悪魔勇者

製作する黒猫

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10 使命を果たさず

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 血に染まる檻、動揺する魔王とその側近。

 勇者は何の戸惑いもなく剣を手に取る。それは、ドラゴンが現れた時にも使おうとした、氷のような芸術的な剣。



魔王との距離を一気に詰めると、広間を照らす青い炎の光を反射して光る剣を振った。



 気づいた魔王がとっさに手を伸ばすが、その手が切り落とされる。鮮血が噴出して、勇者はそれを避けて、側近の背後に回り込んでその首を切り落とし、先ほどまでいた場所にひとっ飛びで戻った。

 遅れて、側近の首がおち、床が大量の血で汚れた。体もその血の海に倒れこみ、水音があたりに響く。



「貴様!」



 斬られた腕を無事な方の手で押さえ立ち上がった魔王は、怒りに任せて叫ぶ。



「お前、それでも勇者か!何も手出しをしていない俺たちを攻撃するなんて、俺は言ったはずだ!人類を滅ぼすつもりはないと!お前は勇者ではない、あの滅んだ国の者と・・・あの、愚か者どもと同じだ!」



 怒り狂う魔王に、勇者は冷笑を向ける。



「なら、俺を滅ぼすか?俺を、殺すか?やってみろ―――――」



 ざしゅっ



 魔王の体が支えを失って傾いた。

 勇者は、魔王の足を切り落としたのだ。



「なんだと・・・?人間が、こんなに早く動けるはずがない・・・」

「それは、この世界での話だろ。この世界は、前の世界に比べれば、すべてが弱すぎる。人も魔物も・・・魔王さえも。」

「俺が弱い?・・・俺は、人間を恐怖に陥れる存在として生まれたのに?」

「それは違うな。」



 魔王が生まれた理由は、明確だった。魔王は、生まれた時から人間を殺すのが使命だということを理解していたのだ。だが、魔王はそれに背いた。



 勇者は微笑むことも忘れて。いや、必要ないと判断して真顔になる。



「恐怖を人間に植え付けるのがお前の存在意義ではないだろ?お前が、ひたすら否定した、人類滅亡・・・その手前まで行うことが、お前の使命のはずだ。」

「人類滅亡の手前・・・」

「そうだよ。滅亡では、人間がいなくなってしまうから、本末転倒・・・お前が生まれた意味がなくなる。本気でそのことは理解していなかったのか?」



「いや、本能でそう感じたから、人類滅亡を否定したのか。しかし、その思いがなぜか強くなりすぎて、こんなことになってしまったのかもな。」

「お前は一体何なんだ・・・俺は、何なんだ?」

「俺は勇者、お前は魔王。魔王のお前は人類を減らし、勇者の俺はそんな魔王のブレーキ役だ。つまり、人類を滅ぼす前に魔王を倒す役割なんだよ、本来は。」



 本当は、勇者にそんな役割はない。だが、役割を当てはめるとしたらそういうものだろうと、勇者は考えている。

 だが、勇者はその役割を1回目に失敗し、2回目はその役割を全うする舞台が整っていなかった。



 1回目は、魔王が十分に人間を殺す前に、強すぎた勇者が魔王を倒してしまい、失敗してしまった。そのせいで人類は滅んだのだ。



 2回目、今回は魔王が役割を果たす気がなく、勇者がしかたなく魔王の役割を果たすことになったのだ。人類を滅ぼさないために。



 この世界に来て勇者が望んだことは、人間を減らすことだった。





 増やさないために、子供を作る行為を禁じた。



 減らすために、罪人を処刑した。



 減らす行為に正当性を持たせるために、正当だと思われるように、自分に対して好意が向くようにした。



 自然と減るように、助けられる仲間を見捨てた。



 仲間を見捨てられるように、自分の力に制限があると嘘をついた。



 どうせいつか死ぬ者たちを集めてその死期を早める代わりに、その生を満たした。



 そして、いつでもその命を手放すように仕向けた。





 すべては、人類滅亡を回避するために。





「お前が、魔王をしっかりとやっていれば、役割をはたしていれば、こんな思いをすることはなかったのに・・・恨むよホント。本当に、お前は俺そっくりだよな。何も知らなかった俺だったら、お前のことを好意的に受け取れたのに、今はただ憎いよ。」

「こ、殺さないでくれ!」



 死を感じた魔王は、勇者から少しでも離れようともがいて、床に再び倒れこむ。



「嫌だ、死にたくない!」

「・・・どこまで俺と同じなんだよ、全く。」



 勇者は呪文を唱える。

 剣を持っていない左手が光り輝いて、それを見た魔王は涙を流して目を瞑った。



 こんなはずじゃなかった。俺より強い者が現れることは危惧していたから、だからこそ横暴な態度はとらなかった。すぐに滅ぼすことができるような人間の国も、ケンカを売られたら滅ぼすが、それ以外の理由では手出しをしなかった。

 無意味だったのか。



 勇者の左手が、魔王に向けられる。

 最後に、勇気を振り絞って目を開いた魔王は、勇者の顔に最初に見た慈悲深い色があることに気づいて、力を抜いた。



 死ぬのに・・・怖くない。あれだけ怖かったのに、なぜ怖くないのだ?



 穏やかな心で、魔王は勇者のその魔法を受けた。体が温かい何かに包まれて、斬りおとされて痛かった手足の痛みが引く。なんて、慈悲深い死だ。







「まぁ、僕たちは運がなかったんだよね?」



 優しい口調で魔王に話しかける勇者は苦笑した。

 おかしいと思って、魔王の意識は夢心地から一気に覚醒して、状況を把握した。



 斬りおとされたはずの手足がある。傷はふさがっている。



「何だこれは?」

「治癒魔法だよ。あ、そっちの彼も蘇生しといたから。」

「は?」



 意味が理解できず、とりあえず勇者が指さした方を見れば、無傷で床に寝転がっている側近の姿。彼は、勇者に首を切り落とされて大量出血していたが、その名残は床にしかない。



「なんで・・・」



 勇者は金のペンダントを持ち上げて、魔王に微笑みかけた。



「僕の望みは、人類を減らすことだから。魔族は人類に含まれないみたいで、君たちが生きようが死のうがどうでもよかったわけ。」





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