49 / 111
49 救世主
しおりを挟む「勇者様、残念ですが、今日から私たちの仲間になってもらいます。」
「まさか、ここまで強引にやるとは、思わなかったわ。」
メイドに拘束されたまま、私はあきれた声で返した。
「勇者様を奴隷になどと恐れ多いことをしますが、あなたが奴隷だということは公にしないようです。さすがに、そこまでの力はないようですね。」
「・・・私を奴隷にしてどうするつもり?」
「さぁ。それは私たちの仲間になった後、直接お尋ねください。」
男が迫る。
確か、奴隷契約は首輪みたいなのをつけて、魔法を発動させるんだっけ。ずいぶん簡単に人を物にできる世の中だな。
一応抵抗する。力加減を間違えないように慎重に、拘束が外れない程度に抵抗した。
「くっ・・・早くしてください!」
「いや、でも・・・こう暴れられると。俺が抑えていたほうがいいだろう。」
「そうですね。私も手伝います。女性だと思って気を使いすぎたようですね。」
執事2人が迫り、私の両腕と両足をつかんだ。その感覚に、背筋が凍る。
外せない拘束じゃない。でも・・・
クリュエル城で襲われた時のことが、頭によぎった。もう、なんとも思ってないはずだったが、なぜかあの時の光景が浮かんで、血の気が引いた。
あぁ、だめだ。
「今です。その首輪を勇者にっ!」
「はいっ!」
動かなくなった私に、メイドが首輪を着けようとする。
だめだ。
もう、だめだ。
顔を青ざめる私の前で、メイドが私に覆いかぶさるようにして倒れた。続いて、2人の執事も倒れる。
彼らの背後には、上下黒の服を着た、目つきの鋭い男が立っていた。
「大丈夫ですか、勇者。」
「・・・はい。」
男は、私に覆いかぶさったメイドをどけると、そう声をかけてきた。
私は、我を忘れそうになった感情を自分の中に隠して、答えた。
危なかった。
「俺は、プティ様からあなたの警護を仰せつかった者です。無事ならよかった。だが、顔色が悪いです・・・すぐにお戻りになられたほうがいいのでは?」
「・・・こんな顔色で、戻れないよ。はー、まさかこんなことで城のことを思い出すなんて・・・」
「城・・・とは、クリュエル城のことですか?」
「うん。あーそうだ、助けてくれてありがとうございます。正直、もう駄目だと思いました。本当に。」
「気にしないでくれ。さっきも言ったが、プティ様の命令だったからな。当然のことをしたまでです。」
「・・・報告の義務はあると思うけど、今のことなるべく話さないでくれる?」
「男に拘束されて、真っ青になったことですか?普通だと思うが・・・なるべくその話題は避けることにしよう。」
「ありがとう。」
私はほっと息を吐きだし、倒れこんだ者たちを見た。息はしているので、死んではいないようだ。
「えーと、これからどうすればいいと思う?」
「帰るしかないのでは?顔色も戻ったようだし、俺のことは気にせず魔法を使ってもらっていいですよ。」
「・・・あなたは?そういえば、名前は?」
「呼ぶのに困るようなら、オブルと呼ぶといい。これは、騎士みたいな役職の名前のようなものだがな。」
「わかった。オブル、私を連れてこの屋敷を逃げることはできる?」
「・・・できるが、なぜそんな面倒なことを?ま、考えがあるんだろうが。」
「さっきに独り言聞いてたならわかると思うけど、なるべく魔王側に魔法のことは知られたくないの。相手に知られる情報が少ないほうがいいことはわかるでしょ?」
「いや、そうとも限らない。相手に偏った情報を渡し、本質を見誤せることもできる。だから、時と場合による。」
「・・・そっか。そういう考え方もあるんだ。」
「勇者は一人で考えすぎではないか?少しは人に相談をしたほうがいいと思う。」
「・・・ありがとう。少し考えてみる。」
「そうしてくれ。ん?誰か来る。」
その言葉通り、部屋がノックされ、メイドが入ってきた。オブルは、扉の陰に隠れている。ちょっと笑いそうだが、彼は真剣だと思うので必死に笑いをかみ殺した。
「・・・勇者様、教会からお出迎えの使者がいらっしゃいました。」
メイドは部屋の惨状に驚いた様子だったが、すぐに切り替えて用件を伝えた。
「使者?」
「はい。どうぞこちらへ。」
オブルのほうを見れば、知らないというように首を振った。
とりあえず、使者に会ってみようと思い、私はメイドに続く。
案内されたのは、応接室かと思いきや、玄関だった。そのまま扉をくぐると、領主が門からこちらへと歩いてきてるところだった。
「勇者様、明日ももてなしたいと思っていたのですが残念です。」
声を大きくしてこちらに声をかけた後、すぐ近くに来て小さな声でささやいた。
「とりあえず、あの使者についていってください。奴隷のことは話さぬように、そして、なるべくこの屋敷を訪れたいと、教会に伝えてください。詳しいことはもど・・・え?」
今更気づいたのだろう、私の首にあざがないことに。
唖然とする領主を置いて、私は門の前に立つシスターのもとへ歩いた。
彼女は、どこかで見た。
ピンクの髪に同じ色の瞳。優し気な笑みは、私を歓迎している。この世界の居場所が、彼女の傍にある気がした。
「勇者様、お待ちしておりました。」
「・・・あなたは、誰?」
そう尋ねれば、少し悲し気に目を伏せた彼女が答える。彼女の声を聞くたび、なぜか私の心は安らぎを感じた。
「見ての通りシスターです。名は、エロン。」
「エロン。」
「勇者様、あなたのお名前を頂戴してもよろしいですか?」
「・・・サオリ。」
「サオリ様。」
そう呼ばれた時、悲しみが襲う。突き放されたような感覚に、涙があふれそうになった。
「様なんてつけないで。」
「・・・サオリ?」
驚いた様子で私の名を呼ぶ彼女。そのほうが自然な気がした。
「うん、エロン。抱きしめていい?」
「・・・それは、後にしましょうか。さぁ、行きましょう。ここは、あなたのいるべき場所ではないわ。」
そういって、彼女は私の手を取り、歩き出した。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
異世界行ったら人外と友達になった
小梅カリカリ
ファンタジー
気が付いたら異世界に来ていた瑠璃
優しい骸骨夫婦や頼りになるエルフ
彼女の人柄に惹かれ集まる素敵な仲間達
竜に頭丸呑みされても、誘拐されそうになっても、異世界から帰れなくても
立ち直り前に進む瑠璃
そしてこの世界で暮らしていく事を決意する
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
騎士団宿舎に住む黒猫
teeto
ファンタジー
会社に遅れそうになり、近道の公園を通り過ぎたら、黒い大きな穴に落ちてしまった。落ちた先は、何故か男の上。
慌ててドアから逃げたら何故か知らない森の中。そして迷ってしまった。
突然現れる恐怖に立ち向かい、此処が異世界だと知る。
見た目で魔族と勘違いされる女主人公と、主人公を保護した"黒い獣"と呼ばれる名の知れた騎士との異世界ファンタジー。
言葉の通じない異世界で"魔族"やら"黒猫"と呼ばれ、子供扱いされる25歳の社会人が頑張って生きる物語です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる