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71 ゼールの新居
しおりを挟むにこにこと、愛想がよさそうな青年は、ゼールというらしく、ルトを私に譲った商人だそうだ。それから、何度か一緒にお茶をする仲だったと、ルトから聞いた。
「それで、王女様方はどこに泊まるご予定でしょうか?」
私にあいさつした後、ゼールは王女と話し始めた。
「城に泊まるわ。清掃も終わっているし、大丈夫でしょう。」
「・・・では、あなた方はどうぞ、そのように。サオリさん、宿を手配しておきましたので、私についてきてくださいますか?」
「はい?あなた、勝手なことを言うのは、やめてもらえますか?」
ゼールと私の間に、リテが入ってゼールを睨みつけた。
「お黙りください。あなた方の無神経さが、サオリさんを傷つけているのではないでしょうか?なぜ、クリュエル城に、サオリさんを泊めようなどと、残酷なことを考えたのでしょう?いいえ、何も考えていないのですよね。」
「僕は、サオリさんを一番に考えています。確かに、あなたの言う通り、サオリさんを城に入れるのは残酷です。ですが、それでサオリさんが思い出してくれれば。」
「思い出す?」
「サオリは、記憶喪失なんだ。」
「・・・あぁ、だから様子が変だったのですね。なおさら、私が預からなければなりませんね。」
「あなた、何を言っているの?」
「あなた方といるより、私といたほうが思い出すでしょう。上っ面の付き合いしかしてこなかった・・・いえ、させてもらえなかった、あなたたちと違ってね。」
上っ面の付き合い?
「ルト、どういうことなの?」
「・・・サオリ様、話は後に。今は、ゼールについていきましょう。」
「大丈夫なの?」
「はい。ゼール・・・さんは、サオリ様のことを大切に思っていました。気持ち悪いほどに。」
「え、気持ち悪い?」
ちらりとゼールの方を見れば、ちょうどこちらを見たゼールが、にっこり微笑んできた。
好青年にしか見えない。気持ち悪いって、どんな風になるんだろう?
私は、ゼールと共に王都で過ごすことになった。リテも一緒についてきてくれるが、アルクとリテはゼールが拒否したため、予定通りプティたちと共に城で泊まることになった。
ゼールは、先日購入したという屋敷に私を案内し、外でお茶をしようと誘ってきたので、私は頷いた。
ここまでの道中、馬車の中でゼールと過ごしたが、彼はずっと微笑んでいて、気持ち悪いところなんて一つもなかった。ずっと微笑んでいるのが、底知れなくて気持ち悪いって意味だったのか?
庭には、すでにお茶の準備がしてあって、お菓子の甘い香りがした。
ゼールが椅子を引いてくれたので、私はお礼を言って腰を下ろした。
「ルトもいつものように座って頂いて結構ですよ。」
「・・・失礼します。」
ルトが腰を下ろして、ゼールも座れば近くに控えていたメイドが、それぞれのカップにお茶を注ぎ始めた。
「あれ、この香り・・・」
どこか覚えがある香りに、思わずつぶやく。
「ピルトですね。サオリ様が好きなお茶ですよ。」
「ピルト・・・」
聞き覚えがある。確か、アルクが教えてくれたお茶の名前。あの時は、そういうのに興味ないって言ってたから、驚いたんだよな・・・え?
今、私・・・思い出せた?
思い出した内容は、旅の中ではあり得ないものだった。豪華な部屋で、ふかふかのソファに座って、アルクとリテとお茶をした。そんな出来事は、旅の中ではなかった。
「どうやら、少し思い出したようですね。」
「は、はい。」
「本当ですか、サオリ様!」
「うん。アルクたちと、豪華な部屋でお茶をしたっていう記憶だけだけど。」
「サオリ様は、ウォームの城にいるときは、よくお茶をしていました。おそらく、豪華な部屋は、サオリ様に用意された客間でしょう。あとは、庭でもよくお茶をしていましたよ。」
「私の屋敷にも何度かご招待させていただきました。」
「そうなんだ。私、紅茶が好きなんだ。チーズケーキと一緒に飲むのが、最高の贅沢だった。」
「チーズケーキが好きなのですか?なら、次はそちらをご用意いたしましょう。」
「ありがとう。そういえば、ここにはレアチーズケーキはある?」
「れあチーズケーキ?」
「珍しいチーズケーキですか?」
「あ、やっぱりないんだ。向こうの世界にあるチーズケーキで、作り方が違うの。レアじゃない方は、ベイクドチーズケーキって言って、たぶんこっちにあるのはそれだと思う。」
「・・・よろしければ、それの作り方を教えていただけますか?」
「ごめん、好きだけど作ったことはないの。私、自分が作ったものは、まずくて食べられなくって。タルトみたいな感じとしかわからないかな。」
「タルトですか・・・」
タルトのような形のチーズケーキはあるが、それがチーズケーキのすべてではない。だが、説明するとなると、これしか説明が思いつかなかったのだ。
ん?あれ、これってチーズタルトの説明じゃ・・・ま、いいか。ケーキとタルトの違いもよくわからないし。
「タルトの中に、チーズでできたババロアが入ってる感じ。」
「ババロア・・・タルトで、チーズケーキ・・・想像ができませんね。」
「ごめん、説明が下手で。」
「いいえ。こちらこそ、サオリ様の御希望を叶えられないようで、申し訳ございません。」
「いや、ちょっと食べたいな、って軽い気持ちだったから。わがまま言ったみたいで、ごめん。」
「・・・」
「どうかしましたか、ゼールさん?サオリ様が何か?」
「いいえ。ただ、本当にお変わりになられたと。」
「あー・・・私も、本当に記憶を失う前の自分が自分なのかと疑った。けど、さっき思い出せたおかげで、わかったよ。」
奴隷であるルトを手元に置いたのも、戦いを嫌って何もしなかったのも、私だ。
「前の自分がお嫌ですか?」
「うん。」
「左様ですか。ですが、私もルトも、そんなあなたに力を貸したいと思ったのですよ。」
「ゼール?」
「サオリ様は、最近プティさんと一緒にいますよね。だから、悪いように言われたのでしょう。」
「ルト、何を言ってるの?プティは確かに口が悪いけど、性格は悪くない。私が悪く言われたのは、私が悪かったからだよ。」
「あの人に、サオリ様の何が分かるというのですか!」
声を大きくしたルトに驚き、口をつぐんだ。
「すみません。ですが、サオリ様はプティさんとは犬猿の仲、サオリ様があの方に胸の内を話すことなどなかったのです。僕も、お話ししてもらえることは少なかったですが。」
「サオリさん、あなたはご自身のことをどう思われていますか?」
「・・・私は、自分で努力をしない、人任せで嫌な奴だと思った。おそらく、人を人だとは思っていなかったのかなって思う。」
「驚きました。正解ですよ、サオリさん。」
「・・・」
うれしくない。否定してほしかったわけではないが、そんな人でなしがいいのだろうか、この2人は。
「サオリさんをよく知らない人物からは、あなたはそうみられているでしょう。ですが、それが上っ面というものです。表面しか見ないから、そういう評価になる。」
「・・・なら、ゼールはどう見ているの?」
「慈悲深く、情に厚いお方です。人を人と見ていない、自分の利益のために人を利用しようとしますが、懐に入れた相手には手を上げられない。その甘さを、いらだたしく思うことがありましたが、それでもあなたの意思を尊重したいと思うほどに、あなたに好意を抱いています。」
「好意!?」
「失礼、抱いていました。」
「過去形!?」
「冗談ですよ。こっちのサオリさんは、からかいがいがありますね。」
「・・・それはどうも。」
にこにこと笑うゼールと話していたら、少し疲れてしまった。それに気づいたゼールが、部屋に案内しますと言って、お開きとなった。
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