたら、道路に転がっていた高校生が起き上がってほっとしたのもつかの間、車が爆発して吹き飛ばされた。



 そして、いまだに意識がある自分がしぶといと思いながら赤みがかった空を見て、動かない体に恐怖した。その時間は長くも短くも感じたけど、私にとってはトラウマの出来事だ。



 死ぬのが怖い。体が動かなくなるのが、意識がなくなるのが怖い。自分が失われるのが怖い。



 ガタガタと震える私にお構いなしに、馬車が進む。

 どうして、誰か助けて。



 死にたくないから、攻略対象やヒロインに嫌われないように努力した。苦手な勉強だって頑張って、欲しいものだって我慢して・・・頑張って、良好な関係を築いたのに。



 ガタンと馬車が揺れて、私の体もビクンと揺れる。いつ、この馬車が大破するかわからない。もしかしたら、谷底に落ちていくのかも。それとも他の馬車が突っ込んできて?どのような事故に合うかはわからないが、すぐ迫る死におびえることしかできない。



 どうして、なんで・・・エン様と良好な関係を築いたが、結局は婚約破棄になった。それはエン様の意思ではなかったけど・・・

 トゥリアとも友達になった。それなのに、私が嫌がらせをしたことになって、学園を追放された。

 攻略対象者とヒロインがいきなり狂って、私を断罪しないかという心配があって、注意深く見ていたが・・・最後まで彼らは私の味方だった。

 でも、それに何の意味があるの?



 ガタン、ガタガタガタ。ひときわ大きな揺れが来て、揺れが続いた。それからはよく覚えていない。体があっちこっちにぶつかって、身体が宙に浮いて、気づいたら青空を眺めていた。



「あ・・・あ・・・」

 声が出ない。出るけど、話せない。体が動かない。あの時と同じだ。

 怖い。2度目だけど、恐怖は変わらない。一回目は、ミデンに転生した。でも、2回目の転生はあるの?あったとして、私は私なの?

 嫌だ、怖い、死にたくない。誰か、誰でもいいから―――助けて―――



 ぷつん



 唐突に、青空が消えた。

 意識もなくなった。







「・・・ま・・・さま・・・様・・・ミ・・・さま・・・ミデン様。」

「・・・はっ!」

 がばっと起き上がって、目を見開く。何も映していなかった目が、徐々に白いシーツを映して、可愛らしい薄ピンクの壁紙、小さい子供が使うための家具を映した。



「はぁ、はぁ、はぁ。」

「大丈夫ですか、ミデン様。うなされていたようですけど。」

「・・・ソーニャ?」

「はい、ミデン様。」

 目の前には、私の侍女のソーニャがにこやかに立っている。若干違和感を覚えた私はじっとその顔を見て、ソーニャが若いことに気づいた。



「ソーニャ。」

「はい。」

「若返った?」

「・・・ミデン様、私はまだ15ですよ?若返る必要あると思いますか?」

「15・・・え?」

「昨日挨拶申し上げた通り、これからミデン様のお世話をいたしますソーニャ、15才です。」

 昨日・・・15・・・確か、ソーニャは25で、私とは10年の付き合いになるはず。いや、それどころではない!私は死んだはずだ!



「私、どうなったの?蘇生魔法でも見つかったの!?」

「まだ寝ぼけていらっしゃるんですね、ふふ。ミデン様、朝ですよ・・・どうぞ、ミデン様の好きなフレーバーだといいのですが。」

 爽やかな柑橘系の香りがする紅茶を手渡された。これは、よくソーニャがいれてくれる紅茶だ。名前は・・・



「出会いに感謝を」

「・・・!えへへ。嬉しいですミデン様。ミデン様も私と同じ気持ちでいてくださったのですね・・・その紅茶のフレーバー私が考えたんです。名前は、ミデン様のそのお言葉を頂きますね。」

 違う。ソーニャがこの紅茶の名前を教えてくれたんだ。そう、出会って最初の朝に。まさか・・・



「ソーニャ、鏡を。」

「はい。」

 すっと出された手鏡に、新緑の髪と太陽の光を反射して輝く金の瞳が映し出される。何度も見た、10年以上の付き合いをしたミデン・プロートンの幼い姿に、私は状況を把握した。



 一度目は転生、二度目は逆行・・・やり直せと神に言われているよう。

 私は、10年前にさかのぼっていた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

処理中です...