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88 マルトーの師匠
しおりを挟むとある村、どこにでもいる剣士を目指す農家の息子として生まれたおらは、同じく剣士を目指すブドバとわずかな自由時間を木の棒を振って過ごしていた。
浅い森で、魔物などの危険がない場所で、剣に見立てた棒を振る毎日。一人だったら、すぐに諦めていたかもしれない。
「98、99、100!よし、今日は俺の勝ちだな!」
「99,100!・・・お前の剣には重さがなかった。おらは一振り一振り魂を込めていたんだ、おらの勝ちだ。」
「なんだと!・・・よし、なら次はどちらが先に女の子を一人ナンパできるか勝負だ!」
「勝手にやってろ。おらは走りこんでくる。」
「ちぇ、仕方がないなぁ。俺も付き合うよ、負けたくないからな。」
「もう、負けてるぞ。」
「なんだとー!」
剣士になど、なれるわけがない。結婚して、家を継いで、子供を作って、育てて・・・終わる。それがおらの人生だと、どこかで諦めていた。それでも諦めなかったのは、ブドバがいたからだ。
でも、それでもそれだけなら、どこにでもある夢を追っていた農家になっていただろう。
「これはこれは、剣士の卵がこの村にいるとは思いませんでした。」
おらたちに声をかけてきたのは、のちにおらたちの師匠となる、髪の長い金髪の若い男だった。この出会いから、おらは農家の息子から剣士を目指す男になった。
「筋がいいですね。どうですか、私の剣を覚えませんか?」
「お前、剣士なのか?」
「はい。実力をお疑いなら、手合わせしましょう。」
その話を受けたおらは、全く手を出すことができず、あっさりと負けた。それは、実力差が開きすぎていることを実感するものだった。
それから、おらたちは師匠に買われて、貴族に雇われている師匠の下働きをすることになった。そう、文字通りおらたちは買われたのだ。おらとブドバには下に弟がいた。替えはきくという話。
それがいいことなのか悪いことなのか、おらにはいいことだったのだと思う。
師匠は、強い剣士だが無駄な殺生を嫌った。
襲い掛かってきた盗賊さえ、命を奪うことはしない。名を上げるために、師匠に斬りかかってきた無法者でさえも、命まではとらなかった。
そのせいで、師匠を狙うものは減らない。命を取られないと分かれば、師匠を襲ってもリスクが少ないのだ。
その生き方は、おらにとって関心のないことだった。おらは、剣士としての師匠を仰いでいるだけで、人間としては優しい主人でしかなかった。
ただ、少しだけ疑問に思って聞いたことがある。
「なぜ、殺さないんだ?殺した方がうんと楽だろ?」
「・・・だから、殺さないのですよ。」
そう言って笑った師匠の顔は、いつもの笑顔なはずなのに背筋が寒くなった。
殺した方が楽だから殺さない。その意味が分からなかったが、おらはそれ以上聞かずにその話をやめた。
そして、ある日・・・ついに師匠が人を殺した。
敵国の間者だから。そう言って、ためらうこともせずに師匠はそれの首をはねて、無表情でその場を立ち去った。
それから、戦争が起こり、師匠と共に戦争に参加し、おらは人を簡単に殺していく師匠を何度も見た。どれも、無表情に確実に殺していく師匠。だが、それを何度か見ていくうちに、師匠の目がおかしいことに気づいた。それは、喜びの色がうかがえるような気がして、おらは見なかったことにした。
「俺、師匠が怖いよ・・・」
「そうか。なら、見なければいい。」
「マルトー、それでいいのかよ?俺たちが見なかったとしても、何も変わらないんだぞ?」
「何もしないなら、見ていても変わらない。」
「・・・そうだな。」
どうすればいいのか、どうしたいのか。おらたちはわからずに、ただ見ないことにした。
みんなが寝静まったころ、おらは何となく寝付けなくて外に出た。すると、同じように外に出た師匠とかち合い、何となく一緒に歩いた。
「強くなりましたね、マルトー。」
「師匠のおかげだ。村にいたままじゃ、おらはここまで強くなれなかった。」
「そうですね。ですが、マルトーでなければ、私の教えについてはこれ無かったでしょう。よく、頑張りましたね。」
笑顔を向ける師匠は、何も怖いところのない優しい師匠だった。
「ありがとう・・・ございました。」
「クスッ。あなたは、よくわかっていますね。」
ありがとうございます。ではなく、おらはありがとうございました。と言った。それは何となく師匠とは、これでお別れになるという気がしたからだ。それは、当たった。
次の日、おらたちは師匠に報告書を託された。それを、貴族の屋敷に届けるという任務を言い渡されたおらたちは、戦場を離れた。
そして、師匠は死んだ。
敵国の何百という人間を殺すだけ殺して、残った敵国の剣士に殺された。
その活躍のおかげで、戦争は終結。おらの国が勝ち、敵国に不利な条約を結ばせて終わった。
いくら、強い師匠だとしても、何百もの人間を殺すことは容易ではない。それは、体力的にも、精神的にもだ。だから、師匠は悪魔と取引したのではないかと噂する者もいた。
それは、師匠の最後を見てそう思ったのだろう。
笑いながら人を殺す師匠を、同じ戦場にいた仲間は狂っていると言った。おらもそうもう。
ただ、それだけの話だった。
こんな話を、今思い出すことになろうとは、人生何が起こるかわからない。
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