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18 悪意
しおりを挟むお昼、用事があって彼は一緒に食事ができないということで、兄に外でピクニック風にランチをしようと言われました。
天気もいいことです。木陰でランチというのもいいですね。
食堂とは別に売店という場所があり、そこでは弁当やサンドイッチなど持ち歩ける食事が売っています。そこで私はフルーツサンドを、兄は焼肉弁当を買い、2人で中庭の木陰に腰を下ろしました。
「せっかくかわいいマイシスターとランチができるっていうのに、用事とはあいつも不憫だなぁ。」
「ご飯を食べる時間に用事なんて、グレットはご飯を食べられるのですか?」
「それは大丈夫だ。用事をこなしながら食べるからな。」
用事をこなしながら?書類仕事をしながら片手にサンドイッチという図を思い浮かべます。彼はそんなことをするような人ではありません。書類が汚れるからと、仕事と食事は別にすると思います。
なら、用事とは・・・
「そういえば、朝練の時の話だけど。」
「あぁ、お兄ちゃんが本気を出さなかった話ですか?」
「そうそう。ところで、リリちゃんは俺とあいつ、どっちが強いと思う?」
「グレットですね。」
即答できます。確かに彼は兄よりも強いと、魔物の本能と彼の動きを見て結論付けることができました。
「そういうのよくわかるなぁ・・・何か武術をやっていたのか?」
「いいえ。」
「・・・なら才能だな。いいマネージャーになりそうだ。それで、なぜ本気を出さなかったか・・・だったよな?」
「はい。答えてくれるのですか?」
答えるつもりはないのかと思っていましたが、兄は頷いてあっさりと答えてくれました。
「あいつ、キレてたからさ。いたぶられるのも嫌だし、速攻で負けようって思ったんだ。」
「・・・」
確かに、あの時の彼は怖い顔をしていました。だからといって、彼が兄をいたぶるとは思えませんが。
「あいつ、怒るとねちっこくなるんだよ。ちくちくと針でさすように攻撃して、まだ戦える程度のダメージしか与えず、降参と言えるまでの傷を負わせないんだ。ホント怖いぜ。」
「理由はわかりました。負けようと思っていたから、隙をあえて見せた理由は。ですが、彼に攻撃を当てなかった理由は何ですか?お兄ちゃんは、わざと攻撃を外していましたよね?」
「それもわかるのか?・・・少しあからさま過ぎたか・・・?」
「他の人間は気づいていなかったようですが、グレットとヴィヴィは気づいていたようですね。お兄ちゃんが攻撃を外した時、眉をしかめていましたから。」
「よく見ているんだな。・・・攻撃を当てなかったのは、グレットが俺の守るべき主だからだ。守る主に攻撃する奴がどこにいる?」
守る。そうでした、彼と兄は主従関係があります。いくら彼の方が強かったとしても、兄にとって彼は守るべき主人なのでしょう。
少しだけかっこいいですが、彼はそのことをよく思っていないように見えました。複雑ですね、人間関係は。
用事があると言って、兄は私に一人で教室へ帰るようにと添えて、去っていきました。
もうすぐお昼の時間も終わります。行きたい場所もない私は、まっすぐに教室へ戻るため廊下を歩いていました。
一人になると、ここが優しいだけの世界ではないと痛感します。ですが、どれだけ私に悪意が降りかかろうとも、私は無関心に歩きます。
私は、この世界に来て優しくしてくれた彼が好きです。もとの世界で、お姉さまのことが好きだったのと同じように、私を守りそばにいてくれる人が好きです。魔物のリスフィでも、人間でもそれは変わりません。
彼が人間だったので、人間を憎む心も薄れつつあります。
けれど、唐突に病床に臥せったリスフィの言葉がよみがえるのです。それは、人間の悪意に触れた時。
「あれが噂の・・・」
「きれいな顔を使って色仕掛けで、グレット様に近づくなんて、心は醜いのね。」
「ガゼル様の妹だからって、立場をわきまえるべきよ。」
「マーレイフィ様が可哀そう・・・」
ひそひそと、私に届くか届かないかわからない声量で、悪意に満ちた言葉が吐き出されます。私は魔物なので、その音を問題なく拾って、理解します。
ここ数日聞いた悪意。
どうやら、グレットは文武両道、容姿端麗、人格者の人気者。そして、親が決めた婚約者、マーレイフィという女性がいる。
私は、2人の仲を引き裂く悪者。容姿は優れているが、心は醜い。
婚約者。その言葉を聞いたとき、なぜか私は胸が引き裂かれるような思いがしました。そして、同時に病床に臥せったリスフィの言葉が聞こえました。
リスフィは、人間に裏切られたんだよ。
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