天国に行きたいなら、俺を殺せばいい

製作する黒猫

文字の大きさ
上 下
1 / 2

殺人鬼の誕生

しおりを挟む



 おなかがすいた。





 俺が座り込んでいるのは、寂れたビルの間の薄暗くじめじめとした場所。生ごみが置いてあるような場所だ。ひどい匂いがする。





 たった数歩。





 数歩先に、日の当たる明るい場所があり、小綺麗な服を着た人々が行き交っていた。その先には、車道があり、車の通り抜ける音と、まれにクラクションの音や急ブレーキの音が俺の耳に届いた。





「もうすぐ移動しないとな。」



 こんな場所で座り込んでいたら、もうすぐ巡回にくる治安維持隊に、殴り倒されてしまう。彼らは、飯も日銭も恵んではくれないが、拳だけは惜しみなくサービスしてくれるのだ。





 移動しないと。



 そうはわかっていても、体は動かなかった。





 おなかがすいた。ここを離れれば、おにぎり一つでも誰かが恵んでくれるというのなら、動けただろう。誰か、恵んでくれないだろうか。





 その時、光を遮る影が現れた。



 こちらに顔を向けたその男は、背が高くよどんだ眼をしていた。





「天国に行きたくないか?」



 馬鹿らしい質問に、俺は答える気もなかった。俺は、最悪の気分だし、未来も見えない。だが、だからといって死にたいわけではない。





「食うに困らない、清潔な服と住居も与えられる。そんな場所だ。行きたいだろう?」



 天国とは、死んでからいく天国ではなく、比喩表現だったようだ。そんな場所に連れて行ってくれるなら、連れて行って欲しい。でも、そんな甘い話はない。絶対、何か条件があるはずだ。





「天国に行く方法は簡単だ。」



 やはり何かする必要があるようだ。お前にとって簡単でも、俺に簡単かどうかはわからない。



 冷めた目で背の高い男を見ていたが、その目は次の男の言葉で見開くことになった。





「今すぐここで、俺を殺せばいい。」





 男の言葉に耳を疑った。





「今、なんて言った?」



「聞こえなかったか?天国に行きたければ、俺を殺せばいいと言ったのだ。」



 聞き間違いではなかった。とても信じられることではないが、もし男を殺すことでこの飢えが満たされるとしたら?





 かつんと地面に音をたてて落ちたものに目をやれば、男を殺すことが現実味を帯びてくる。落ちたのは、一本のナイフだ。





「時間はない。もうすぐ、治安維持隊が来る時間だ。答えは?」





 俺はナイフを見ながら、考えた。



 男が言ったことは本当か?もし本当だとして、俺は男を殺せるのか?





 嘘でも本当でも、いいじゃないか。どうせ、俺に未来はない。ここで飢えて死ぬくらいなら、人を殺して天国に行けるのか試す方がいい。











 そして、俺は天国に連れていかれた。



 規則正しい生活を強制され、わずかな不自由はあるが、男の言った通り飢えの心配はなく、清潔な服に住むところも与えられた。





「1024番!」





 今の俺の名を呼ばれた。俺は、それに返事を返した。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旧校舎のシミ

宮田 歩
ホラー
中学校の旧校舎の2階と3階の間にある踊り場には、不気味な人の顔をした様なシミが浮き出ていた。それは昔いじめを苦に亡くなった生徒の怨念が浮き出たものだとされていた。いじめられている生徒がそのシミに祈りを捧げると——。

規則怪談:漆黒の山荘

太宰菌
ホラー
温泉山荘の規則は以下の通り、厳守してください。規則を守らない者は、それに同化され、永遠に山荘から離れることができない!

一杯の選択【読み手の選択によって結末が変わります】

宝者来価
ホラー
あなたが元の世界に帰るためには一杯を選択しなければならない。

あの雪の日の友達

師走こなゆき
ホラー
 数年ぶりに積もった雪にはしゃいでいたわたしは、ある忘れていた記憶を思い出した。あの雪の日だけ一緒に遊んだ女の子。なにか、大切な約束をしていたような? ※作者的にはホラーです。 ※他サイトからの転載です。

ダルマさん

昆布海胆
ホラー
俺達が肝試しに向かったのは廃村の小学校であった。 友人の大谷の彼女、菜々美と俺に好意を持つその友達である冴子の4人で行った肝試し・・・ それがあんな結末を迎えるなどと知る由も無く・・・

ニスツタアの一途

ホラー
昭和初期、商家の息子で小説家志望の聖治は、女遊びと小説の執筆に明け暮れていた。そんな中、家業が危機に陥り、聖治は家を助けるために望まぬ婿入りを強いられる。婿入りした先は山奥の名家、相手は白髪で皺だらけの老女だった。年老いた妻に聖治は嫌悪を覚えるが――。

一ノ瀬一二三の怪奇譚

田熊
ホラー
一ノ瀬一二三(いちのせ ひふみ)はフリーのライターだ。 取材対象は怪談、都市伝説、奇妙な事件。どんなに不可解な話でも、彼にとっては「興味深いネタ」にすぎない。 彼にはひとつ、不思議な力がある。 ――写真の中に入ることができるのだ。 しかし、それがどういう理屈で起こるのか、なぜ自分だけに起こるのか、一二三自身にもわからない。 写真の中の世界は静かで、時に歪んでいる。 本来いるはずのない者たちが蠢いていることもある。 そして時折、そこに足を踏み入れたことで現実の世界に「何か」を持ち帰ってしまうことも……。 だが、一二三は考える。 「どれだけ異常な現象でも、理屈を突き詰めれば理解できるはずだ」と。 「この世に説明のつかないものなんて、きっとない」と。 そうして彼は今日も取材に向かう。 影のない女、消せない落書き、異能の子、透明な魚、8番目の曜日――。 それらの裏に隠された真実を、カメラのレンズ越しに探るために。 だが彼の知らぬところで、世界の歪みは広がっている。 写真の中で見たものは、果たして現実と無関係なのか? 彼が足を踏み入れることで、何かが目覚めてしまったのではないか? 怪異に魅入られた者の末路を、彼はまだ知らない。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...